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2014年05月31日(土)
『THE BIG FELLAH ビッグ・フェラー』

『THE BIG FELLAH ビッグ・フェラー』@世田谷パブリックシアター

アイルランド絡みの舞台、今月二本目。そもそも? 円の『ロンサム・ウェスト』を演出したのが森新太郎さんだったんですね。この作演コンビ(リチャード・ビーン×森さん)で2012年に上演された『ハーベスト』がとても面白かったので、今回観に行くのを決めました。『ハーベスト』は百年の物語、『ビッグ・フェラー』は三十年の物語。いやー見応えあった! こういうの大好き!

1972年3月17日のニューヨーク、聖パトリックスデイのブラッディサンデー追悼集会で演説するひとりの男。IRAのNY支部リーダーである彼デイヴィッド・コステロは、アメリカンドリームの体現者と言っていい成功者。滑らかな弁舌でIRA活動の資金集めにも隙がない。愛称は“ビッグ・フェラー”、アイルランド義勇軍の伝説的人物マイケル・コリンズをなぞったニックネームで、本人も気に入っている。本部の後方支援的な役割を担いつつ、普段はNYのよき市民として暮らしている。数日後、彼らにアジトを提供している消防士マイケル・ドイルはIRAへの入隊を許可される。彼は「(IRAに入るってことは)人生おしまいになるってこと」、と覚悟する。この物語はマイケルから見たビッグ・フェラーの姿であり、異国で暮らすIRAメンバーの人生を、実在の出来事やモデルを織り込みつつ俯瞰するものでもある。

アジトにはさまざまな人物が出入りする。ルエリがつれこんだプエルトリカンの女性、IRA本部の残忍な幹部。暴力、尋問、対立。さまざまなことが起こる。マイケルは恋仲になりそうだった仲間を「メキシコ送り」にされ、本部と支部の齟齬を知り、IRA活動の矛盾を目撃する。反米テロ組織の行為を非難するメンバーたちの議論を聴き、自分が属する組織との違いを考える。「命令」とは、どこの誰から下されるものなのか? プロテスタントにも関わらずIRAに入隊し、カトリック由来のキルトを履く。部屋には祖父から受け継いだギターや、マンチェスターユナイテッドのマフラータオルが飾られている。“ビッグ・フェラー”と同じファーストネームを持つ「口数が少ない」マイケルは、目の前で起こることを黙って見続け、自分の信念の在処を探し続ける。

自信に満ちあふれたデイヴィッドは愛する娘と妻を失い、やがて破滅する。デイヴィッド同様アメリカ就労ビザと明るい将来を獲得したかに見えたルエリは、ある日消える。ルエリの個展カタログを上下逆に眺めるデイヴィッドの姿は、ニックネームの本来の意味を皮肉にも思い出させる。マイケルに人生の成功者として映っていた筈のデイヴィッドは、1999年の聖パトリックスデイで「おまえはもうおしまいだ」と言うヤジにまみれる。やはりIRAに入ることは「人生おしまい」なのか?

四幕十一場。テンポのよいスピーディな転換、比例して重くなる登場人物たちの心情を丁寧に描く演出。その後ポイントとなると気付かされるやりとりを、さりげない乍らしっかり印象に残るように提示する手腕も見事。舞台は主にマイケルの部屋のなかだが、調度品等を少しずつ変える等してときの流れをシンプルに表現する。外での出来事は、映像と転換を流麗な編集で見せる。モンドリアンのコンポジションと、その時代を象徴する事件の映像が重なる瞬間の鮮烈なこと!

明星さん、小林さんの場面が白眉。片や組織のミソジニーに潰される優れたIRAメンバー、片や男性性により妻や部下を支配するIRA幹部。一場だけの出番でその人物の生きざまを浮き彫りにさせ、強烈な印象を残す。デイヴィッドが幹部に下した行為がどれだけ恐ろしいことか、その知識が多少でもあるひとは身震いしたのではないだろうか。何故そこ迄? この時期デイヴィッドは家族を失い、FBIと接触していたことが後に明らかになるが、彼の行為は保身によるものか、支部リーダーとしてのプライドから来たものか考えさせられた。デイヴィッドとルエリの対照的な行く末にも、考える余白が残されている。このさじ加減のバランスがよい。

内野さんは流石の貫禄。威厳ある最初の演説、破滅を予感させる最後の演説と詩の朗読。ビッグ・フェラーと呼ばれたひとりの男の一生が凝縮。狂言回しのようなルエリを演じた成河くん、ゲイ(バイ)で詐称も密告も厭わないが、組織への妙な忠誠心も見せる複雑な人物。終始ラウドでオーバーアクション、屈託のない笑顔でゾッとするようなことを言う。彼の言動には釘付けにされた。典型的な差別主義者を演じた黒田さん、劇団ではひとのよい役を演じることが多い印象だったので新鮮。町田さんは鋭い知性、女性の魅力、移民の向上心を持ち合わせた魅力溢れる人物でめちゃめちゃ格好よかった。

ラストシーン、2001年9月11日。コーヒーを飲み、シリアルにミルクをかけて食べ、ラジオで音楽を聴き、制服に着替えて出勤するマイケルの朝の風景。ラジオから緊急ニュースが聴こえてこないところから、WTCの事件はまだ明らかになっていないのだろう。数時間後のことを思う。彼はどうなったのだろう。アメリカ人として殉職したか、それとも? 余韻を残して幕は降りる。マイケルを演じた浦井くんの、決してブレることがなかった透明感は、IRA兵士であり乍らアメリカ市民でもある、ひとりの彷徨える人間の姿に深みを与えてくれた。

『開演10分前、お早めに席におつきください。―― 幕があがるまで、これだけはインプット、3つのキーワード』。入場時チラシ束と一緒に配布された当日リーフレットに記載されていたのは「血の日曜日(ブラッディサンデー)事件」「IRA(アイルランド共和軍)」「グリーン(=カトリック)とオレンジ(=プロテスタント)」についての短い解説。チラシにもIRAに関する解説が載っていた。この作品が日本で上演されること、をよく考えての制作の配慮にもとても好感を持ちました。

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おまけ。

・浦井くんがキルト姿で出て来たときのキラキラッぷりに、会場がさざめいたのが面白かった。グリーン基調のキルトに、オレンジ、グリーン、ホワイトの羽根飾りのついたベレー。王子や! すごいかわいかった。その後あっと言う間に緊迫したシーンに戻り浦井くんはボコボコにされるのですが、ほっとひと息つけた一瞬でもありました。こういう緩急自在な演出って好きだなあ

・下着姿で演技する場面もあった成河くん、町田さん、明星さんの筋肉が綺麗についたふくらはぎを見て、はー舞台にしっかと立つための脚なんだわーとうっとり。堪能

・「人間ってだけの理由で罰したいものなんだ、宗教ってのは」みたいな台詞、グサっときたなあ



2014年05月24日(土)
『錬金術師』『WAR & POLYRHYTHM REGION 2014 / NEW DCPRG SPRING CIRCUIT』

『錬金術師』@東京芸術劇場 シアターウエスト

ベン・ジョンソンと聞いてえっと思ったのは、一時期スズカツさんが言及することの多かったあの陸上選手のこと。その後山本耕史版『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』の翻訳を手掛けた北丸雄二さんが、新聞記者時代ソウル五輪で取材したことをどこかのテキストに書かれていたなあなんてことを思い出していた。

と言う訳で入り口からなんか間違ってる感じですが(笑)、不勉強故今回初めて知りました。陸上選手ではなく、シェイクスピアと同時代に活躍した劇作家・詩人であるベン・ジョンソンの作品だそうです。公演前からスズカツさんがテーマも教訓もな〜いとやたら主張してたのでそうでございますかと言うスタンスで観るつもりで行きました。いやはや楽しかった。

さて開演してみれば、「テーマも教訓もない茶番劇」です、とのご挨拶。徹底してる。そんなこんなで小賢しいことを言うと、この朴璐美さんによる前口上や台詞まわし、口上役の平野潤也さんを黒子的に扱い附け打ちも担当させたところは歌舞伎っぽいなあ、主人のいぬ間に従者がなんかやらかすって構成は狂言ぽいなあなんて思ったり。原作テキストは未読なので、どこからどこ迄がアダプトされたものか、稽古場によって生まれたものなのかは推測に過ぎません(前口上についてはパンフレットでスズカツさんが「原作にはない」と明言)。

茶番劇と称される本編はとにかく騒々しく愉快。絶叫調で音が割れ、聴き取れない台詞も沢山。これは流していいものなんだなと了解し、それでもやっぱり気になるので、販売されていた上演台本を読んで補足。まんまと術中にはまっております。舞台美術はジャクソン・ポロック調でシンメトリー、音楽はボサノヴァ。反復による笑い。そしてやはり組み込まれる雨の音。衣裳がアレクサンダー・マックィーンみたいで格好よかった!と言えば朴さんのボインは『DUMB SHOW ダム・ショー』での浅野温子さんと同じ仕組みかなーなんて思ったり(笑)。そういえばこれも人間てバカねえ、かわいいそうねえって話だったな。

終盤の橋爪さんの口上は、シェイクスピアの台詞にもありそうなものでした。エピローグの前だったんだけど、ここで拍手が起こる程。そして再び朴さんが、茶番にひたすら献身した役者たちを安らぎへと導いていく。まるで一夜の夢のよう、楽しいパーティは帰り道が暖かい寂しさなんだよね。

あー人間て愛しいなあ。おもろうてやがてかなしき…ではないな。悲しくはないよ。しみじみといい舞台でした。個人的には「神様バカ」と橋爪さんがハカ踊るとこがツボにスパーンと入って息吸えなくなるくらい笑った。吐きそうになってやばかった。

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さて『錬金術師』からの〜DCPRG。すずかつさんときくちさんのハシゴって今回で四回目くらいなんだけどなんでだ…なんで一緒の日にやるんだ。何?どっちもAB型だから?(関係ない)そして金田明夫さんは左利きなので、そこらへんも無理矢理結びつけてみよう(根拠どこ)。まあこじつけて何故このふたりが好きかと言うと「それでも人生にイエスと言う」ってとこかなー。自分でも言ってることが判らない。どちらも愛してやまないですよ。

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DCPRG『WAR & POLYRHYTHM REGION 2014 / NEW DCPRG SPRING CIRCUIT』@TSUTAYA O-EAST

「生まれたときからエースで四番」を欠いたDCPRG、今回はトラもいません(これは敢えてのことだと思われる)。ポリリズムのリテラシーをメンバー間で浸透させてから二度目のライヴ、新曲大量投入とのアナウンス。今後の展開は?と臨むつもりでしたが、不測の事態により若干心構えに加わる要素あり。そういうときはそういうときこそのものを聴かせるバンドです。ひとり欠いてる、それでこれだったんだから、エースで四番が帰還したらどうなるんだ?気の狂った指揮官と彼に率いられる傭兵部隊の未来に思いを馳せる。

大儀見さんの不在に加え大村さんが欧州ツアー中でリハ不参加と言う環境で新曲をドカンドカンとやるものだから、あちこちであれ?あれ?となってる様子が見えたのは面白かった。一曲目から混乱があったようで、本来類家くんだったらしいところで坪口さんがソロに入る。譜面を何度も見る類家くん、高井くんや研太さんに「今ここだよね、ここ俺のソロだよね…?」と確認しあっているが坪口さんはガンガン弾いてる。気付いた菊地さんが坪口さんの様子を見つつ類家くんへサイン、その後ソロへとキューを出す。あと曲中坪口さんが小田さんのところへテクテク歩いていって譜面を指し乍ら打ち合わせしてたりとか、珍しい光景がぼちぼちと。毎度のこと乍ら演奏が停まることはないし、軌道修正もそのなかでやっていく。

読み書きが浸透してから格段に化けたのは千住くん。今回の「Catch 22」はPerc不在と言うこともあり教順さんと千住くんのやりとりで起点や分岐点を作っていたんですが、複合リズムでガチッとやりとりしてる!全然違う!こういうやりとりって今迄は教順さんが作っていく様子を見乍ら千住くんが隙間を埋めていくって感じだったんだけど、今回は感覚を外した意識上で噛み合ってる。それに伴いアウトロのソロにもリズムのなまりが表出してた。ひぃーとなる。

ビバップと言うよりハードバップ要素が強くなった印象。スウィングなリズムもあり、ジャズの年譜を見ているような気分にもなる。DCPRGで?とも思うが、それらをDCPRGマナーでやっている、と言うところがミソで、スウィングがファンクだったりPerc不在なのにハードバップを連想すると言う混血っぷりです。坪口さんが弾いていたフレーズを小田さんが弾いたり、ツインヴォコーダー(!)になったり、と言った細かい仕様変更は数知れず。センターにある筈のPercがなく、コンダクターを中心に田中/千住、坪口/小田がシンメトリーのヴィジュアル、それと相反する音のアシンメトリー。音でロールシャッハテストを受けている気分。そしてもうひとりのセンターアリガス、恐怖の安定感。

菊地さんがあんな長く弾いたkeyソロも新機軸か(「ネルソン・マンデラ」)。それがまた「泣きたくなる様な安っぽい話し」にも匹敵するようなメロウなリフレイン。こういう形で甘いメランコリーが顔を出したかと困惑。泣きそうになる。指揮官の背中を見詰める。そしてCDJがなかった。新しいシーズンに入ったと判断したうえですが、前シーズンには言葉が溢れていた。アミリ・バラカのアジテーション、SIMI LABとの交流を重ねた日本語と英語の混血ライム。

今の編成で初めて演奏された「Hey Joe」の爆音は、『THIRD REPORT FROM IRON MOUNTAIN』じゃないのか。アナウンスされてたとは言えこのときのフロアの待ってましたっぷりすごかったですね。だってあれよ…これ演奏されたの、七年前DCPRGが一度終了したとき以来だよ。パートチェンジしてやったグダグダのやつ……。そりゃギャー!とか言うよ。

菊地さんがステップを踏む。踊る。そしてぽろっとあの表情を見せる。ああ、この顔好きなんだ。

アンコール、「当日迄どうなるか判らないし、怖くてずっと振り向けなかった。でも、」とフロアを見渡しててへへと言う笑顔。「本当はここに聖なる楽器があるんですが、」と大儀見さんのことを話す。「ピンチはチャンス」とぽつり。そして「カヴァーなんだけどこれも長いから、アンコールは一曲になっちゃうかなー。では『Talking Book』から一曲、」と始まった「Tuesday Heartbreak」。時間の都合でとは言っていたけれど、「Mirror Balls」は彼の帰還迄おあずけのようにも思う。琴線に触れるどころかかきならされました。帰り難くてフロアをうろうろする。

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セットリスト(公式にあがったので曲順訂正しました・5/29)

01. 新曲(ロナルド・レーガン)
02. circle/line
03. Playmate at Hanoi
04. 新曲(ゴンドワナ・エキスプレス)
05. 新曲(ネルソン・マンデラ)
06. Catch 22
07. 構造1
08. Hey joe
encore
09. Tuesday Heartbreak(Stevie Wonder's cover)

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(「Mirror Balls」は東京以外ではやったようで。ハハハ、過剰にセンチになっていたのはこっちだったか)

以下おまけ。

・ちょっとひっかかったことを書くとSMASH-jpnのこのツイートにはうるせえよと思ったわー。オーディエンスが目にするとこで書くことじゃない。舞台の千秋楽に「千秋楽だからっておふざけはなしですよ」って役者に言ってすげー怒られた演出助手の話を思い出すね!
・物販がなかったのはeweからSONYに移籍したから?

・今回いちばん笑ったのは菊地さんが『S 最後の警官』を観てたってことですね
・「類家くんがトランペット構えてこっちにらんでるとスナイパーの綾野剛が銃構えてこっち見てるみたい!」「もうねこれの綾野剛むちゃくちゃ怖いの!犯人を撃ち殺すためのスナイパーなんだけど(以下『S』の説明)撃ち殺そうと構えてると向井理が素手でガーッとその犯人に殴り掛かっていくので撃てないの!」
・ああ、あの口調、再現出来ない
・類家くんがパーマかけて綾野剛ぽいねなんてサさんと話してたんですが、もう腹がよじれた

・大村さんは欧州ツアー帰国したその足でライヴ参加。「痩せた?」と菊地さん
・バスツアーだったってことで「ああー、バスツアー大変だよね…俺らその手のツアーにはネタがいっぱいある」「統一前のドイツ、東独でのツアー。スケジュールもエグくて。めっちゃ舗装の悪い石畳をずーっとバスで移動して。ガックンガックン揺れて三半規管の弱いやつからゲーってなってく」「マスコットで同乗してたシェパードがゲーッて吐いた。ひとだと『いや〜もう具合悪い〜気持ち悪いです〜』とか言うけど犬は言わないじゃない、『いやもう菊地さぁんつらいです〜』なんて言う犬いたら気持ち悪いけど。で、直前迄何の予兆もなかったのにいきなりゲーッて」
・ああ、あの口調、再現出来ない(再)

・高井くんタンク重ね着でチャラ〜い!「身体に傷(銃痕)のない50cent、六歳」ソロふてぶてしい程のキレッキレ
・千住くん白シャツ素敵☆
・「Catch 22」の千住くんアウトロソロのとき研太さんが教順さんとポジション替えしてた。「こっちから見てみれば?」って感じだったんでしょか
・その研太さん、随分ロマンスグレーロン毛に……「研太こんなになって…歳下とは思えない」@菊地
・「どんどん70年代ロックスターみたいになっていく。ファッションも昔は地味にスマートだったのに…研太くんどこへ行くんだろう」@サさん
・小田さん裸足(追記:に見えたが映像観たら履いてるか)、アンコールで野獣先輩Tシャツ。ヤバい
・涼しい顔してブイブイ弾きます。女声ヴォーカルがDCPRGで聴けたのも楽しかったなあ
・「これを機にDCPRGは五年計画で全員女性になります」。ええ楽しみですね



2014年05月17日(土)
『ロンサム・ウェスト』

『ロンサム・ウェスト』@新国立劇場 小劇場

久々マクドナー作品、いやはやいやはや削られるブラックコメディ…コメディとして観ないとやってられんと思うくらいやるせないしむなしい。初期作品だけに純度が高いし、収集癖やどうぶつが引き金になる等マクドナーの定番モチーフもてらいなく出てきます。

荒廃した土地、その土壌が育てた粗野な人間たち、殺伐とした家族関係。と言ったものは第三者から見るとなんとも滑稽であり、干渉するだけ無駄なことを思い知らされる。アイルランドって言う土地のせいですから〜ってこの感じ、秋田ってこういう土地ですから〜な『シャケと軍手』を思い出して笑い乍らもドンヨリしました。彼らにとってはこれが日常で、他の土地の人間、他の社会に生きる家族を知らない。悲劇はナイーヴな神父がこの土地に派遣されたと言うことだ。

収まらない兄弟の争いに疲弊し酒に溺れていく神父の姿は、軽妙な演出により土地の住人からの視線になりがちだ。「そんな悩まんでも」「あんま気にすんなよ」と眺めているうち酒量は増え、そしてああいうことになる。この軽妙な演出、かなりのキーだったように思う。翻訳も演出の小川さんが手掛けていましたが、稽古場で役者の口調もだいぶ取り入れたのではと言う印象。「やんのかコラ、あぁん?」ってこの感じ、とても日本的でもあるし、ヤンキーの喧嘩上等的でもある。いつ迄も続く兄弟の諍いは、ときにはじゃれあっているようにすら見え、なんだかんだで上手くやってんじゃない?とも感じられてしまう。掌上で転がして楽しむように、箱庭のような家、その家でじゃれあう兄弟を眺める。

ところが終盤、掌の上のものが急にズシンと重くなる。神父の言葉を守って仲良しごっこを続けていた兄弟は、ゲームと称してお互いの非を告白し合う。すると段々弟の分が悪くなってくる。告白する悪事が尽きない兄に対し、弟はネタが切れていくのだ。次第に兄の嗜虐性、対する弟の優しさが露になっていく。いずれ兄は弟も手にかけるだろう、と想像したところで舞台は終わる。兄弟ふたりの行く末や、神父を慕う少女の未来を思う作業はあまりにもやるせない。しかしどこかで彼らを否定しきれない。全ては“土地”のせいに出来る、とどこかで思いたいからかも知れない。

堤さんアホの子やらせると輝くわー。思えば『TOPDOG/UNDERDOG』も兄弟の話で、堤さんはアホの子だった。ホントアホの子似合う。あまりにも屈託のない笑顔で、だんだん見てると怖くなる。瑛太くん暗い子やらせると影濃いわー。イキッてるけど実はとっても優しい子。そしてさびしがりや。兄を見捨てることも出来るのに、どうしてもしがみついてしまう。その本音をぽろっと零す場面がやるせない。終始めそめそ北村さん(これホント削られる役…神父にとってあの選択がどれだけ絶望的なことか)、はすっぱで上手く恋心を表現出来ない木下さんもよかったです。

はー、『ビューティ・クイーン・オブ・リナーン』また観たくなっちゃった。そしてリナーン三部作、あと『コネマラの骸骨』だけ観てない、観たい。円が全部やってるんだよね。



2014年05月15日(木)
菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール TOUR 2014『戦前と戦後』

菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール TOUR 2014『戦前と戦後』@EX THEATER ROPPONGI

菊地成孔(voc、mc、cond、ss、as、ts)、林正樹(pf)、鳥越啓介(b)、早川純(bdn)、堀米綾(hp)、田中倫明(perc)、大儀見元(perc)のセプテットが現在のメンバー。今回大儀見さんのトラに山北健一。
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梶谷裕子(1st vn)、高橋暁(2nd vn)、三木章子(va)、森田香織(vc)のストリングスカルテットはサポートメンバー。梶谷さんは一昨年『具象の時代』に参加していた方ですね。
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ゲストにOMSB、DyyPRIDE(rap)、林正子(sop)、I.C.I(rap、voc)、塚越慎子(mar)、エマ・デュペロン(voc、narration)のトラでマイカ・ルブテ。曲毎に呼び込み、紹介MC。
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あとアナウンスはなかったけど、米田直之さんはライヴでもマニピュレーターとして参加されてるのかな?この日のエフェクト部分をどなたが手掛けていたかは不明。

と言う訳で、第三期PTAってことになるかな(追記:ん?四期か?二期後、2009年の『New York Hell Sonic Ballet』前後大化けしたところを三期とするかどうか…)。リリースパーティと言うことで『戦前と戦後』を再現、てなふりしてこの夜しか聴けないライヴ、てところは菊地さんのライヴではいつものことです。いやそもそもライヴとはそういうものではないか。公言されている通り、おなおしバリバリよ!な『戦前と戦後』をライヴでやるなら注視どころは菊地さんのヴォーカルってことになるのですが、その揺らぎはオルケスタの演奏も同様です。そこに心を掴まれる。実際アレンジは変わっているしインプロ部分も多いし、特にそれぞれのソロパートはプレイヤーや楽器のコンディションによっても変わる。

『戦前と戦後』−一曲(「エロス+虐殺」)+『戦前と戦後』以外から一曲(「私が土の下に横たわる時」)。曲順もほぼ一緒。林正子さんゲストのパートは続けてやったので、「カラヴァッジョ」のあとに「私が土の下に横たわる時」〜「ヴードゥー/フルーツ&シャークス」となりました。それと「たゞひとゝき」の前に「4分33秒」のカヴァーがあった(これはノーカウントで・笑)。

普段はほぼMCを挟まず本編を走りますが、今回は楽曲毎にゲストを招き入れるためその都度お話が入る『成孔の部屋』構成。こういう客人をもてなすときの菊地さんの慇懃ジェントルぶりは見ていて気持ちのいい面と、いやこのひと同じ温度でむちゃくちゃ言い出すからマジ怖いってヒヤヒヤな面がある。特に女性に対してはね(微笑)。ハンラハンのリリック日本語訳ナレーションと、その前口上は色っぽくてよかったですねえ。と言いつつ「これがホントのビッチェズブリュー」なんてオヤジギャグにもにっこりですよ!

どの楽曲もよかったが、「カラヴァッジョ」、「ヴードゥー/フルーツ&シャークス」(「行列」的な興奮!)、「スーパー・リッチ・キッズ」のリズムが鳥肌モノでした。林正樹さんと鳥越さん、鳥越さんと田中さん、山北さんのやりとりがめちゃめちゃスリリング。リズムとライム、リズムとヴォーカルの噛み具合、その訛り。促音と破裂音、字余りが前に行くか後ろに行くか。

スピーカーに近い席だったんですが、序盤は無音部分でノイズ(サンドストームみたいなシャーっての)がやたら聴こえて戸惑った。途中からは聴こえなくなってホッとした。ハープやチェロが刻むリズムがハッキリ聴こえたのにはおおっとなった。あとベースの音量と音圧がかなりキました。ベースが起点になり他のパートを牽引する場面も多いので、音の輪郭がクッキリ聴こえたのはよかったなー。まああとヘンな話ですが、ここんとこPTAは前方中央の席になることが多く、菊地さんのほぼ真正面にいる鳥越さんが全く見えないことが続いてたんですね。どーしても見たい場合、身体を椅子に沈ませて菊地さんの股越しに見るしかなかった(笑)。今回上手寄りだったので、普通の姿勢でちゃんと鳥越さんが見えるって嬉しさが……(笑)。

終始笑顔が多いステージ上だった。皆よく笑う。笑顔を交わし乍らお互いの間合いを取る。MCの無茶振りに笑う。本編最後「たゞひとゝき」の前、不測の事態に関して菊地さんがぽろっと言ったこと。その後照れ隠しのように歌詞カードを忘れたと舞台袖へ引っ込んだこと。早川さんのインプロ導入、フィンガースナップでリズムをとり始める林正樹さん。フロアから自然に起こる手拍子。その後眼前に拡がったのは、夢のような光景だった。

菊地さんは歌詞カードを持たず、ゲストをひきつれて現れた。フィンガースナップを鳴らす彼らのパレードとダンス。この夜ここで見たものは、ベジャールの『M』終幕、「J'attendrai(待ちましょう)」の風景のようだった。何を待っているのか。四番打者の帰還でもいいし、いつかまた会いたいひとでもいい。もう二度と会えないひとでもいい。

I.C.Iへの「バイバーイ」のトーン。明日会えるひとにも二度と会えないひとにもあのトーンでバイバイって言えたらいい。あとになって「ああ、あれが最後だったんだなあ」と思う。「喋らない設定」のI.C.Iが思わず帰り際「バイバイ」と応えてしまった(これもライヴならではだ)、あの「バイバーイ」。あの世のことは知らないし、あの世の風景を見たこともない。それでもあんな風景があるなら、そこで先に行っていたひとに会えるなら。こんな素敵なことはない。「共にいきましょう」は「行きましょう」でも「生きましょう」でもあるのだろう。この夜目の前で起こった出来事を死ぬ前に思い出せたらいいな、と言う気持ちになる。歌が招いた夜会だ。

歌のコンサートのつもりで来たので、アルバムコンセプト押しで通すかな、このまま終わってもいいな、と思った。するとアンコール、「このまま終わるのか?とお思いの方もいらっしゃるでしょうから」「アルト持ってるからもうお判りでしょうが…」と「Killing Time」を演奏。これ、ストリングスパートのポテンシャルを示すバロメータにもなる楽曲なので正直わわっとなりました。アレンジも変わっていて、弦に早川さんが併走してリズムを増強していた。ストレンジ感が加味されている。編成やアレンジを変えてコンスタントに演奏される、楽曲のクロニクルを目撃する思い。今後が楽しみになる。

それにしてもEXシアターのあのギラギラっぷりは入るときなんか恥ずかしいわー。田舎者ってバレる!て挙動不審になる。



2014年05月11日(日)
『地球を守れ!』

『地球を守れ!』(DVD)

2003年作品。原題は『지구를 지켜라!(地球を守れ!)』、英題は『Save the Green Planet!』。『浮気な家族』を観てしょんぼりしたので、気分を変えて楽しそうなのを観よう…と選んだのがこれ。『甘い人生』のファン・ジョンミョン出演とパッケージに書いてあって、これフィルモグラフィになかったよな…『浮気な家族』と同じ頃だけどカメオ出演でもしてるのかな?そして「ジョンミョン」?「ジョンミン」じゃなくて?と訝りつつ観てみたら、出ていたのは女優さんのファン・ジョンミンだった。『甘い人生』に女優さんの方も出てれば嘘じゃないんだけど、出てないっぽいんだよね…調べた限りだけど。そして特典映像での字幕は「ジョンミン」だった。微妙だわ!微妙だわ!

しかもね全然楽しい内容じゃなかった…パッケージ写真は楽しそうだったのに……とっても悲しい話だった……。あのねえ両方観てるひとにしか通じない話をすると、『ノストラダムス滅亡録 〜遺伝子の新世紀〜』を思い出しましたね!水橋くんが土を食べるやつですよ!内容はかなりトンデモなんだけど、役者さんの迫真の演技と切迫感溢れる演出で、いやこれあるかもだで…とつい引き込まれ、ツッコむ気が失せる。

地球が危機に晒されている!人間に姿を変えて地球に潜伏しているエイリアンがいる!そいつを捕えて秘密を暴き、地球を守らなければ!お手製の道具を駆使してとある要人を拉致し、拷問を続ける主人公とその恋人。事件を追う警察。徐々に主人公と要人の関係が明らかになっていくのだが……。

つくりとしては『星から来た男』の兄弟みたいでもあった。こどもの頃に受けた傷、失われた家族、狂気と正気の挟間にある真実。主人公の言動を信じていいのか?事実はどちらだ?それでは真実は?この揺さぶりの激しいこと激しいこと。ああ、主人公の悲しい妄想だったんだなと思わせられるような秘密が明かされたかと思うと、要人の的確な謎解きにあれれ、ひょっとして……?と迷いが生じる。果たして辿り着いたのは?主人公を演じるシン・ハギュンの瞳が印象的。殺人鬼の澱んだ瞳、愛する者を失った悲しみの瞳。薬物の力を借りて自分を奮い立たせ、妄想のなかで溌剌と敵を倒す。その弾けるような笑顔!沢山の魅力的な顔を見せてくれました。

要人役ペク・ユンシク、ひとり芝居のシーンは文字通り独壇場。マネキン用のワンピースを着てのアクション、笑えませんもん…もはや格好いいよ……。そして女優さんのファン・ジョンミンは主人公への愛を貫く心優しき曲芸嬢。タイツにバレエシューズの脚がクローズアップされるシーンが幻想的でもありました。はぐれ刑事と彼を慕うイケメン刑事のコンビもよかったな。

SFX、アクション、心理戦と見どころも盛り沢山。バラエティに富んだ作品でした。チャン・ジュナン監督、今月日本公開された話題の『ファイ 悪魔に育てられた少年』を撮った方でした。

いやはやしみじみした。兄さんは出てなかったけど、珍しいタイプの作品で面白く(悲しかったが)観られたしいいか…いつ出て来るんだ、端役だったらと見逃しちゃうかもと気が休まらなかったが。おーもりくんが十秒程出ている『瀬戸内ムーンライト・セレナーデ』を必死で観たことを思い出した(笑)。

おまけ:こっちでもピンポーン♪をディンドンダーン♪て言ってた。成程ー(『ダンシング・クィーン』参照)



2014年05月10日(土)
『浮気な家族』

『浮気な家族』(DVD)

ファン・ジョンミン出演作。原題は『바람난 가족(浮気家族)』、英題は『A Good Lawyer's Wife』。2003年の作品(日本公開は2004年)。観終わったあと「邦題からしてコメディぽい話だと思ってたー、むっちゃしょんぼりする話だったー。原題を直訳した方が話の芯は伝わりそうだな」と思い、DVDに収録されていた本国版と日本版の予告編を観たんです。そしたら予告編だと本国版のがコメディタッチで、日本版の方が原題に近いニュアンスでした。ややこしい。

確かに姑の恋にまつわるシーンはコメディ的な演出で、長い人生こういう展開があるって楽しいかもねなんて思うんですが、その前後の舅のあれこれや姑が退場してからの展開はかなりへヴィー。そこらへんの振れ幅がかなり微妙です。その割り切れない感じに戸惑い、同時に興味深く観ました。しかもなんてえの、いきいきと飛び立つ女性たちと、その場でぐるぐる留まる男性たちの対比が結構…なんか、おとこのひとって……て思えてしまうと言う(苦笑)。

夫の浮気性はもはや依存症の域。愛人との間に出来たこどもを堕胎させ、その浮気が要因となり養子が殺され、妻は別の男のこどもを宿す。浮気同様酒にも依存度が高く、本人が苦々しく思っているであろう父親と同じ道を辿る気配が濃い。妊娠が発覚した妻に彼は「スイン(養子)を自分の実の子じゃないなんて思ったことは一度もない、俺は精一杯がんばる」と言う。父親が誰であろうと自分の子として迎えたいと言う思いは、家族を失いたくないと言うだけでなく、跡継ぎがいないからこその焦燥にも映る。父系の歴史にまつわるエピソードは彼の未来を暗示するかのようだ。父親はそんな自分に満足と言うか納得して死んでいくが、夫が一生を終えるときその境地に立てるだろうか。

妻は舅の介護をし、旅立つ姑を笑顔で見送る。原題のとおり「よき弁護士の妻」。スインを失った彼女は家を出て行くが、それは姑と同じ道を選んだと言ってもいい。事件は直接の引き金になったが、どちらにしろ時間の問題だったと思われる。夫も妻も息子を愛しており、その喪失を気も狂わんばかりに悲しむ姿に嘘はない。息子への愛情と自分たちの欲求は別もので、それは人間の自然な姿でもある。それでもこどもは庇護なしには生きられず、親を選ぶことも出来ない。

……そーなのよ、こーゆー親のあれやこれやのとばっちりをこどもが喰らう話ホンッッットにつらいのでもうへこんだ……。またこの子がすっごいいい子なんだ!養子ってことが原因でいじめられてて、おかーさんに「自分が養子だってこと内緒にしておいてくれればよかったのに」って言ったりしてるのに、いじめっ子には「おかーさんはお腹を痛めて子供を産むけどウチのおかーさんは胸を痛めて僕を子供にしたんだ」なんて言うのよー!こんないい子がデキた子がなんであんな目に遭わなきゃなんないのよー!ギャー!!!(泣)

半島同様家族が南北で分断されていること、家族における「息子」の存在の重要性にお国柄を感じました。クリスチャンが多い国なのに中絶が珍しくないっぽいところも独特かな。韓国映画まだまだ初心者なので、こういうのは知れば知る程…ってところもありそうです。

ジョンミン兄さんはダメ夫でした。弁護士役を観るのは二回目。『ダンシング・クィーン』ではいいひと弁護士でファッションももっさい感じだったけど、今回は世渡り上手でスーツもパリッと着こなす弁護士。事件後どうなったかしらねえ……。しかしこどもといる兄さんはホントかわいかった、このこども好きめが。そうそう、ピアノを弾く姿が観られます。スインに向かってぎこちなーく微笑み乍ら。こどもに対して不器用そうなおとーさんって感じでここは和んだ。そしてこの作品R18だったんですが、出演者の誰よりも脱ぎっぷりがよかった。まああれだ、相手の女優さんの人数分濡れ場がありますから単純計算しても三倍は脱いでる訳です(笑)。しかも女優さんのヌードは陰影付けて撮ってたりするのに兄さん地明かりに裸体晒しまくりですよ。絡みも男性の背中側から撮られているものが多くて、兄さんのおしりばかり映る…有難みを感じなくなるくらいずーっと映る…何のサービスか。エロは見せない塩梅がだいじだと思い知りました。



2014年05月03日(土)
『わたしを離さないで』

『わたしを離さないで』@彩の国さいたま芸術劇場 大ホール

原作、映画、舞台の順で観ています。蜷川さんとの相性はいいだろうなーと思っていました。『タンゴ・冬の終わりに』『聖地』の幕開けにヤラれた憶えのあるひとは、今回のオープニング、エンディングはかなりクると思います。神の使いと言えばいいだろうか、かつてそこにあった人間たちの営みを上空から眺めることの出来る存在が、膨大な時間のあとにやってくる。そこには既に誰もいないが、彼らが存在した記憶は確実にそこに残っている。命の名残を見やり、神の使いはその場を離れていく。そして二度と戻らない。

若者たちの追憶の光景、死に魅入られた光景。世界が終わりを眺める光景。これを描かせたら、蜷川さんの右に出る者はそうそういない。さい芸の奥行きある舞台機構が活きています。ホームで使っている強み。

倉持裕さんによる上演台本は、原作から、二度と戻ることの出来ない時間の残酷さを丁寧に抽出しています。舞台を日本に移していますが(ヘールシャムが太平洋側、宝岬が日本海側と言うのは実感がわきやすい)、閉鎖的な世界で命を全うする若者の姿は変わりません。若者たちがちいさな世界から外を眺め、やがては全てを受け入れていくさまを淡々と、しかし緻密に描いていく。直接的な言葉も特徴で、原作ではミステリ的にぼかされていた何を「提供」するのかが早くも一幕で具体的に語られます。その言葉を受けたこどもたち――八尋と鈴の反応に胸を締め付けられる。ヘールシャムの生徒たちは使命感すら持ってその事実を受け入れていますが、そこに痛切さはなく、ただただ淡々としている。運命とはこういうことなのかと、途方もない悲しさと虚しさが襲ってくる。三幕、3時間45分の上演時間で、彼らが生き抜く時間をともに歩む。彼らをだいじに丁寧に見守り、どうすることも出来ない悔しさをも抱えて時間は過ぎる。

その淡々とした対話が“保つ”。主演の三人の力量はかなりのもので、耳を傾けずにはいられず、その言葉ひとつひとつを聞き逃したくないと思う。瑞々しさと凛々しさと、それでも吹けば消えてしまいそうな儚さが絶妙なバランス。愛情と友情、ともに同じ運命を抱える同志とも言える共感。「私たちには時間がない」と言い乍ら、取り返しのつかないことを繰り返してしまう。そのヒリヒリするような危うさは、時には美しくすら映る。もとむと八尋がカセットテープを探しに行こうと相談する堤防のシーンも出色。ラストシーンにも登場する八尋が最期に思い出す光景でもある。舞台にはふたりきり、装置は堤防とそこにぶつかる水しぶきだけ。これがやはり“保つ”。

多部未華子さんは残酷な世界を真正面から受け止める強い輝きを放ち続け、木村文乃さんはキツい役柄をブレずに演じきっている。三浦涼介さんが演じるもとむと言う人物はかなり難しい役どころだと思うが、その不安定な要素の肝所を押さえていて、自然と心が寄ることが出来た。感情の起伏が激しく先生もクラスメイトも手を焼く問題児だが、決して荒くれ者ではない。つかみどころがない彼が終盤爆発するシーンで、そのぼやけていた人物がしっかりと像を結ぶ。あとちょっとしたことだけど、三浦さんのヘアメイクもかなり効果的だったように思います。公演前の宣美で見られたものと違い、眉が隠れた前髪。眉が見えないことで、感情の動きが見えにくい。次どう出るか判らない不安定さを表現するのに非常に役立っていた印象を持ちました。

この2014年に上演されたことで新しく感じたこともあった。臓器提供を受けずとも、他の方法で人体を維持、再生する可能性が新しく発見されている時代だからこそヘールシャムは閉鎖された、と言う選択肢がより現実的になった。人道的な問題から反対が起こる、と言うだけでなく、そういう「提供者」すら必要としなくなる時代が来る。冬子先生のように、使命に燃える者ならではの一種の狂気すら無効になる。果たしてその向こうにあるものは何か。「新しい世界がやって来る中、古い世界を必死に抱えている少女」、少年たちはどこへ辿り着くのか。作品で愛を証明するなんて夢のような噂を信じるしかなかった彼らのことを思うと苦しくなる。

序盤に登場した「提供者」内田健司さん、農場の先輩カップルを演じた堀源起さんと浅野望さんは、静かに確実な印象を残しました。て言うかネクストの皆すごくよかった(涙)ニナカンにはもはやなくてはならない集団。彼らネクストの面々をはじめとする若手、それを見守る大人たちの親密さをひしと感じる舞台。息を呑んで彼らを見守るような、集中力の高い観客席にいられたことも幸運でした。あの静けさ、奇跡的なコンディション。半ば呆然として劇場を出ました。