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2003年04月02日(水)
ある歴史小説家の新しすぎる「参考文献」。


読売新聞の記事より。

【作家・池宮彰一郎さん(79)の歴史小説「島津奔(はし)る」(新潮社刊)に、司馬遼太郎さんの「関ヶ原」(同)と多くの類似個所があることが分かり、新潮社は2日までに「島津奔る」を絶版にし、市場在庫の回収を始めた。3日発売の「週刊新潮」に、おわび文を掲載している。

 同社によると、昨年暮れ、読者から両書の内容が似ているとの指摘があり、表現などに数十か所の類似を確認、単行本、文庫版とも絶版を決めた。類似しているのは徳川家康が島津義久を前に朝鮮出兵での島津家の手柄をたたえる場面など。

 池宮さんの作品では、昨年、戦国時代を舞台にした「遁(に)げろ家康」(朝日新聞社刊)が、司馬さんの「覇王の家」(新潮社刊)との類似が見つかり、絶版・回収の措置が取られている。

 池宮さんは2日、家族を通じて、司馬さんの遺族や読者へのおわびのコメントを発表した。「島津奔る」は「遁げろ家康」の連載と同時期の1996年から約1年「週刊新潮」に連載されたが、家族の入院や引っ越しなどが重なり、参考にした文学作品と歴史史料のメモが混在し、類似表現を招いたという。

 「島津奔る」は単行本上下計26万3000部、文庫版は上下計40万7000部を発行。99年に第12回柴田錬三郎賞を受賞。】

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 僕は池宮さんの作家デビュー作「四十七人の刺客」を読んで、こういう観点から歴史を描く人が出てきたのだなあ、とすごく感銘を受けました。
 赤穂浪士の討ち入りをひたすら叙事的・経済的な側面から捉えて、「仇討ち」をひとつの戦略の完成としてみた傑作。

 それにしても、「遁げろ家康」につづく盗作騒動というのはちょっと…という感じなのですが。問題になった2つの池宮さんの作品は、同時期のものらしいので、確信犯的ではあります。

 しかし、歴史小説というのは、やっぱり書くのが難しいジャンルなんだなあ、と痛感させられる事例ではありますね。
 たとえば、関が原の戦いという歴史的事実は誰もが知っていても、その前後の各武将の日常行動や内面の心理は、今となっては誰にもわかりません。本人が回想録でも残していれば別ですが、残念ながら、江戸以前の日本には、そういう習慣はほとんどなかったようですし。
 歴史を書こうというときに、壮大な戦闘シーンは書けても、そこに至るまでの流れに説得力をもたせるのって、けっこう難しいと思うのです。
 そういうところをうまく読ませるのが、プロの作家なんだろうなあ、と。
 今回「盗用」と指摘された部分も、派手な戦闘シーンというよりは、そういう地味な「つなぎ」のシーンがほとんどのようですし。

 歴史小説は、新しい書き手が参入するには難しいジャンルだとよく言われます。
 それは、なんといっても資料集めの難しさ(名が売れた作家であれば、編集者がある程度は集めてくれますが、一から自力で図書館で調べるなんて、考えただけでも気が遠くなるような作業!)でしょうし、多くのドラマチックな歴史的場面は、すでに大家たちによって作品化されていますから。
 ちょっと前に、北畠顕家のことを書いた小説を本屋でみかけて、「ついにここまで来たか…」と苦笑したのを思い出します。

 歴史小説の作家の多くが記者出身だったり、他のジャンルで名が売れてから歴史物を書くようになった人なのは、けっして偶然ではないのです。

 今回の池宮さんの作品についてなのですが、もちろん盗用は悪いことです。それはプロの作家として恥ずかしいこと。
 しかし、すべての歴史小説というのは、いろいろな歴史的な作品や資料をよくいえば参考に、悪く言えば盗用しているんですよね。
 あと50年もして、著作権が切れてしまえば、司馬作品も、「歴史的資料」になる可能性が高いですし。
 ひょっとしたら、池宮さんは「歴史的資料」という感覚で「引用」してしまったのかも。
 もっとも、司馬さん自身は史実をけっこう離れて、「司馬史観」といわれるような作品世界を構築していましたから、かえって盗用が目立ってしまったのかもしれません。こんなの史実にはないはずだ!って。

 今回は、盗用した作品もされた作品もあまりに有名だったために問題になっただけで、この程度の盗用は、けっこうみんなやってるのでは?とも思うのですが。

 それに、発表直後ならともかく、発表から7年も経ち、これだけ売ってしまってからの絶版。けっこう大きな賞も獲った作品なのに。
 「関が原」も「島津奔る」も同じ新潮社からの刊行ということもあり、現実的には「手打ち」ってところなんでしょうね。

 しかし、いくらなんでも、そこらへんの無名作家ならともかく、司馬遼太郎をパクったらバレるだろうと思うんだけどなあ。ほんとに頭が混乱してたのかも…