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2005年12月09日(金) ■ |
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指輪が抜けなくなって困ったときの対処法 |
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「とらちゃん的日常」(中島らも著・文春文庫)より。
(中島らもさんが、指輪が抜けなくなって困ったときの話)
【しかしおれには、これだけ腫れ上がった指にはまった指輪が、氷水とサラダオイルで抜けるとはとても思えなかった。 スタジオからの帰りぎわ、ギターの山内がぽつりとおれに言った。 「消防署だと、とってくれるかもしれませんよ」 「え。消防署?」 「ええ。むこうにある工具で切ってくれるんだと思うんですが」 「よし、わかった」 氷水とサラダオイルより、そっちのほうが楽チンなような気がした。どうせはまっているのは1200円くらいの安ものの指輪だ。切られたからって、どうということはない。しかし、ほんとうに消防署でそんなことの対処をしてくれるのだろうか。 疑心暗鬼のまま、事務所に一番近い消防署「東雲分署」へ行った。 ガラス戸の窓口があって、そこの署員が1人いる。松本人志に少し似ている。 コンコンと窓を叩いて開けてもらい、指を見せて事情を説明する。するとその人は、「ああ、指輪ですか。申し訳ないんですが、うちは分署なので、リングカッターを置いてないんですよ。中央署の方に行ってもらえませんでしょうか。内本町6丁目です。こちらから連絡を入れておきますので」 中央署? リングカッター? 何やら由々しき事態になってきた。タクシーをとばして内本町の中央署へ行った。するとカーディガンを着たおじさんが、ほいほいと二階からおりてきて、 「ああ、指輪の人ね。そこに坐ってください」
丸椅子に座ると、おじさんはパッケージから「リングカッター」を取り出した。曲線を描いたハサミのような形をしている。平べったいハサミの一辺をおれの指と指輪の間に差し込み、ネジでキリッキリッキリッキリッと締めていくと、やがてパツンと指輪が切れた。おれはついに指輪から解放された。 「こんなこと、よくあるんですか」 「うーん、月に1回くらいかねぇ」 それにしても、その人たちはなぜ消防署に行けば指輪を切ってもらえるということを知っていたのだろう。不思議だ。】
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確かに、あらためてこう言われてみれば、消防隊は、さまざまな事故現場で救助活動をすることも多いのですから、「金属製のものを切れるような工具」を常備しているのは当然ではあるんですよね。でも、僕もこれを読んではじめて「そうか、消防署に頼めばいいんだ!」ということを知りました。正直、「指輪が抜けない」ということで病院に来られたらどうしよう、なんて、ドキドキしながら読んでいたんですけど。 それにしても不思議なのは、この「指輪が抜けないときには、消防署に行けばいい」という「生活の知恵」が、どこから伝播していっているのか?ということなのです。この文章からすると、中央署でも月平均1回くらいしか使用される機会はないのですから、そんなにしょっちゅう利用されることもないはずなのに、なぜか身のまわりにその「情報」を知っている人がいるなんて。「月に1人くらい」というのは、いかにも「都市伝説的」で、なんだか不思議な気分にもなるのです。まあ、指輪をしたことがある人は、誰でも一度や二度は「抜けなくて困った」という経験がありそうなものですから、多くの人は「氷水とサラダオイル」でなんとか対処して、実際もそれでなんとかなってしまうものなのでしょうね。 こういう「日頃役に立ちそうもない知識」にもかかわらず、「知っている人は知っている」ということって、けっこうあるものなんですね。こういう話を耳にしてしまうと、これ以外にも、ひょっとして、世の中には自分だけが知らないで損していることというのがたくさんあるのではないかな、とかいう気もしてくるのです。
それにしても、最初にこの「指輪が抜けないときは消防署へ」というのを広めたのは、いったい誰なんでしょうね。その「パイオニア」は、どんな人だったのでしょうか。本人にとっては、けっして「武勇伝」にはならないことなのですけれど。 でも、とりあえず「知っておいて損の無い話」ではありますよね。 もちろん、「切られたら困るような指輪」の場合には、この手は使えないのをお忘れなく。
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