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2002年06月22日(土)
2002年6月22日。

「さかだち日記」(中島らも著・講談社文庫)より抜粋。

(野坂昭如氏との対談より抜粋)
【中島らも「僕はシャブ(覚醒剤)を二回やったことがあるんですけど、これはハマるというのがすごくよくわかりました。打ったあとは爽快なんですけれども、効き目が薄れてくると部屋じゅう空気が凍ったみたいになって、泥の中にいるような感じがするんです。「あっ、これでいま注射打ったらスカッとするんや。それの繰り返しで中毒になっていくんだ」とわかって、それでやめました」】

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中島らも氏の覚醒剤体験。よく、コマーシャルで「覚醒剤は中毒になって、廃人になる」とか、「暴力団の資金源になる」といわれています。
そういえば、「覚醒剤やめますか?それとも、人間、やめますか?」という有名なコピーもありました。実際、使った人の体験談で、ここまで簡潔かつ具体的なものは、あまりみたことがありません。
よく、意思が弱いから覚醒剤にはまってしまうというけれど、現実問題として、人間の意志でセーブできる範囲というのは、たかがしれているんだと思います。オウム真理教がやっていたように、ドラッグの力で特殊な精神状態(それは、「悟り」ととれなくもないでしょう)におくことも、充分可能なわけですから。こういう依存というのは、もう「病気」なわけで、たぶん、一度使い始めてしまったら、まず逃れられなくなってしまうんでしょうね。
中島さんのように、引き返せるのはごく稀なパターン。
大事なことは、いかにファーストコンタクトを行わないようにするか、です。自分の意思の強さに自信があるのなら、依存しないことにより、接触しないことに使ってもらいたいなあ、と。
そして、もしそんな依存に陥ったら、「病気」として専門家に治療を受けることだと思います。

自分の意思の強さに自信のある人々に、中島氏の次の言葉を捧げます。
「なぜ人は酩酊を求めるのか?それは気持ちがよいから。馬鹿みたいに単純な答えだけどそうなんだ。人間は誰だってもともとどこかが欠けている。みんなその欠けた部分を補うために何かに依存して酩酊して生きていく。酒に走る人もいるし、異性に走る人もいる。おれはギャンブルだという人もいるだろうし、それが自分の子どもに向かったり、権力や金に向かったりする人もいるということなんじゃないか。」