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2004年10月24日(日)
「南極観測隊」 vs 「お客様相談室」

「面白南極料理人」(西村淳著・新潮社)より。

(南極観測隊のドーム基地に調理担当として赴任した著者が「牛乳を基地で1年中飲む」ために四苦八苦している場面)

【小学校時代をマイナス30℃まで気温が下がる、日本でも有数の低温地帯・名寄市で過ごした経験で、凍った牛乳はおなじみだった。宅配されてくる一合瓶は寒さで紙のキャップが持ち上がり、石炭ストーブの横か、電気冷蔵庫に入れて解凍して飲んでいたことを思い出した。クリームが上の方にわずかに付着していたが、別に問題もなく飲んでいたので、これでいってみようかと決めかけたが、なにせ行くところは超低温地帯、ドームふじ。もし、仮に分離状態が戻らず、飲料不可なんてことになったら、例の大魔神ドクター、怒りのあまり、体を巨大化させ国家財産のドーム基地を破壊しかねない。そんな博打はとてもおそろしくて打てず、そっと某メジャー乳業メーカーお客様相談室に電話した。
「あのーちょっと聞きますけど、LL牛乳って冷凍しても大丈夫なんでしょうか?」
 返ってきた答えは、
「LL牛乳は常温で保存し、長持ちすることを前提に販売している商品ですので、冷凍保存となると前例がございません」
「はい!わかりました」と返事をしたくなるほどの当たり前の答えが返ってきた。
「すべて凍ってしまうところに大量に持っていくんですけど……」。この時点でこれはいたずらと判断されたのか、応対してくれている女性の声が硬化した。
「お客様、製品の保存法等はパックの横に書いてあるので、その通りに使用してください」
 ガチャン!!切られた。
 もう一つの大メーカーに、今度は南極観測隊と名乗って電話した。こちらは「後日返事を差し上げます」といくらかは丁寧な応対をしてくれたが、その後日はついに訪れなかった。南極観測隊と自称してすぐに信じてくれるのは、「紅白歌合戦」の電報だけのようだ。しかしここで引き下がってはと、あちこち電話をかけまくり、そのうち大日本冷凍牛乳研究所なんてところに突き当たり、見事解決法を見いだした。と書きたいところだが実際は、電話してもけんもほろろに扱われ、結構精神的に引いてしまった。「この問題は先送り!!」と生来の「いやなことは避けて通る性格」が台頭。午後いっぱいは頭の隅っこに引っかかっていたが、夜になって居酒屋で冷たいビールを一口飲んた途端、きれいさっぱり忘れてしまった。】

〜〜〜〜〜〜〜

 この「牛乳問題」については、「案ずるより生むが易し」というべきでしょうか、筆者は牛乳を確証もないまま冷凍することにしてしまったのですが、【10ヶ月たって大豆粒ほどのクリームがちょっとできたものの、解凍すると見事にフレッシュミルクに戻ってくれた。同時期に搭載した昭和基地の同じものは、ドロドロの分離した気持ち悪いものが沈殿していて、とても飲めたものではなかった。】という「大成功」の結果に終わることになるのです。
 僕がこの文章を読んで考えたのは、ひとつは「お客様相談室」というのは大変なところだなあ、ということ、そしてもうひとつは、やっぱり「難しいお願い」をするときには、頼む側にもある種のプロセスが必要だと認識されているんだな、ということでした。
 この「お客様相談室」の対応を読んで、前者の【製品の保存法等はパックの横に書いてあるので…】のほうのメーカーの対応は、最初読んだときには「これは画一的で酷い対応だなあ」と思ったのですが、おそらく、「お客様相談室」というところには、毎日この手の「イタズラ電話」というのがかかってくるのでしょう。僕の知り合いに某携帯電話会社のオペレーターをしていた女性がいましたが、彼女によると、「電話での問い合わせのとき、顔が見えないからなのか、信じられないような剣幕で怒鳴ってくる『お客様』とか(電話が止められた原因は、電話料金が残高不足で引き落とせなかったからなのに)、もっと酷いのになると、それこそハアハアしながら「下着の色は…?」なんて手合いもいるらしいのです。そうなると、すべての問い合わせに対して「真摯に」答えるのは、なかなか難しいことなのだとは思います。
 もちろん、企業としてのイメージもありますし、「失礼にならない程度に」しないといけないのも事実ですが。

 もう一つの大メーカーに対しては「南極観測隊ですが…」と名乗ったにもかかわらず、結局「回答」は得られませんでした。こちらのほうにも、問題があるような気がします。対応したオペレーターが、「南極観測隊なんて、冗談に決まっている」と判断したのか、上層部が、「そんな儲かりそうもない問題提起に回答する手間は勿体無い」と考えたのか。
 いずれにしても、「本物の南極観測隊なら、そんな『お客様相談室』ではなくて、もっと「然るべきルート」(政府とか公的な機関)からの依頼になるのではないか、と判断していた可能性はあるのではないでしょうか。確かに、映画「南極物語」や「紅白歌合戦」以外に南極観測隊の活動を目や耳にすることはほとんどなかったし、まさか、本物の隊員が、こんな「相談室」に直接連絡してくるなんて、名乗られても狐につままれたようなものなのでしょうし、この手のイタズラは多いのだろうし。

 しかし、そうやって考えてみると、こういう「お客様相談室」というのは、いろんな意味で「客」と「メーカー」を直結していないのではないか、とも思えてきます。結局、いろんな人のイタズラやメーカー側の怠惰の積み重ねで、メーカー側にとっては「単なるクレーム処理班」みたいになっているのかなあ、という気もするのです。メーカー側にとっては、「本当に重要な情報がもたらされたり、客からの積極的なリクエストに対応するための部署」ではなくなっているのかもしれません。
 それにしても、この本を読んで思ったのは、「南極観測隊」といっても、ごく普通の人々(とはいっても、体力や精神的なタフさにおいて、選ばれた人々であることはまちがいないですが)の集団で、何か困ったことに対しては、自力で対処しないといけないんだなあ、ということでした。
 まあ、そういうのを「面白がって」やっていける人でないと、南極で1年以上も外界と遮断されて生活するなんて冒険には、耐えられないのでしょうけど。