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2002年11月14日(木)
「寅さん」になってしまった男。


「言葉のレッスン」(柳美里著・角川文庫)より。

 (けっして私生活を明かそうとしなかった俳優、渥美清のドキュメンタリーの内容)

【「男はつらいよ」の撮影現場で、サインを求めるファンが渥美清の周りに群がり歓声をあげた。しかし彼は眉をひそめたまま車に乗り込んだ。
 渥美清は、「スーパーマン」役の俳優が街を歩いていたら、子どもたちに「とべ!とべ!」といわれたというエピソードを話し、「スーパーマンが地に足をつけてちゃだめなんだね。寅さんは一年中手を振りつづけなくちゃだめなんだね。」スーパーマンは針金で吊られて空をとぶのにね…」としんとした口調で語った。

(中略)

渥美清は、「役者は私生活などなにも知られないほうがいい。ほんとうは年齢だって明らかにしたくない」と語った。】

〜〜〜〜〜〜〜

 スターの憂鬱。渥美清さんは、結局亡くなるまで自分の私生活を公開されることはありませんでした。昔からの知り合いも、彼の家族のことを知っている人は少なかったそうです。
 僕たちは、渥美清=寅さん、というイメージで見てしまいがちなのですが、やっぱり、役としての寅さんと人間・渥美清は別人。
 たぶん、渥美さんは、一度は自分を寅さんのイメージに近づけようとすごく努力されたんじゃないでしょうか?でも、あまりに役のイメージが強くなってしまい、役と同じ人間でいようとして自我を失ってしまうよりは、自分の私生活を隠すことによって、役のイメージも渥美清としての心のバランスも守ろうとしたんでしょうね。
 渥美さんは「スーパーマンが地に足をつけてちゃだめなんだね」と言って、観客の役柄と人格の同一化に反発しながらも、結局、地に足をつけているところをみせて「自分はスーパーマンじゃない!」と言うこともできなかったのでしょう。
 寅さんはあくまでも演じている役で、自分と同一ではないと叫びながらも、役のイメージを壊すこともできない役者という仕事の厳しさ。
 野球選手は夢を与える仕事だから、プライベートでもファンのサインにすべて応じなければならないのか?とか、看護師だから、勤務時間外でもお年寄りにやさしくしなければいけないのか?なんて考えると、あまりに彼らがかわいそうな気がします。

 一般的に、みんなが興味が持てない人は自分のことを少しでも知ってもらいたいと願い、みんなが興味を持っている人は自分のことは放っといて欲しいと願う。

 渥美さんの嘆きは「選ばれた人間の恍惚と不安」なのかもしれませんが。