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2006年08月26日(土)
「選挙に出馬しないこと」の難しさ

「泣き虫」(金子達仁著・幻冬舎文庫)より。

(1995年、プロレスラー・高田延彦さんが「さわやか新党」から参議院選挙に出馬を要請されたときの話)

【妻を伴って出向いていった先には、なんとしても高田を選挙に担ぎ出そうと意気込む男たちがずらりと顔を揃えていた。現役の国会議員が1人もいないまま”さわやか新党”なる新党を立ち上げた彼らにとって、知名度の高い高田は絶対に取り込まなければならない存在だったのだろう。高田は次々とデータを提示され、出馬すれば当選は間違いないと畳みかけられた。後にまったく根拠のないことが判明することになるデータだったが、彼の耳にはいたって説得力のあるもののように聞こえた。
 それでも、高田は出馬の誘いを固辞し続けた。彼自身にその気がなかったというのもあるが、なにより大きかったのは、妻の反対だった。
「絶対に無理だから、ノブさんにはできないからってね。そりゃそうなんです。いつもぼくの一番近くにいる向井にとって、こんな唐突な話、青天の霹靂以外の何ものでもなかったでしょうし、まったくわけがわからない行動だったと思います。話を聞くまで、ぼくって参議院と衆議院の区別もあやふやだった人間でしたからね。でも、向こうはまったく諦めなかった。当時、ぼくの家は鉄筋の3階建てで、1階がガレージ、2階が寝室ってつくりになってたんですけど、寝室のカーテンがブラインド・カーテンだったんです。真夜中の2時か3時だったかなあ、寝室でテレビを見てたら玄関のチャイムが鳴った。こんな時間に来るのはさわやか新党の人しかいない。チャイムを無視する。ところが、ブラインド・カーテンの隙間からテレビの光が表に漏れていたらしく、外から”います、いますよ、だってテレビ見てる”なんて声が聞こえてくる。近所の手前もあるので、居たたまれなくなって出ていくと、黒塗りのベンツから数人の男が出てきて、高田さんがいないと始まらないって話がまた繰り返されるわけです」
 ぶしつけな深夜の訪問に怒りを覚えなかったわけではない。だが、しつこいまでに繰り返される「あなたしかいない」という言葉は、少しずつではあるが、心の隙間に入り込みつつあった。安生の渡米が交渉ではなく単なる道場破りのみで終わってしまったため、ヒクソンとの対戦が実現するめどはまったく立っていなかった。ヒクソンを新たなターゲットに据えることで、懸命に萎えかけた闘志をかきたてようとしてきた高田は、再び、日々の目標を失いつつあった。会社に目を向ければ、人間関係のトラブルが手の施しようのないレベルまで達しようとしている。己の無力ぶりを痛感しつつあった高田にとって、一般社会の常識を乗り越えてまでの勧誘は、怒りをかきたてるものだったのと同時に、自分の存在意義を実感させてくれるものでもあった。】

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 いまから10年前くらいの話なのですが、僕はこの本を読んで、「そういえば、高田延彦って、選挙に出たことがあったよなあ」と思い出しました。ちなみに、結果は周囲の目論見通りにはいかず、あえなく落選。選挙に出るためにCM契約を断ってしまって、その違約金まで払わなければならなくなった高田さんにとっては、本当に大きなダメージだったようです。
 そういえば、僕も高田さんの出馬の話を聞いて、「なんで高田延彦が、いきなり選挙に?」と非常に疑問もあったし、そんな柄じゃないだろ、と否定的な観かたをしていた記憶があるのですけど、御本人にとっても、「予想外の出馬」だったのですから、僕がそう感じたのもムリないかな、という気がします。

 それにしても、この「高田さんを出馬させるための”さわやか新党”の説得工作」を読んで、僕は驚いてしまいました。乗り気な人を「タレント議員」として祭り上げるだけではなく、消極的な人に対して、こんな洗脳まがいのことまでして出馬するように仕向けるなんて。
 もちろん、新しい党で知名度もゼロに等しい”さわやか新党”にとっては、高田さんという「票が稼げる候補」の獲得は死活問題だったからここまでやったのでしょうけど、それにしても、夜中に自宅に乗り込んでくるという話には、恐怖感すら覚えます。そして、彼らはまた「高田さんの知人から紹介された」という繋がりもあって、あまり邪険に扱ったり、相手に恨みをかうようなことはやりにくかったのようです。

 すべての政党がこんなやり方をしていることは無いとは思うのですが、それでも、「有名人が選挙に出る」理由には、こういう「説得工作」の影響が多かれ少なかれありそうです。もし、ターゲットになってしまったら、それこそ、「選挙には絶対に出ない」ということをよほど強く心に誓って、周囲の人にもそれをきちんと理解しておいてもらわないと、逃れるのはかなり難しいことのように思われます。
 「タレント議員」なんて、目立ちたがりの芸能人が自分の意思でやることだと考えがちだけれど、実は、周りの「出馬させたがる人々」のほうが「問題」なのかもしれませんね。