今日、久しぶりにO崎医院のO崎先生から、電話があった。
O崎医院へは、3,4年ほど前、杉花粉症の治療に通っていた。
ウサギの睾丸から抽出した物質(本当よ♪)とバクテリアの一種と化学物質との混合液を腕の内側の柔らかいところに、皮下注射する。
液が皮膚と身の間を裂いて、注入されていく数秒は、非常に痛みを伴う。
蚊に噛まれたあとが、500円玉大にふくらんだ様相です。
その赤みが引かないうちに医院へおもむき、また、皮下注射を打つ。
最初のうちは、赤みが引くのが早く、1,2日おきに通わねばならないが、だんだん、間延びになり、それでも3,4日おきに通わねばなりません。
アレルギーに対する抗体ができるのは、時間がかかり、1年ぐらい通ったのですが、だんだん、注射を打つ場所が無くなる。注射の穴だらけで、 「ヤクブツ中毒者の腕の様です。」そう言うと、今度は、太ももにされた。
太ももへの注射は腕以上に痛かった。
残念ながら治療の効果はあまりみられず、時々は卵アレルギーの実験にも使われたりしてσ( ̄ー ̄;;)時間的に制約もあったので、通うのを止めた。
元来わたしは、アレルギー体質のようで、小学校2年生から高校2年生までの間、きっちりと毎朝じんましんを出していた。 太ももとか腕の柔らかいところ・・・。だいたい、午前中にはほぼ治まる。
アレルギーは早期治療が要(カナメ)のようで、最初の発症時に完治させておかないと、成長するにつれ治療が長引くらしい。
私の最初の発症の原因は、「腐りかけのハムかもしれない。」と母がのたまう。
おい、そんなもん、我が子に食わしたんかい?(*○*;) ギョッ 鬼子母神も真っ青な鬼母(笑)なのである。
O崎医院でいろいろなアレルギーの実験をしたところ、卵!とりわけ白身に反応することがわかった。
私も、薄々は卵が原因かも知れない・・・と感じていた。
じんましんは不思議と高校時代を境に毎日出ることは無くなった。
今は、お酒の飲み過ぎた時くらいにしか出ない。(肝臓の解毒力が弱まっているためでしょうね。)
じんましんの原因はあとから思い当たったのですが、食物がそもそもの発症の誘因ではありますが、
第二次性徴から思春期にあたり、内面の葛藤や外的環境のストレスが日々恒常的に続いていたのが原因のように思われる。
高校時代を境に私の精神文化が少しずつ変わっていった。
格別、何かに触発されるとか、啓蒙されるとかではなく、ただ、単に
『開き直った。』
そんな感じです。
「ぐずぐずぐずぐず悩んでたって、結果が同じなら悩むのはよそう。」と、そんなひらめきがあったのかもしれない。
それまでの、私は、心配性の悩み性の・・・(笑)、自分に自信も持てなかったし、自己評価も非常に低かった。
今でも、すべて改善されたわけではないけれど、年齢の加算による経験というものが助けてくれている部分もある。 幼い頃は未知の部分が多くて、怖かったんだな、きっと。
さて、O崎先生は、K大医学部卒の超・エリートである齢50歳過ぎであろうか、お話しするスピードが人の倍かかる。
考えながら、お話しされているようだ。
今回、「コストはこちらでもつから、卵アレルギーの実験をさせてくれないですか?」とのお願いだった。
ちょうど、お肌のためのビタミン剤を貰いに行こうと考えてたところなので、次週に約束をする。
この、超・マイペースの秀才先生にも傑作な逸話があるので、追々とお話ししていきましょう。
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