小ネタ倉庫
遠子(桜井都)

初日 最新 目次



 指輪

 波の音がほんのわずか開いた窓から聞こえてきた。
「…そろそろお暇するよ」
「あら、もうお帰りですの?」
 立ち上がりかけたアスランに、ラクスが昔と同じような残念がった声音を向けてきた。
「泊まっていって下さればよろしいのに」
 ねえ、とラクスが微笑みを向ければキラも同じように笑ってうなずく。けれどアスランの顔を見た後のキラはラクスへの説得に回った。
「でも、あそこにカガリ一人残すのも心配だもんね」
「そういうわけでも…ないけど」
 キラの片割れの意地っ張りが移ったのか、素直に肯定はしなかったアスランを、キラとラクスが顔を見合わせて笑う。
「それならば仕方ありませんわね。カガリさんも色々大変な時期ですし…しっかり、支えてあげて下さいね。アスラン」
 綺麗な微笑みに、友を案じての圧力を込めたラクスの表情にアスランは気圧されないよう力を込めてうなずく。
「じゃあ、いま上着をお持ちしますわ」
「すみません、ラクス」
「いいえ、ちょっとキラとお話でもしてお待ち下さいな」
 親友同士の二人を居間に残し、ラクスは続き部屋に行く。
 ハンガーに掛けておいたアスランのジャケットを取り上げると、裾のあたりにわずかな皺が寄っているのを見つける。几帳面な彼らしくない。
 せめて指で伸ばそうと、ラクスがジャケットをさかさまに持ったとき彼の右ポケットから何かがこぼれ落ちた。
 かしゃん、と床の上を硬質なものが叩く音が響く。
「あら…」
 すまないことをしてしまった。慌ててしゃがみ込んだラクスは、薄暗い床の上に手を伸ばす。月明かりを受けて落ちたものがきらりと光った。
 それは、赤い石がついた銀色の指輪だった。
 どう見ても女性の指に似合うべくして作られた指輪だ。
 そうっと自分の手のひらに置いてみたラクスは、なぜこれがアスランのポケットから出てきたのか考え、すぐに一人の金の髪をした友人のことを思い出す。
 鮮やかなあの金の髪に、深い紅の石はとても良く似合うだろう。
 しかしカガリには指輪をつける趣味はなかったはずだ。
 …となれば。
「まぁ…」
 思わず、空いた手を頬に当てる。
 恋愛ごとには不器用なアスランといえども、女性に指輪を贈る行為に浅い意味がないことぐらいわかっているだろう。だからこれは、彼の大切な思いを表したものなのだ。
 見てはいけないものを、見てしまった。
 そう思いながらラクスはアスランのポケットに指輪をそっと戻したが、嬉しさに緩む顔はどうしても我慢しきれない。
(良かったですわね…カガリ)
 彼女を取り巻く事情が、アスランとの仲を簡単に認めようとしないのはラクスも知っている。それゆえに二人が遠ざかってしまわないかと、キラといつも心配している。
 けれどこの指輪は、そんな心配を杞憂だと思わせてくれる。
 良かった、と心からラクスは思う。自分のことではないがたまらなく嬉しい。カガリもきっと喜ぶ。
「…見なかったことに致しますわね、アスラン」
 微笑み、ラクスはアスランの黒いジャケットをそっと撫でる。
 どうか、幸せに。
 一瞬だけ目を伏せ、ラクスはただ彼らの幸福を願った。

2004年12月05日(日)

初日 最新 目次