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2005年09月14日(水)
椅子に座ろうとしない人々

「お笑い 男の星座2〜私情最強編」(浅草キッド著・文藝春秋)より。

(「未来ナース」という番組で故・鈴木その子さんを「発掘」した浅草キッドが語る、番組収録中のその子さんのエピソードのひとつです)

【そして、ある日、俺たちもたまたま移動の際にロールスの総革張りソファーに身を沈める機会があった。
 車中の短い時間にも先生は眼鏡をかけて、細かい数字が書かれた経理書類をチェックしながら、その合間に自らの著書の新刊の校正ゲラに目を通していた。
「先生、そこまで自分でやられると、お疲れになるんじゃないですか? 人にお任せになったらどうですか?」
 と俺たちが話を振ると、
「もう、これはね、あたくしの性分なのよ。人任せに出来ないの……」
「先生、仕事漬けは体に毒ですよ!」
「どんなに人に、もう満足でしょって言われても、あたくしはね、まだまだ、やり残したことがあるのよ……」
 虚空を見つめて呟いたこの言葉は、まるで自分に言い聞かせるようだった。
 短期間に長く時間を共にしてきたが、先生のこの一言は俺たちにとって忘れ難い。
 さらに「その子の休日」のロケの期間、とりわけ印象的だったのは、待ち時間にスタッフや俺たちが奨める椅子に頑として一度も座らなかったことである。
 現場で大物にもかかわらず、特別扱いを拒むという意味では、「スタッフや出演者の皆さんが、仕事をされているのに……」と、ロケ先で必ず待ち時間でも立ったままだったという、映画界に於ける高倉健さんのエピソードが想起されるが、先生は一言。
「私、休み癖をつけたくないのよ〜」
 この仕事への執念、それは普通の人から見れば、ある種の偏執、狂気とも見えた。
 それほど彼女は”やり残したこと”への使命感を片時も忘れなかった。
 しかし、この俺たちとのロケ企画も長くは続かなかった。なぜなら、先生には移動の時間すらスケジュールがなくなったのだ。】

〜〜〜〜〜〜〜

 健さんも、その子さんも凄いなあ!とこの文章を読みながら思った一方で、僕は正直「こういう人たちと一緒に仕事をするのは、ものすごく大変だろうな」とも感じました。
 だって、あの高倉健さんが立ってたら、他のスタッフや出演者は絶対に自分だけ座るわけにはいかないでしょうし(意外とそうでもないのか?)、考えようによっては、「ちゃんと休憩をとって、体力を回復または温存したほうが、いい仕事ができる」ような気もしなくはありません。まあ、そういう「合理性」を超えた健さんの真摯な姿に心打たれるのは、まさに健さんが「カリスマ」だからなんでしょうけど。内心「足痛いよ〜健さん座ってくれ〜」と思っていたスタッフだっていたのかもしれませんが。
 これは、鈴木その子さんの「休み癖」についても言えることで、トータルの仕事の量と質を考えれば、待ち時間にはしっかり休養したほうがいいんじゃないかと思われます。運動部の補欠選手の応援じゃあるまいし…
 でも、彼らは、そうできないんですよね。
 それが、彼らの「流儀」に反することで、彼らは「性分として、立っていなければならない人間」だから。
 たぶん、他の人が「形だけ」同じようにしてロケ中にずっと立っていても、「かっこつけるなよ」という感じにしか見えないのではないかなあ。
 このエピソードが凄いのは、これが彼らの「ファッション」だからではなく、「生きざま」そのものだからなのでしょうね……