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2004年11月24日(水)
「JFK暗殺コンテスト」という「不謹慎なゲーム」

「IT mediaニュース」より。

【41年前の11月22日、ダラスで暗殺されたジョン・F・ケネディ大統領をプレーヤーが再び「暗殺」する歴史シミュレーションゲームが登場した。さらに、このゲームを使った「暗殺コンテスト」が最高10万ドルの賞金付きで行われるという。
 スコットランドのゲームデベロッパー、Traffic Managementが開発したゲーム「JFK Reloaded」は、プレーヤーが暗殺犯とされるリー・ハーベイ・オズワルドとなり、狙撃の腕を競う。
 コンテストは2005年2月21日に締め切られ、暗殺に関する報告書のWarren Commission Reportに最も近い狙撃をしたユーザーに賞金が与えられる。ゲーム購入者は10回分の狙撃をコンテストに申し込むことが可能だが、追加で10回分の狙撃コンテスト申し込みトークンを購入(4.99ドル)できる。賞金は、最初に1万ドルが提供されているが、その後はトークンの購入代金が積み立てられ、最大で10万ドルの賞金が提供されるという仕組み。
 ゲームの容量は13Mバイト。9.99ドルを支払うとデモモードが解除される。Windows 98以降に対応。Windows XPと800MHz以上のプロセッサ、NVIDIA GeForce 3相当のグラフィックカードを推奨している。】

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 「参加料」約10ドルですから、日本円では1000円くらい、ということになりますね、この「JFK暗殺ゲーム」。ケネディ暗殺犯(とされてますが、実際には謎が多いと言われています)オズワルドの視点でこの事件を「体験」し、ケネディを狙撃する「ゲーム」だそうです。画面はかなりリアルで、実際にオズワルドがJFKを狙撃した地点から、ケネディの体を狙撃し、【暗殺に関する報告書のWarren Commission Reportに最も近い狙撃をしたユーザーに賞金が与えられる】のだとか。間違ってジャクリーヌ夫人を狙撃すると「減点」になるという「付加要素」なども入っているそうですよ。

 僕は今朝のテレビで、このゲームのことを耳にしたのですが、当然のことながら、いまだにJFK神話が根強く残るアメリカでは、このゲームに対する非難轟々らしいのです。ところが、これを開発したメーカーは、それらの非難に対して、「これはあくまでも『歴史を追体験するゲーム』であり、このゲームを通じて歴史に興味を持ってもらいたい」とのコメントを出しているそうです。なんだかもう、そこまでやるのか…としか言いようがないのですけど。

 この「JFK暗殺ゲーム」に関しては、僕も含めて、多くの人が眉をひそめるのではないでしょうか?実在の人物を「狙撃」して「スコアを競う」なんて、悪趣味極まりない。
 しかしながら、そう言いつつ「ゴルゴ13」を楽しく読んだり、「架空の人間を狙撃するゲーム」を楽しく遊んだりしているのも、また事実。
 「狙撃モノ」としては、フランスのド・ゴール大統領暗殺未遂事件をモチーフにしたと言われる、フレデリック・フォーサイスの「ジャッカルの日」という名作もありますし、「スナイパー」に憧れる人(とくに男子)は、けっして少なくなさそうです。
 だいたい、このゲームだって、「人を狙撃するゲーム」だからモラルに反しているというよりは、「ターゲットが英雄・JFKである」というのが問題で、ビン・ラディン容疑者がターゲットだったら、あんまり非難されないのではないかなあ、という気がしますし。

 「好戦的なゲーム」は許されるのか?というのは、長年議論されていることで、ゲームというのが誕生した当初から問題視されているのです。それこそ「兵士が単なる数字であらわされていただけの時代」から。
 某ゲーム雑誌で、以前、太平洋戦争を扱っているシミュレーションゲームに対し「あの戦争をゲームにするのは冒涜であり、子どもに『兵士をひとりの人間ではなく、数字としてしか見られない』というような悪影響を与えるのではないか」という批判の投書がありました。それに対して、ゲーム制作者や雑誌サイドは、「ああやってゲーム化することによって、歴史に興味を持ってもらったり、当時の日本がいかに無謀な戦争をしていたのか理解してもらいたい」とコメントしていたのですが、僕は子供心に「この言い訳は苦しいな…でも、『戦争ゲーム』っていうのは、やっぱり面白いしなあ…」と感じたものでした。ゲームは「好戦的な人間の代償行為というか、ガス抜き」なんだ、という意見もあったのですが、それに対しても、「それを『代償行為』のままで抑えきれる人だけなのか?」なんて言われると、正直自信は持てません。「もしもボックス」があれば、「好戦的ゲームが有る社会」と「無い社会」では、どう違うのか見てみたい気持ちもあるんですが、実際にはそんなこと不可能だし。

 この「JFK暗殺ゲーム」は、おそらく多くの人が「不謹慎」だと判断するでしょう。でも、その一方で、「どこまでが不謹慎なゲームなのか?」というのは、なかなか難しいところ。そもそも、そんな「線引き」が可能なのかどうか?
 周りが思っているよりは、実際に遊んでいる人間は「ゲームはゲーム」だと割り切っているような気もするし、ゲームファンとしては、そう思いたいんですけどね…