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■ 雨の向こう側に(デジモン02)(丈とミミ)
雨で滲んだ道路の向こうに差し込む耀光。
学校帰り、塾への道を急いで歩く。 朝から降り出した雨は、昨日発表された梅雨入り宣言を示すかのように鬱陶しい湿気を運んでくる。勉強は嫌いではないが、こんな日に外を歩かなければならないのは少し憂鬱だ。 入学して三年近く経ちすっかり慣れた学校の制服が雨粒に濡れ、このまま塾に行ったらきっと冷えるだろうなと、思わず漏らした吐息は通りの車道の音に阻まれて、丈自身も気付かなかった。 ふと、その雨特有の雰囲気を消す明るい声が聞こえた。 馴染みのある、綺麗なソプラノだった。
「丈せんぱーいッ」
名前を呼ばれて、思わず周囲に視線を巡らせる。忘れもしない、とても綺麗な声。 声の持ち主は、ほどなく見つけることが出来た。
「…ミミくん」
彼女は、車道の向こうで明るい桃色の傘を持ち、こちらに向かって手を振っていた。視線が合うと、にっこり笑った。小さな小学生だった頃と変わらない笑顔だった。
「これから塾ですかー?」 「うんそうだよ!」
雨と、車の音に負けないように、大声で話しかけてきたミミにつられて、自然と丈も声を張り上げる。
「頑張ってねー丈先輩!」 「うん、頑張るよ!」
なんだか少し馬鹿みたいな会話になったが、二車線の道路を隔ててする会話などこんなものだろう。通りかかる人が、道路を挟んで会話する二人を少し怪訝そうな顔で見ているが大して気にしないことにした。
「じゃあ、僕もう行くから!」 「うん、またねー先輩!」
ひらひらと手を振って、通りの向こうの桃色の傘が遠ざかる。 時間があったらすぐ向こうに行って、少し話でもしたかったが、塾があるのでは仕方ない。残念に思いながら丈も歩きはじめた。
「あ、せんぱいーっ」
そのとき再び道路の向こうで、ミミが叫んだ。振り返ったその先に、雲間から差し込む光のような笑顔。
「偶然だけど、会えて嬉しかった! またみんなで遊ぼうね、先輩ッ!!」
純真爛漫な彼女らしい、ストレートな台詞だった。思わずきょとんとしたが、すぐに丈も笑顔になる。
「うん! また遊ぼう!」
そしてまた、通りのあちらとこちらで笑ったあと、手を振って別れる。 塾へ再び歩き出しながら、丈の口許に淡い笑みが浮かぶ。 普通なら無視してもおかしくない距離と場所だったのに、わざわざ声を掛けてくれたことが嬉しかった。小学校を卒業して、同じ学校になることのない歳の差のせいか疎遠になりがちだった彼女の変わらない笑顔が嬉しかった。 会えて嬉しい、だなんて素直に言える彼女を、素直に好きだと思える。
(まったく、…変わらないな、ほんと)
泣いて笑って怒って叫んで。あの夏の冒険での、ミミの真っ直ぐな表情を思い出す。 もうすっかり思い出のなかだけの存在になりがちな、あの夏の冒険。現実に慣れ過ぎた今となっては夢だったのではと思うこともあるが、彼女の笑顔だけはいつまでたっても風化しない。
空は灰色、空気は雨。梅雨入り直後の湿度の高さ。 そんなことを一瞬でも忘れられた、鮮やかで綺麗な笑顔。なんとなく、殺伐とした日常を忘れて優しい気持ちになる。あの笑顔が、ふと浮かんだ微笑みの奥にいつまでも消えない。
そして見上げた空の向こうに、太陽が見えた。
****************************** やあ懐かしい。 ……や、ほら、笛ばっかりじゃいたたまれなくて(そして毎度毎度使い回しで)。
丈先輩とミミちゃん。 光子郎さんとミミちゃんの組み合わせも好きなんですが、この二人も好き。
2003年05月16日(金)
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