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2005年12月05日(月) ■ |
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「生協の白石さん」というファンタジー |
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「生協の白石さん」(白石昌則と東京農工大学の学生の皆さん・講談社)より。
(岡田有花さん(アイティメディア記者)が書かれたこの本の序文「白石さんという魔法」の一部です)
【農工大生の癒し役だった白石さんには今、全国にたくさんのファンがいます。農工大の学生が、白石さんの名回答をインターネットで公開したことがきっかけで、雑誌や新聞に載り、テレビにまで紹介され、そのたびにファンが増えました。「こんな人がうちの生協にもいてくれたら」「人柄にあこがれる」「白石さんに癒されて、つらかった仕事も乗り切れた」――白石さんを応援する人は、そんなふうに言います。 白石さんは、ネット上では、「謎の生協職員」であり続けました。多くの東農大生は、白石さんの素性を知っていたし、ネット上で白石さんが話題になっていることも知っていました。でも、誰も白石さんの正体――性別すら明かさなかったので、人々は、自分なりの白石さん像を自由に想像して、楽しむことができました。 東京の郊外にある、緑あふれる大学で、学生たちは「白石さん」というファンタジーを大切にし、本物の白石さんのプライバシーを守りました。そんな学生の気持ちに応えるように、白石さんは頭をひねって楽しい回答を考え、ひとことカードに書き入れました。自然な思いやりに守られた人と人とのつながりが、白石さんのひとことカードを彩ります。】
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実際にこの「生協の白石さん」という本を手にとって読んでみるまで、僕は、これって、なんかうまくネット発で時流に乗っただけなんじゃないのかな、と思っていました。もちろん、現実的にはそういう側面だってあるのでしょうが。 でも、いろんな質問への白石昌則さんの回答を読んでいると、白石さんは、話題になっているような「面白い回答」ばかりをしているわけではなくて、生協の商品に対する真面目な問い合わせに関しては、きちんと調べて、誠実な対応をされているのです。だからこそ、「ネタ的な投稿」に対するウイットがきいた対応が、ものすごく面白く感じられます。 僕はこの岡田さんが書かれている文章を読んで、今までなんとなく不明瞭だった、この「生協の白石さんの世界」の魅力がわかったような気がしました。 そう、「白石さん」だけが魅力的なのではなくて、「白石さんの世界」が魅力的なんですよね。 今の世の中、ちょっとしたミスに対しても、厳しいクレームがつけられることはよくありますし、むしろ「いかに相手の落ち度を見抜いてクレームをつけるか」「いかにそれを隔してクレームをつけられないか」ということに、みんな懸命であるような気がします。なんというか、サービスの提供者とそれを受ける側には、過剰なまでの緊張感があることも多いのです。 でも、この「生協の白石さんの世界」には、ひとことカード」を送ってくる学生(あるいは職員)たちと、白石さんのあいだに「暗黙の諒解」というか、ここをお互いに気持ちの良い世界にしよう、という約束が感じられます。その一方で、実は、この「生協の白石さん」の世界というのは本当に脆くて儚いものだったのではないかなあ、と僕は思います。 「協会員のため」の組織であるはずの「生協」では、もし誰かが「あんなふざけた回答を書くやつはやめさせろ!」とか、あるいは、「あんな質問に回答するな!」なんていうクレームをつけていたら、「それでも白石さんが、自由に答えを書ける」ということはなかったのではないでしょうか。 もっと真面目に書くように、という「指導」を受けたり、担当者交代、なんてことになったかもしれません。 この「生協の白石さん」が、ここに存在しているのは、まさに、御本人はもちろんのこと、周りの人たちも一緒になって「白石さん」というファンタジーを大切にして、育ててきたからなのですよね。今くらい有名になってしまえば、そう簡単に崩れるものではないだろうけど、そのプロセスには、危機だってあったのではないでしょうか。 たぶん、多くの人がこの本を読んで、「こんな人がうちの生協にもいてくれたら」と感じるのは、「白石さん」だけではなくて、こういう「ユーモアに満ちたコミュニケーション」を大事に育ててきた、この東京農工大学という大学の空気の優しさ、温かさに憧れたり、自分が過ごしてきた「大学」という空間への懐かしさが呼び起こされたりするからなのだと思うのです。 「こんなのは、ジャスコのお客様カードでは通用しない」 きっと、そうなんですよね。でも、そういう、ちょっとした「甘さ」こそ、大学という場所の魅力なのでしょうし、こんな御時世ですから、せめて大学くらいは、そういう場所であってほしいな、と僕も願ってやみません。
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