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2003年02月27日(木) ■ |
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「正しい民主主義」の大バーゲンセール、近日開催! |
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毎日新聞の記事より。
【ブッシュ米大統領は26日、保守系シンクタンク「アメリカン・エンタープライズ研究所」(AEI)の会合で講演し、対イラク軍事行動の終結後も米軍が必要な限りイラクにとどまり、同国の民主化を足掛かりにアラブ全体の政治改革を目指す考えを明らかにした。国連安保理の新決議の有無に関係なく攻撃に踏み切ることを前提とした発言であり、今回の武力行使の目的がフセイン政権の転覆と大量破壊兵器の廃棄にとどまらず、中東地域への「民主主義」の拡大にあることを鮮明にした形だ。
ブッシュ大統領は「いずれの道筋にせよ、サダム・フセイン(イラク大統領)と大量破壊兵器の危険は取り除かれる」と述べて武力行使は不可避との認識を示した上で、フセイン政権崩壊後は生物・化学兵器の廃棄や治安の確保、油田の保全などに全面協力することを強調。「新しい政治体制はイラク国民が決める」としながらも、イラク再建のために「我々は必要な限りイラクにとどまる」と述べ、第二次世界大戦後の日本やドイツの例を引き合いに、長期的に国づくりに関与していく方針を明言した。】
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う〜ん、「民主主義は正しい!」とここまでキッパリ言い切れるアメリカという国は、それはそれで凄いなあ、と僕は感心してしまいます。 しかし、なんとなく「何でコレ食べないの?こんなに美味しいのに!お前オカシイよ」というように、自分の好きな食べ物を無理に他人に食べさせようとする人みたいに見えるような気も。 僕は生まれたときから「民主主義は正しい」という教育を受けて育ってきていますので、民主主義の正しさにそんなに違和感はないのですが、たとえば、ずっと王政(とはいっても、現代社会で、本当に文字通りに「王が政治をやっている国」というのは、それほど多くはないでしょうが)の国や社会主義の国で過ごしてきた人にとって、「民主主義の絶対的正義」というのは、どれだけ普遍的なものなのでしょうか? 「民主主義」という概念が生まれて、それがフランス革命という形でひとつの現実となってから、まだ200年あまり。ギリシャ・ローマ帝政前までの政治形態を考慮に入れたとしても、実際は、世界史の中で「民主主義」が是とされている時代は、まだまだ王政や貴族性に比べて、遥かに短いのです。 まあ、だからといって、現代日本に生きる僕は「王政のほうがいい!」なんて思いはしませんけど。ただ、それには、今まで受けてきた教育の影響が大きいと考えられます。 国民に愛されている王室、というのも、世界にはまだまだたくさんありますし。
それに、一応、名目上はイラクのサダム・フセインは選挙で選ばれた「大統領」なんですよね。 なんだか、このブッシュ大統領の演説は、アラブ諸国の歴史を尊重しないで、自分の感覚を押し付けているだけなのではないか?と感じてしまいます。
アメリカがイラクを攻撃するのは「自国と世界の身を守るため」だという説明であれば、僕は、そこまでやる必要があるのか?と思いはするものの、その心境は理解できるんですけどねえ。
いやしかし、現在のアメリカがやろうとしていることは、武力で「素晴らしい共産主義」を広めようとしたスターリンとあまり変わらないのではないか、という気がしてなりません。 「民主主義は正しい制度である」というのは一種の詭弁で、民主主義の中にも良いものもあれば悪いものもあるし、民主主義自体、まだまだ未完成。 たぶん、永遠に未完成なのかもしれませんが…
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