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2011年05月03日(火) ■ |
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《ニューヨーク・タイムズ》紙のセールスウーマンの「特別なはからい」 |
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『リッツ・カールトン 超一流サービスの教科書』(レオナルド・インギレアリー&ミカ・ソロモン著、小川敏子[訳]/日本経済新聞社)より。
【昨年の秋、わたし(ミカ)はペンシルバニアの郊外でおこなわれた工芸フェアの会場で《ニューヨーク・タイムズ》紙のセールスウーマンに声をかけられた。彼女は新規の購読者を開拓するために販促用の上等なギフトを用意し、会場の人々に呼びかけていたのだ。
セールスウーマン:「ニューヨーク・タイムズ」紙の宅配を契約されませんか。1週間わずかXドルです。ご契約いただいた方にはすばらしいギフトを差し上げます!」
ミカ:「じつはもう購読しているんですよ」
セールスウーマン:「宅配で毎日ご購読いただいているのでしょうか? もし現在そうでなければ、契約内容の変更はいかがでしょうか」
ミカ(彼女の粘りにクスクス笑いながら):「お宅の会社が新しい夕刊を始めるのなら、ぜひそうしてもらいたいですね。いま配達してもらっている以上に増やしてもらうのは無理だと思いますよ」
セールスウーマン:「でも、ごらんの通りとてもすばらしいギフトを用意しているんです。とにかくなにかさしあげたいんです。すばらしいお得意様でいてくださることのお礼として。お好きなものを選んでください」
このやりとりについて検討してみよう。まず全体的な状況だ。わたしは混み合った工芸品フェアの会場をただ歩いていただけだった。ここに注目していただきたい。わたしはニューヨーク・タイムズ》紙のセールスウーマンになにも要求していない。彼女の成績をあげるための貢献ができないこともあきらかだ。ギフトをよこせなどとはひとこともいっていない。それでもセールスウーマンにはひっかかるものがあった。新聞を「正規の料金」で購読している客に対し、なにも提供するものがないという状況はおかしいのではないかと感じたのだ。 そこで彼女は決意したのだ。プロモーションの対象者ではない相手に対し、特別なはからいをしようと。それは相手の立場に立って気持ちを予測して提供したサービスだった。】
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僕はこれを読んで、このセールスウーマンの機転と勇気に感心してしまいました。 「熱心に新規購読者を勧誘する」ことができる人は、けっこういると思うんですよ。 でも、「すでに宅配を契約してくれている人」が、目の前にあらわれたとき、どうするべきか? もちろん、ここに紹介されているように「すばらしいギフトをプレゼントする」ことが正しいと僕も思うのです。 しかしながら、彼女に与えられたミッションは、「新規顧客の開拓」であり、「すでに契約している人にも、求められればプレゼントする」というのが、マニュアルに書いてある可能性は低そうです。 おそらく、彼女の「成績」として評価されることもないはず。
「自分から連絡して新聞をとるよりも、訪問してくる販売員相手に迷ってみせたほうが、いろいろとオマケをつけてもらえる」というのが、日本では宅配の新聞を契約するときの感覚でしょう。 要するに「釣った魚に餌はやらない」。それがあたりまえ。
ただ、考えてみると、これは「お得意様への善意」だけではないんですよね。 こういう「お得意様向けのサービス」を行うことによって、いまの時代はブログなどで「その企業の良心」を宣伝してくれる人もいるでしょうし、何より、「いままでのお得意様を維持すること」は、「新規顧客を開拓すること」と同じくらい、あるいはそれ以上に重要なことです。 ひとりの「新しいお客」と契約するために、ふたりの「これまでのお得意様」を失っては、元も子もありません。 もちろん、「新しい顧客の開拓」を行わなければ、事業の拡大は無いのですが、「新しい顧客」を獲得するためのコストと、これまでのお得意様を繋ぎとめるためのコストを比較すれば、後者のほうがかなり安くあがるはず。 それは簡単な計算のはずなのに、「新しい顧客の獲得」のほうだけが「成功」だと考えられがちです。 おそらく、これはマニュアル化されたものではないと思うのですが、それでも、このセールスウーマンは「上司がこのサービスを理解してくれる(あるいは、少なくとも叱責されることはない)」ことを確信しているからこそ、こういう対応ができたのでしょう。 ほんと、こういうのって、できそうでなかなかできることじゃないですよね。 ちょっと考えてみれば、コストの面からも、けっして「損する話じゃない」はずなのに。
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