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2004年02月28日(土) ■ |
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『ドラえもん』の産みの親の優しい嘘 |
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「ぼくドラえもん・01」(小学館)の記事、「レギュラー声優5人組・懐かし座談会〜25年目の再会」より。
【肝付:それから、藤本先生とお近づきになれて、いっしょに旅行に行って、旅先でいろいろ、宇宙に行く話をしたり…。 そんなときの先生は、目が輝いておりました。そんな体験ができたってことは、いい時代に生きていたなあって感じがすごくするんです。
それと、先生にね、一度だけ聞いたことがあるんですが、先生が『ドラえもん』を描いているときに、ネームを書きますよね。そのときの声の感じは、どうなんですか?って、聞いてみたんですよ。そうしたら、「今のみなさんのようでした」って…。
一同:(笑)。
肝付:ありがたいなって、思いましたね。
小原:先生は、いつもやさしくって。ほんとに、『ドラえもん』に出演して、先生とお近づきになれたことが、最高に幸せな25年の思い出かもしれませんね。】
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アニメ「ドラえもん」の不動のレギュラーメンバー、 ・大山のぶ代(ドラえもん) ・小原乃梨子(のび太) ・野村道子(しずか) ・肝付兼太(スネ夫) ・たてかべ和也(ジャイアン) の5人の声優さんたちが、25年間の『ドラえもん』を振り返っての座談会の一部です。 この雑誌には声優さんたちの写真も載っているのですが、みなさんさすがにいい年に…なんて言っている僕だって、アニメ『ドラえもん』を最初に観たときは、小学校の低学年だったんだもの。
このインタビュー、なにげないことが語られているようで、本当に、藤子・F・不二雄先生の人柄をよくあらわしているなあ、なんて思いながら僕は読んだのです。 とくに、スネ夫役の肝付さんが、「ネームを書くときの声の感じってどうなんですか?」と尋ねたときの「今のみなさんのようでした」という答えには、この偉大な漫画家の優しさと気配りが溢れているような気がします。
僕が『ドラえもん』のアニメの第1回で、はじめてドラえもん役の大山さんの声を聞いたときには、正直「ヘンな声」とか「何か違うなあ」と感じたものでした。僕の周りでも、そんなふうに言っていた人はけっこう多かったし。まあ、アニメや小説の映像化というのは「これは違う!」なんてファンに言われるのは宿命なのかもしれませんが。 今となっては、大山のぶ代さんの声こそが「ドラえもんの声」なんですけどね。 当然ながら、ファンが違和感を感じるのと同じように、演じている声優さんにも「迷い」はあると思うのです。「自分の声でいいのだろうか?」「こんな表現でいいのだろうか?」って。原作が人気作品で、子供たちに愛されていればこそなおさら。
「今のみなさんのようでした」というのは、たぶん嘘だと思います。少なくとも、アニメ化される前に藤子・F・不二雄先生の中でイメージしていたキャラクターたちの声が、5人の声優さんたちと完璧に同じ声だった、なんてことはありえないのではないでしょうか? でも、藤子・F・不二雄先生は、あえて肝付さんに、そんなふうに答えられたんですよね、きっと。 「だから、安心して今のまま演じていいんですよ」という意味で。 藤子・F・不二雄先生がお亡くなりになられたのは、1996年の9月23日。享年62歳でした。もう、あれから7年半になります。 先生が亡くなられたときは、「もう、ドラえもんも終わりだなあ」なんて僕は悲しくなったのですが(いや、その年までキチンと読み続けていたわけではないけれど)、ドラえもんは、今でも元気に動き続けています。
ひょっとしたら、ドラえもんのエネルギーは、「人間の優しさ」なのかもしれませんね。
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