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2004年07月29日(木) ■ |
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「約束された場所」は、どこですか? |
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「どこかで誰かが見ていてくれる〜日本一の斬られ役・福本清三」(福本清三・小田豊ニ共著、集英社)より。
(「2万回斬られた男」こと福本清三さんの聞き書きによる本の前書きの一部です。)
【人には誰でも「約束された場所」がある。 その場所に行くと、なんだか心が落ちつき、ここにいるために自分が生まれてきたと確信できる場所、それが「約束された場所」である。 神父なら教会、医師なら病院、教師なら学校、パイロットならコクピット、画家ならアトリエ、サラリーマンなら会社、そして主婦なら台所かもしれない。 そして、その場所を一生かけて探すのが「人生」だとするならば、福本さんの一生を象徴する居心地のいい場所は、いったいどこなのだろうか……。 とうとう、福本さんに前もって聞くこともできないまま、僕は、京都に会いに出かけることになった。 福本さんに、僕の願いが通じた。 「約束された場所」で、福本さんは「えらいこっちゃ」と笑いながら、初体面の僕を待っていてくれたのだ。 福本さんが、最も心が安らぐ場所− それは、撮影所の掲示板の前だった。】
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この「撮影所の掲示板」というのは、いわゆる「大部屋俳優」(台本もない、いわゆる「チョイ役」の役者たち)たちの役柄が貼り出される場所なのです。そこで今日一日の「仕事」を確認するのが、福本さんたち「大部屋俳優」の日課。 福本さんは、この掲示板と自分の役柄について【「台詞なんかありますかいな。あれば、台本をくれますがな。台本なんか必要ない役やから、掲示板に私の名前が書いてあるんです。】と語っておられます。 福本さんは、その日の撮影内容に応じて当日に貼り出されるこの掲示板を40年間ほとんど見続けてきたわけなのです。 それも、「町人A」とか「刑事部屋の隅にいるだけの刑事」とかを演じるために。
大ヒットした「ラスト・サムライ」で、主人公のオールグレン大尉を常に影のように見張っている「寡黙なサムライ」で大ブレイクした福本さんですが、彼のキャリアの大部分は、40年を超える「大部屋人生」でした。それにもかかわらず、「主人公をカッコよく見せる斬られかた」にこだわり続ける福本さんの生きざまには、なんだかすごく人の心を動かすものがあるのです。「どんな端役でも、好きでやっているというのは、やっぱり美しいものだなあ」なんて僕も思います。 実際は「生活のため」という時期もあったでしょうし、「少しでも目立つための努力」というのもされたみたいなのですけどね。 それでも、「大部屋俳優」という世間からみたら「割に合わない仕事」のなかで、自分のベストを尽くして、いい作品にしようと努力し続けた姿というのは、とても魅力的に見えるのです。 そして、「約束された場所」というのは、たぶん、その職種とか社会的地位に関係なく、こういう「自分という人間にこだわり続けた人」にしかないのだろうなあ、という気がするのです。 今の僕は、病院にいても「ここが自分の居場所だ」なんて自信を持って感じることはないですし、おそらく社会人・家庭人のなかで、自分の職場や家庭をそう言い切れる人は、少数派なのではないでしょうか? 小田さんが書かれているような「約束された場所」というのは、その仕事を愛し、その仕事に愛された者にだけ与えられる特別な場所。
「撮影所の掲示板の前」が「約束された場所」だという人生は、正直、あんまり羨ましいものではないのかもしれません。御本人ですら「スターになりたかったなあ…」と思われることもあるでしょう。 でも、「万年大部屋俳優」の福本さんは、僕にはなんだかとても幸せで、魅力的な人に見えるのです。僕にもいつか「約束された場所」ができる日が来るのだろうか。
あんまりみんなに愛されては、「斬られ役」としては不本意なのかもしれませんけどね。
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