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2005年03月22日(火)
童謡「サッちゃん」をめぐる愛と哀しみのボレロ

スポーツニッポンの記事より。

【童謡「サッちゃん」の作詞者で、日本芸術院会員の芥川賞作家、阪田寛夫(さかた・ひろお)氏が22日午前8時4分、肺炎のため東京都内の病院で死去した。79歳。大阪市出身。
 東大在学中、三浦朱門氏らとともに同人誌を創刊した。大阪の朝日放送でラジオ番組のプロデューサーなどを務めた後、退職して文筆業に専念。「サッちゃん」の作詞をはじめ、ドラマやミュージカルの脚本、童謡、小説、詩など、さまざまな分野で活躍した。
 ラジオドラマ「花子の旅行」で久保田万太郎賞を受け、1975年には母親の最期を描いた「土の器」で芥川賞を受賞した。他の主な作品に「海道東征」(川端康成文学賞)、「わが小林一三」などがある。二女は元宝塚歌劇団トップスターで、女優の大浦みずき。】

参考リンク「サッちゃん」の歌詞(from ごんべ007の雑学村

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 僕にとって、「サッちゃん」という童謡は、物心ついたときから当たり前のように存在していたものですから、今回の訃報を耳にして、「えっ、まだ作詞された方は存命だったのか」と失礼なことを考えてしまいました。阪田さんは芥川賞も受賞されているにもかかわらず、本当に不勉強で申し訳ありません。
 それにしても、この「サッちゃん」の歌詞を今回調べてみたのですが、僕の記憶にあるのは、1番の「本当はサチコって言うけど、ちっちゃいから自分のことを『サッちゃん』って呼ぶんだよ」というのと、2番の「ちっちゃいからバナナが半分しか食べられない」という内容だけでした。3番まであったんですね。この歌。
 子供時代の記憶としては、この歌のおかげで「サチコさん」「サチヨさん」などの「サッちゃん系」の女の子は変な替え歌をすぐに作成されていじめられていた、とか、バナナが半分しか食べられないなんて、昔の日本は貧しかったんだなあ、とか、そういうものしか残っていないんですけどね。

 思い出していくと、「自分の名前がうまく言えない」とか「バナナが半分しか食べられない」なんて、あらためて考えてみれば、昔はどうでもいいようなことを歌にしていたんだなあ、と思っていたら(いや、歌詞というもののの大部分は、現在でも「どうでもいいこと」なのですが)、3番の歌詞に目が留まりました。「ちっちゃいから 僕のこと忘れてしまうだろ」というのは、ちょっと、不思議な視点です。もしかしたら、阪田さんは同じくらいの年の男の子の視点のつもりだったのかもしれませんが、実際のところ、同世代の男の子は、相手の女の子を「ちっちゃいから」なんて考えないでしょうから、「僕」というのは、いつのまにか大人(の男性)の視点になっているのです。こういうのをあげつらって「ロリコンの歌」なんて言うのは不粋でしょうし、作詞者にはそういう意図はないと思いますが。
 おそらく、ここで描かれているのは、「子供の成長の早さ」と「忘れられていく存在の哀しみ」なのではないかと、僕は思うのです。あるいは、「小さい子供への愛しさ」と「先に退場してしまうであろう大人(=自分)への寂しさ」なのではないかなあ、と。
 大人同士だって、「忘れるときは忘れてしまう」のだけれど、大人にとっての子供というのは、愛しいけどせつない、そんな存在なのかもしれません。自分よりも未来を見ることができる、小さき者たち。
 それにしても、この歌詞で阪田さんがいちばん書きたかったことのような気がする3番が、いちばん僕たちの印象に残っていないというのは、ちょっと皮肉な話でもありますね。


※蛇足ですが、「サッちゃん」にはこんな都市伝説もあったみたいです。こういうのは得てして「考えすぎ」だと思うのですが、話の種に。