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しもさんの「気になる一言」
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2018年06月30日(土)
ポーランドの国旗も「紅白」だった

以前、日の丸と同じ「白地に赤く」の国旗である
「カナダ」と言う国は、なぜか他国より親しみがある、
そんなことを書いた記憶があるが、なんと
サッカー・ワールドカップのグループ最終戦の相手、
ポーランドの国旗も「紅白」だった。(汗)
(「赤」の色の濃さが、ちょっと違うけれど・・)
だからと言うわけではないが、大事な試合にも関わらず
コロンビア、セネガル戦より、力が入らなかった。(笑)
さて、あの「事件」ともいえるような「戦略」は、
どうしても「日本」にスポットが当たってしまうが、
対戦相手「ポーランド」の「戦略」でもあったはず。
決勝トーナメントに進めず、予選敗退にもかかわらず、
「勝点3」(W杯での「1勝」)で満足したチームは、
母国でどんな受け入れ方をされるのか、とても気になる。
私が思うに、サッカー・ワールドカップは、選手にとって、
全世界に自分をアピールする場でもあるなのだから、
出場する機会のなかった選手にそのチャンスを与える、
と言う意味で、先発メンバーの全員を変えるといった
選択肢はなかったのだろうか?
どうせ、予選敗退なのだから、思いきり暴れてこい!
みたいなことは、許されない「戦略」なのだろうか?
たぶん、この辺りの感じ方や考え方が、
私がサッカーを理解していない証拠なんだろうなぁ。



2018年06月29日(金)
彼らは「サムライ」ではなかった、と言うだけ

今、サッカー・ワールドカップ(ロシア大会)の「日本VSポーランド」、
この両チームの試合運び(戦略)に対して日本全体が大きく揺れている。
私は、サッカーのことはよくわからないので、
その選択が、正しかったのか、間違っていたのか、実は、よくわからない。
「本位ではないが、戦略としては仕方がない」
試合後、西野監督が私たちに残したコメントであるが、
「他力本願」が「戦略」と言えるかどうかの疑問は残ったままだ。
全国の人たちの、賛否両論渦巻く中、私も久し振りに心が揺れたので、
反論覚悟で、書き記しておこうと思う。
一言で云えば「彼らは『サムライ』ではなかった、と言うだけ」
多くの日本人の不満は「試合結果ではなく、戦い方」であり、
「負けるが勝ち」「逃げるが勝ち」という考え方が、気に入らない。
今まで「サムライブルー」と呼ばれる彼らを、応援してきたからこそ、
「サムライ」らしくない戦い方が受け入れられないのかもしれない。
「サムライブルー」は、平成21年(2009)に日本サッカー協会(JFA)が
発表したサッカー日本代表チームの愛称なのだから、
帰国後、この愛称が、あの戦い方で相応しいのか、考えて欲しい。
あのブーイングの中で堪え忍んだ精神力の強さは、サムライなのかもなぁ。

P.S. ポーランド国民の反応も気になるところであるが・・



2018年06月28日(木)
へぇ〜、そんなのやってるんだ

最近、土日の会議、イベントが多く、代休が貯まっていた。
そこで、現実は忙しいけれど、体を休めるために休暇をとる、
しばらく、このパターンが続きそうだ。
折角の休み、何をしようかな?と前日の夜から考えていたら、
「THE Mt. FUJI-ATAMI FILM & VR FESTIVAL」
(熱海国際映画祭 2018.6.28〜7.1)が目に止まった。
翌日、久しぶりにのんびり起きて、まったりした時間を過ごし、
国際映画祭の雰囲気でも味わおうかな、と午後、熱海に足を運んだ。
駅前は、いつものように観光客で賑わっていたが、
「国際映画祭」というのぼり旗やポスター、特設のテントなどは、
それなりに設置されていたけれど、私のイメージとは違った。
「国際映画祭」と銘打っているのだから、もっともっと
街を挙げてのイベントなのかと思っていたら、程遠かった。
坂道だけど、ブラブラ歩くのが楽しい「平和通り商店街」の
あるお店に入り「どこから来たの?」と訊かれたので、
「近くだけど、国際映画祭が始まったので・・」と答えたら、
「へぇ〜、そんなのやってるんだ」という答えで、ずっこけた。
成功の秘訣は、映画好きのクチコミと、街を挙げての雰囲気、
それに、また来年も来たい、というワクワク感。
ちょっと辛口な感想だけど、明日からの3日間に期待したい。



2018年06月27日(水)
ビアンカは、宣教師なんだ

映画「ラースと、その彼女」(クレイグ・ギレスピー監督)から。
観ていない読者に、ストーリーにあまり触れずに、
このフレーズを説明することがこんなに難しいなんて・・。(汗)
極端にシャイな主人公・ラースが、
ネットで購入した等身大の人形・ビアンカに恋をする。
彼が等身大の人形・ビアンカと話をしたかと思うと、
家族に紹介するようにこう言う。「ビアンカは、宣教師なんだ」
そして「聞いただろ? 人を救うのが彼女の使命だって」と。
失礼ながら、その場面、声を出して笑ってしまった。
もちろん彼の妄想なのだが、(「妄想性障害」らしい)
彼を愛する周りの人に支えられながら、物語はどんどん進んでいく。
ラストシーン、人形の彼女が死んで(?)、町中のみんなで埋葬する時、
牧師が「彼女は、宣教師でした」とスピーチをする。
「我々の気持ち(勇気)を試すかのような存在でした」と続けた。
ラースを傷つけないために、ビアンカを本当の女性のように接した人々、
その「思いやりの心」「温かい心」を思い出させてくれたのは、
タイトルが示す通り「ラースと、その彼女」だったに違いない。
人を救うのが彼女の使命・・宣教師・・なるほどなぁ、と後から思う。
周りの人の温かさに、くすっと笑いながらも、
その後にじ〜んとさせられ、何度も何度も涙がこぼれた映画となった。
是非、多くの人に観て欲しい作品である。



2018年06月26日(火)
前日の夜、翌日の行動を鮮明にイメージする

最近、朝から晩まで会議の連続で、ゆっくり出来ない。
例年以上に、私のスケジュール手帳が真っ黒なのに、
意外と、一つずつをこなしている感覚があるのも事実だ。
今までなら、もっとアップアッブしていたのに・・と
最近の生活行動を振り返ってみたら、ひとつ変えたことがあった。
寝る前に、自分の手帳を開き、翌日の行動をイメージすること。
ただ、それだけであるが、当日とてもスムーズに時間が流れていく。
時には、その会議で発言している自分や、反論している自分の
イメージが鮮明に浮かぶこともあり、可笑しくなる。
あとは当日、脳の指令にまかせて、体が動いているだけ、
そんな体験を味わっている、と言ったらいいだろうか。
忙し過ぎると、考えることも面倒くさくなるが、
今回は、毎日があっという間に過ぎていくのがわかる。
定年を控えて、ゆっくりとした一年・・は許してくれそうもない。
まぁ、私にお似合いの最後の一年になりそうだな。



2018年06月25日(月)
ファール(反則)のシーン、見たくない

日曜日の深夜、明日から1週間が辛いだろうなぁ、と思いつつ、
眠たい目を擦りながら観続けた、サッカーのワールドカップ。
野球好きの私でさえ、日本戦に限らず、テレビ観戦とはいえ、
多くの試合を観戦している。
しかし、気になるのは、サッカーならではのリプレイシーン。
ゴールシーンを始め、オフサイド、ファール(反則)など、
審判のホイッスルが鳴ると、瞬く間に、その反則を映し出す。
驚くのは、お互いの選手が、相手の手首を掴んだり、
ユニフォームをひっぱったり、足を引っ掛けたり、と、
えっ、超一流の選手と呼ばれる人達は、審判の見えない所で
こんなことをしているのか・・と感じるシーンを、
子供たちが、何度となく見ることになっているということ。
そして、一流になるには、こういうことも必要だ、と
勘違いしてしまうことが一番怖いな、と思う。
素晴らしいゴールシーンよりも、反則シーンが多いのは、
審判のジャッジを正当化するために必要なんだろうなぁ。
それでも・・う〜ん、ちょっと残念な気がする。



2018年06月24日(日)
他人の駄作を観ながら、飲むビールが一番美味い

映画「僕らのミライへ逆回転」(ミシェル・ゴンドリー監督)を観た。
ビデオ屋の留守を頼まれた若者が、あるハプニングで、
店内のビデオのほとんどが、電磁波で消えてしまったことを契機に
仕方なく、自分たちで「名作をリメイクする」ことにした。
ただそれだけのことだけど、そのドタバタが面白い。
最近、巷では、市民参加のまちづくりとして、
「映画製作」が話題に上るが、基本はこれかもなぁ、と感じた。
映画って、観るのも楽しいけれど、やはり作る方が楽しい。
プロではないから、当然完成度も高くないけれど、
やはり、自分で脚本・ストーリーを考えて、撮影する。
それも、自分の知人・友人を総動員して・・。(汗)
そして、最後に試写会(上映会)を開催し、みんなで大騒ぎ。
それこそ、私が目指す「映画を題材にしたまちづくり」である。
せっかく作るのだから、と完成度が評価されるけれど、
そんなことは、二の次。まずは、制作してみることから。
今の時代、スマホでもタブレットでも、制作可能だし、
まずは、関わったいる人たちが、楽しい活動がいい。
駄作を観ながら、大笑いするのがいい。
いやいや、他人の駄作を観ながら、飲むビールが一番美味い。



2018年06月23日(土)
生きていて良かったぁ〜って感じです

この季節、週末の楽しみは、第2、第4土曜日のボランティア。
そう、柿田川の外来種駆除。
最近、中学生〜高校生の学生達が、やや大きめの胴長靴を身につけ、
「柿田川」の中に入り、豊かな感性を思いっきりオープンにし、
各々の感じ方で、その魅力に触れていた。
「初めて、柿田川に入った感想は?」と訊ねたら、
「気持ちいいですね」と言うので「どんな感じ?」と訊き直すと、
「生きていて良かったぁ〜って感じです」とサラッと答えてくれた。
「陸上で見るのと川の中に入るのは、こんなに違うのかと思った」
「うそでしょ?って感じですかね」など、それぞれで楽しかった。
特に、沼津高専の生徒たちには、柿田川に興味津々。
自分たちの持ってる技術を、なんとか柿田川で活用できないか?と
駆除作業しながらも、常に考えているようだったので、
「ねぇ、空中ドローンではなく、水中ドローンって作れない?」と
半分ふざけながら訊いたら、なんと「できるかも・・」。
いや、ほとんど出来ていて、試す場所が見つかったって感じ。
柿田川の水中を、水中ドローンで映す「ロボットコンテスト」
う〜ん、楽しみがひとつ増えたなぁ。



2018年06月22日(金)
足が白い沢蟹は初めてみます

毎日、大好きな「柿田川」の様子を、Facebookに投稿し、
四季折々、表情を変える、この川の景色を伝えている。
先日、梅雨入りをした日、しとしと雨が降り続き、
今日あたり、サワガニが大量発生するな、と思っていたら
案の定、足の踏み場もないほど、発見できた。
私は何気なく、サワガニの様子を写真と動画に撮り、
アップしたら、予想外の反応があった。
「足が白い沢蟹は初めてみます」
実は、そのコメントをみて、逆に私が驚いてしまった。
柿田川で観る沢蟹は、ほとんど「白色」。
逆に、褐色の方が珍しいくらいなので・・。
生息地に偏りがあるようだけど、原因がわからない。
なぜ柿田川では、両方観ることが出来るのか、
絶好の研究テーマをいただいた気になった。
毎日観ていると、何も不思議に感じなかった「白い沢蟹」、
全国では珍しいんだって、へぇ〜。(汗)



2018年06月21日(木)
彼女の殺意をあなたが忖度した

映画「三度目の殺人」(是枝裕和監督)から。
なかなか難しい作品だったので、モヤモヤ感は残ったが、
キーワードは「忖度(そんたく)」かな、と感じている。
忖度とは「他人の心情を推し量ること、
また、推し量って相手に配慮することである。
「忖」「度」いずれの文字も「はかる」の意味を含むようだ。
「流行語」として話題になったが、本来は悪い意味ではない。
しかし今回は、いくつかの場面で「忖度」が見え隠れする。
裁判官が導きたい方向性を、検察官・弁護士が忖度する、
食品偽装を、自分たちの生活の為に口封じ、それも忖度。
そして、最期まで分からずじまいの殺人動機も、
仮説であるが「彼女の殺意をあなたが忖度した」と言い切る。
もっと複雑なテーマがあるのかも知れないが、
鑑賞中にメモしたフレーズを眺めると「忖度」と言う単語が、
妙に引っ掛かったから。
「本人の意志とは関係ないところで、人は生まれてきたり
理不尽に、生命を奪われたりしてるってこと」の台詞も
意外と記憶に残っているのでテーマは「理不尽」かもなぁ。



2018年06月20日(水)
シェアするということは「報告」から「広報」に変わる

昨年度、仕事の関係で受講させていただいた
「わくわくビジネス塾(スタートアツプセミナー)」の第6回、
講師「小嶋裕亮」氏。テーマは
「『地域密着』から脱するためのコミュニケーションデザイン」
何か月前に、このフレーズを教わったときは、
なるほど・・上手い表現だな、と感心したが、
正直なところ、実感するところまではいかなかった。
しかし先日、facebookページ「柿田川evol」へのコメント
「謝謝分享」が「教えてくれてありがとう」と訳された時、
「シェアするということは『報告』から『広報』に変わる」を
実感することが出来た。
気軽に「いいね!」を押す感覚とはちょっと違い、
この情報を、自ら広報役として誰かに教えたい、伝えたい、
そんな意思が存在することを知った。
だからこそ「シェアする」ということは、
知らなかった、ではすまされない「責任」が生ずるとも言える。
「シェアする」って、なかなか奥が深いなぁ。



2018年06月19日(火)
謝謝分享

Facebookページ「柿田川evol」のフォロワーから
水中のミシマバイカモ写真・動画にコメントがあった。
「謝謝分享」たぶん「中国語」 (繁体字、台湾)らしい。
「翻訳を見る」をポチッと押すと「シェアしてくれてありがとう」。
ちょっと感覚が違うかな?と、ネットで調べてみたら、
「教えてくれてありがとう」の訳を見つけた。
そうか・・「こんなステキな景色を教えてくれてありがとう」
そんな意味なのか、と嬉しくなった。
このサイトの目的が「柿田川の魅力のお裾分け」だから、
まさしくピッタリのコメントだった。
「シェア」の意味って「分ける」だと思っていたけど、
「誰かに教える」という意味もあることを知った。
「いいね!」「コメントする」「シェアする」
たった3つのポタンだけど、もしかしたら、
自分の感じているイメージと違うのかも知れないな、と思う。
「いいね!」の中にも「「いいね!」「超いいね!」「うけるね」
「すごいね」「悲しいね」「ひどいね」と分かれているのは、
「いいね!」だけでは、伝えきれないんだろうなぁ、きっと。



2018年06月18日(月)
古い家は、一度傷つくと弱いですから

昨日からの痛の痛みが残っていたため、休暇をいただいた。
(体調不良で休むのは何年振りだろうか(汗))
そんな落ちつかない朝、大阪で震度6弱の地震が発生。
その後、起き上がったり横になったり、布団に入りながら、
ずっと被害状況をテレビで見ていた1日だった。
いろいろな専門家が、多方面から解説していたが、
いちばん気になっていたのは、今後のこと。
梅雨前線の緩んだ地盤や、一度、大きな揺れを経験した家屋、
もし同じような地震か起きたら耐えられるだろうか、だった。
そんな時、ある解説者がこう言った。
「古い家は、一度傷つくと弱いですから」
それは、腰痛で寝込んでいる私にとって、グサリと刺さった。
若い頃なら、腰痛は動きながら治していたものを、
今回は、なかなか治りが悪いのを実感している。
楽になったり、急に痛くなったり、を何度も繰り返している。
久しぶりに弱気になっている自分に驚きながらも、
60歳のテーマ「力を抜く」が出来ていない自分に苦笑い。
こんな時にも日記を書いてしまう私、
う〜ん、誰も褒めてくれないのに・・(汗)



2018年06月17日(日)
ギックリ腰の治し方は、自分で判断し選択

昨晩、何年か振りに、ひどい腰痛に見舞われた。(汗)
お昼くらいから、腰が重たいなぁ・・とは感じていたけど、
まさか、夜には寝返りも痛いくらいになるとは・・。
そこで横になりながら、私がした事は、インターネットで
「ギックリ腰の治し方」で検索することだった。
お医者さんからマッサージ師、素人の日記まで、
出てくる、出てくる、約137,000件。(yahoo!) (笑)
You-tubeでは、動画で解説までしてくれている。
便利な世の中になったなぁ、と思っていたら、
あれっ?、と思うような記事が溢れて困ってしまった。
「安静にしてください」と「動いた方が治ります」
「まずは冷せ」と「まずは暖めろ」など、
真逆の治療法が、自分の主張がいかに正しいかを論じ、
これでもか、と所狭しと並んでいたから。
結局は「ケース・バイ・ケース」なんだろうけれど、
本当に必要な情報、例えば、正しい情報は、
自分で判断し選択しなければならないということを実感した。
これからの時代、情報の選択能力は大切なもの。
学校でも一番最初に教えなければならないことかもなぁ。



2018年06月16日(土)
地域交流センターは、カラオケ愛好者の聖地ですね

わが町の地域交流センターの多目的ホールは、定員350人。
他市町のように、音響ばっちりの文化ホールでもないし、
ふんわりした固定席でもなく、簡易な可動椅子。
実はこのホール、安さと使い勝手の良さか、毎週のように
イベントが開催されている。
それも「ピアノ教室の発表会」や「カラオケ大会」が多い。
特にカラオケ大会は、スナックがお店ごとに開催するほど、
それも「○○歌謡祭」などと銘打って、大盛況である。
利用者に訊ねると、ホールの大きさ、ステージの広さ、
それらが、ちょうどいい大きさらしい。
そして、私に向けて、こう呟いた。
「地域交流センターは、カラオケ愛好者の聖地ですね」
「えっ、聖地ですか?」と聞き返したら、
「高齢者にとって、年に一度、お洒落なステージ衣装で、
大勢の前で歌うことができるなんて、あなた最高よ」
「あぁ、そうなんですか」と頷いたものの、
「カラオケ愛好者が、ここで歌うのを楽しみにしている」
これは、高齢者の居場所づくりにとって、大きなヒント。
全国で「○○の聖地」って、声高に叫ぶけれど、
意外と行政が仕掛けるものじゃないのかもなぁ。



2018年06月15日(金)
コンコースに1万円の忘れ物がございました。

全国から教育関係者が集まる大きな会議に参加し、
その会場で流れた司会者の案内が忘れられない。
「ご来場の皆様に、お知らせいたします。
コンコースに1万円の忘れ物がございました。
お心当たりの方は・・・・」
会場内が一気にどよめいて、爆笑に包まれた。(笑)
「落とし物」ではなく「忘れ物」
その表現も可笑しかったが、仮に、自分のだ・・と
主張する人が現れたとして、どう証明するのだろうか。
その事務局の対応が、気になって仕方がない。
これって、まさかドッキリじゃないよなぁ。
あなたなら、どう行動しますか。



2018年06月14日(木)
湧きたてですよ

昼休み、職場近くのコンビニでおむすびを買って、
これまた職場近くの柿田川公園(湧水広場)に足を運んだ。
目的は、柿田川の水の音を聴きながらの、読書。
(もうすぐ、飛び回る蚊と蝉の鳴き声で溢れるが・・)
たった1時間であるが、私のリフレッシュタイムとなっている。
そんな時、湧水広場で遊んでいた小さな子どもが、
観光で訪れた大人たちを相手に、柿田川の説明をしていた。
「えっと・・水温は15度で、えっと・・1200メートルで」
一所懸命、ガイドしてくれている子どもに対して、
大人たちも優しく、そして真剣に耳を傾けている光景が、
私を嬉しくさせた。
「へぇ〜、全部、湧き水なんだね」と感心する観光客に、
その子は、自慢げに大きな声で説明した。
「湧きたてですよ」
目の前で目にしている湧水を「湧きたて」と表現し、
大人たちが「へぇ、湧きたてなんだ」と驚いてみせた。
「絞りたて」など「○○たて」という言葉は、
とても新鮮な時、貴重なものの時に使うけれど、
まさしく「湧きたての水、柿田川」。
子どもの感性に、拍手を送りながら、メモをした。



2018年06月13日(水)
シーソーは、傾いている方が安定している 

あれっ、誰の言葉だったろう、久しぶりに情報源不明。
このフレーズだけが、メモに残っていた。(汗)
一般に物体は、底面の広がりが大きいほど安定しており、
重心が低いほど安定している、と言われる。
その原理からすると、どちらかに極端に傾いた方が、
安定している、と言うことになる。
人間関係に例えると、もっと面白いことに気付いた。
仕事やグループの視点で考えると、体育会系のように、
上下関係がはっきりしている方が、組織としては安定、
夫婦関係も、なんでも対等と突っぱねるよりも、
「かかあ天下」「亭主関白」の方が、意外と安定している。
親子関係も、教師と生徒の関係も同じではないだろうか。
力の差があるからこそ、強い方は弱い方を守ろうとする。
それが、自然の法則なのになぁ。



2018年06月12日(火)
私がいなくなって、美しい骨(ラブリーボーン)が育った

映画「ラブリーボーン」(ピーター・ジャクソン監督)から。
う〜ん、鑑賞中のメモも少なかったけれど、
記録したメモを眺めても、この作品を思い出すに相応しい
台詞が見つからず、困ってしまった。
候補は、5フレーズ。(汗)
「写真は一瞬を永遠に切り取る。一瞬が消える前に」
「スージー、若さを楽しんで」
「ここは、あっちでもないし、こっちでもないの」
「殺人犯が1つだけ理解してないことがあった。
父親がどんなに自分の子どもを愛せるかということを」
「私がいなくなって、美しい骨(ラブリーボーン)が育った」
私にとっては、非常に難解なストーリーだったから、
今でもよくわからない「ラブリーボーン」というタイトルが
入っているフレーズを選んでみた。
原作であるアリス・シーボルドのベストセラー同名小説を読めば
少しは理解できるのだろうか?
読んでみても判らなかったら、それまた恥ずかしいが、
映画化されるには、何か惹き付けるものがあるのかもしれない。
図書館で探して、原作を読んでみるか・・微妙なところだなぁ。



2018年06月11日(月)
柿田川動画「ヒルナンデス」デビュー

柿田川の魅力を、全国に向けて「お裾分け」をモットーに、
動画と写真を撮り続けているが、それはあくまでネットの話、
・・・のつもりでいたら、なんと、全国放送のテレビ番組、
「ヒルナンデス」でも、取り上げていただいた。
柿田川の素材提供を依頼されたのは、ほんの数日前、
絶景っぽい動画を数本ピックアップして渡したのだが、
廉価な防水カメラで撮影した動画が、放映に耐えられるのか、
手ブレしていないかな、それさえ不安でいた。
だから番組内で自分が撮影した「柿田川」が映し出された時、
なんとも言えない達成感があった。
知人・友人に向けて始めた撮影が、今や全国で放映されるとは、
実は、本人が一番驚いている。
昨年は、JR西日本のポスターに採用されたり、朗報が続くけど、
スタンスは変えていない。
本音は地元の子どもたちに、柿田川のある町に住んでいることを
誇りに感じて欲しいな、と始めたことだから、
そういう意味では、目標が達成したのかな、とも思っている。
今日ばかりは、地元の大型商業施設「サントムーン柿田川」で、
スパークリングワインを買って、夕食で「乾盃」だな。



2018年06月10日(日)
今の私があるのは、図書館の偉人伝を読んだから

講師「水野隆徳」氏(国際エコノミスト・僧侶)・我が町出身)
演題「『為政三部書に学ぶ』志と倫理」から。
東京大学卒業後、国際エコノミストとして活躍、
その後「水野塾塾長」や富士常葉大学学長などを歴任、
現在は、お寺の僧侶としても活動も行なっている彼が、
自分のことを語った僅かな部分を見逃さなかった。
「今の私があるのは、図書館の偉人伝を読んだから」
とにかく、図書館の棚に並んでいた「偉人伝」を、
片っ端から読んだ、という。
その中から、いろいろな世界を知り、知識を習得し、
いつかは、私もこんな人間になりたい、と感じたようだ。
この話には、私にとって多くのヒントを与えてくれる。
図書館に「偉人伝」が多く配架されているだけでも、
その町の図書館の特色になる気がする。
「一流の人を目指すなら、超一流の人に学べ」
そんなフレーズが、ふっと頭に浮かんだ。
「偉人伝」が溢れる図書館・・うん、いいな。

P.S. これは個人的感想ですので、ご理解願います。(汗)



2018年06月09日(土)
上手に枯れる方がずっとカッコいい

書籍「終わった人」(内館牧子著・講談社文庫刊・540頁)から。
近くに住む妹が「誕生日祝い・還暦祝い、映画公開前に」と、
プレゼントしてくれた書籍である。
「トシ」という中年男性が、定年を迎えた主人公にこう呟く。
「壮さんの定年もそうだけど、
どんな仕事でも若いヤツらが取ってかわる。
俺は「生涯現役」ってあり得ないと思うし、
それに向かって努力する気もまったくないね。
あがくより、上手に枯れる方がずっとカッコいい」
この1年、ずっと考えていたことだったので、
抵抗なく、そしてやっぱり・・と腑に落ちた。
自分が迎えて実感するのは、60歳って意外と高齢。(汗)
60歳はまだまだ若い、なんて思っているのは、
周りの人たちのリップサービスであり、
「現役バリバリ」で働くことは、体力的に無理を自覚する。
もちろん、やりたいことは山ほどあるし、夢もある。
ただそれを実現する為に、自分が先頭に立って・・は、
社会のお荷物になりかねないことも、理解しておきたい。
自分がコツコツ貯めてきた、知識、知恵、人間関係を、
若い人たちに伝えながら、枯れていく。
それこそが、定年を迎えた人たちの心構えかもしれない。
書籍名「終わった人」は、決してマイナス用語ではない。
絶頂期は過ぎた、輝く年代は終わった、
ただそれだけを意識して、シフトチェンジすれば、
まだまだ社会に必要とされる存在として活躍できる。
そう理解して、読み終えた。
スッキリした気持ちで、映画を観ることが出来そうだ。



2018年06月08日(金)
皆が「幸せの株主」になるの

映画「僕らのミライへ逆回転」(ミシェル・ゴンドリー監督)から。
発電所に忍び込んで大量の電磁波を浴びた若者が、その電磁波で
レンタルビデオ店のビデオテープの中身を全て消してしまう。
それを隠す(笑)為に、自分たちで、名作を思い出しながら、
ハチャメチャな映像のリメイク版を制作して、店頭に並べると、
大好評でお店も大賑わい。
そんな、ありそうでありえないストーリーに、なぜか感激した。
若者2人では対応しきれないほど人気になって、
これまた、苦肉の作として、あることを思いつく。
それが「皆(お客・住民)も出演させること」
「そうすればもっと短い映画がたくさん撮れて、
お客さんたちをだますことにもならない」
「お客をだまさずに済んで、町の皆が参加できる、
皆が『幸せの株主』になるの」と叫ぶシーン。
この「幸せの株主」という表現、気に入ってメモをした。
そして「おれたちでおれたちの映画を作ろう、
オリジナルなら誰にも訴えられない」と物語は展開していく。
市民参加の映画づくりは「皆が『幸せの株主』」が基本だな。



2018年06月07日(木)
定期的に神様はリセットするんだよ。

書籍「AX(アックス)」(伊坂幸太郎著・角川書店刊・307頁)から。
読み出す前に、目次を眺めて気になったこと。
「AX」「BEE」「Crayon」「EXIT」「FINE」
あれっ「D」で始まる単語と、その「章」がない、だった。
さて、全体のストーリーとの関係はないかもしれないが、
気になったメモは「FINE」に登場する、マンション管理人の台詞。
マンションを探していた主人公との会話が、なぜか引っかかった。
「シェルターは必要かもしれないなぁ、
核戦争やら環境破壊やら、何が起きてるか分からないからなぁ」
「そうなんですか?」
「定期的に神様はリセットするんだよ。断捨離はみたいなもんだろ、
部屋がごちゃごちゃしてきたら、全部捨ててやり直す。
で、また荷物が増えて、収拾がつかなくなる。
地球が、できてきて、たぶん、ずっとそうだろうな」
だから、誰も望んでいないのに戦争が起きているんだ、
それも、世界のあちこちで、定期的に」そう教えられた気がする。
地球全体の人口が増え過ぎないように・・なるほどなぁ。



2018年06月06日(水)
苦境と思わない、思わせない、そういう雰囲気を醸し出す

誕生日のメッセージで励まされることってある。
自分の中で、勝手に60歳なのだから、少し自重しなければって
勝手に思い込んでいたら、後輩からお祝いメッセージをいただき、
よ〜し、もう一踏ん張りするか、という気持ちになった。
「下山さんにはマイナス思考は似合わないです。
誰もが苦境と思うことでも、苦境と思わない、思わせない、
そういう雰囲気を醸し出す、それが下山さんだと思います」
そうか、そう感じていてくれたのか・・と、ちょっと感激し、
涙腺が緩んだ。(最近、特に涙もろくなった気がする)
自分の住んでる町を良くする為には、不平・不満は言うけど、
仕事に対しては、どんなに大変でも泣き言は言わない、と
決めているので、余計に嬉しかったのかも。
私の場合、どんなに無理難題をふっかけられても、
「大丈夫だよ、命までは取られないから」が信条だからかな。
さて、あと10ケ月「終わった人」にならないよう頑張ろうっと。



2018年06月05日(火)
60歳からの日常生活は「力を抜く」

健康診断(特に「特に「心電図測定」)で毎回言われる台詞、
「下山さん、もう少し、力を抜いてください」
「えっ、これでも抜いているつもりなのですが・・」
「とても緊張していますよ、もっとリラックスして」
「先生、リラックスしているつもりですが・・」
この会話を何度繰り返したことか。(笑)
そう言えば最近、マッサージ師さんにも同じことを言われた。
「異常なくらい張ってます。もう少し力を抜けませんか」
「すみません・・どうやって力を抜くのですか?」
始末が悪いのは、自分ではその抜き方がわからないということ。
たぶん、今に始まったことではなく、小さい頃から
「何事にも全力であたる」を信条にしてきたから、
力を入れるところ、抜くところのポイントがわからない。
ゴルフや野球でも、ボールが当たる瞬間だけ力をいれる、
そのコツがわからずに、上達の壁になっていた気がする。
60歳を迎えて、生き方のテーマ「お裾分け」は決まったが、
日常生活の過ごし方に迷いがあったのも事実だから、
この言葉を選んでみた。
もちろん目指すところは、意識せずに、力が抜けていること。
さて・・まずは意識して「力を抜く」ところから始めよう。

P.S
「手を抜く」「脱力感」などとは違うんだよなぁ。(笑)



2018年06月04日(月)
60歳のテーマは「お裾分け」

毎年、誕生日を迎えると、今年はどんな1年にしたい、と決め、
多くの人にコミットメントしながら生活してきた。
(守れないことも多々あったけれど・・)
さらに今年は還暦、60歳。
60歳代の大きなテーマも決めたいな、と随分前から悩んでいたが、
ぼんやりであるが、見えてきた気がする。
孔子は「論語」の中で、自分の人生を振り返り、こう言っている。
60歳は「六十にして耳順い」(耳順・じじゅん)と表現し、
「60歳になった時、耳にどんな話が聞こえても、
動揺したり、腹が立つことはなくなりました」と。
う〜ん、私にはまだその境地どころか、
15歳で学問を志す事も、30歳で自信がつき自立する事も、
40歳で心に惑いがなくなり、50歳で自分が生まれてきた天命を
知る事も、実はできていない。
けれど、それを嘆いていても、私は孔子ではないし、(笑)
一度きりの人生、残された日々をどう過ごそうか、と考えたら、
「お裾分け」という単語が浮かんできた。
「気になる一言」も、私だけのものにしておくには勿体無い言葉を、
知人・友人らに「お裾分け」しているだけだし、
柿田川の写真や映像も、全国の(今では外国の)方々に向けて、
その魅力を「お裾分け」する感じで、情報発信しているに過ぎない。
だから今年は、公務員生活の総決算として、微力ながら
自分の溜めてきたノウハウを、後輩達に「お裾分け」したいと思う。
まぁ、そんなに役に立つ情報はないかも知れないけれど。(汗)



2018年06月03日(日)
ええ、夫は忘れてしまいましたとも。で、それが何か?

書籍「長いお別れ」(中島京子著・文藝春秋刊・263頁)から。
知人の紹介で読み始めた、老いに対する向き合い方を
誰でもなりうる「認知症」を題材に描かれているが、
切ない・やるせない、という感情よりも、
しっかり繋がっている夫婦愛に心打たれた。
特に、少しずつ記憶を失くしていく認知症の夫に、
最後まで寄り添った妻の呟きに、感動してしまった。
「時折、意のままにならないことにいら立って、
人を突き飛ばしたり、
大きな声を出したりすることはあるけれど、
そこにはいつも何らかの理由があるし、
笑顔が消えうせたわけではない。
この人が何かを忘れてしまったからといって、
この人以外の何者かに変わってしまったわけできない。
ええ、夫は忘れてしまいましたとも。で、それが何か?」
何も知らない周りからは「あなたも大変ね」とか
「よく頑張っているわね」と言われたに違いない。
それを気丈に振舞う、妻の力強さみたいなものを感じた。
やはり「夫婦のことは、夫婦にしか分からない」
いや、そこに夫婦だからこその繋がりがあるから、
「夫婦」と呼ぶんだろうなぁ、きっと。



2018年06月02日(土)
勝利を決めるのは、民衆の行動だ

映画「アルジェの戦い」(ジッロ・ポンテコルボ監督)から。
1967年に日本初公開。製作国が「イタリア・アルジェリア合作」
当時は、ものすごく話題になったらしい。
2016年に、オリジナル言語版のデジタルリマスター版が公開。
これだけでも、好奇心旺盛の私は、興味をそそられた。
観賞後の感想は、よくフランスがこの作品を許したなぁ、だった。
フランスからの独立戦争を、アルジェリア側の視点で描いたこと、
それも、独立して間もない時期に製作されたこと、
まだ当時の興奮が続いている中での撮影であったことなど、
リアルすぎる表現に驚きを隠せなかった。
こんな台詞がメモされた。
「戦争も革命も同じだ」「テロが有効なのは、最初だけ」
「勝利を決めるのは、民衆の行動だ。ストの意味もそこにある」
「結果がどうあろうと、世界に我々の存在を知らせることはできるはず」
そして、この台詞で、幕を閉じる。
「革命を始めるのは簡単ではない。続けるのは、さらに難しい。
勝つのはそれ以上だ。
だが本当の困難が始まるのは、戦いに勝利したあとだ」
当時から「テロが有効なのは、最初だけ」という台詞を残し、
テロは、きっかけに過ぎないことを明言していることにも驚いた。
戦争映画って、どちらの立場で描くか、大事な要素だし、
是非、フランス側から描いた「アルジェの戦い」を観てみたい。



2018年06月01日(金)
1年ごとの老化は、こどもの成長と同じ。

ちょっと前に産まれた・・と思っていた子どもが、
久し振りに見ると、予想以上に成長して驚くことがあるね、
そんな話をしていたら、ある先輩がこう言った。
「男性の老化は、予想以上に速いよ、
特に、60歳から1年ごとの老化は、他人からもわかるくらい。
だから、誰が先生か生徒か、分かるうちに同窓会を開くんだ(笑)」
なるほどねぇ、それは名言だ・・とさっそくメモをした。
自分は、自分の容姿をそんなにじっくり観察することもないし、
家族だって、毎日顔を会わせているから、そんなに感じない。
しかし、1年ぶりにあった知人、友人たちは、その変化に驚く。
ただ口にしないだけなのかも知れない。(汗)
こどもの成長に驚くと同じように、高齢者の老化に驚く日も近い。
私の場合、60歳過ぎても、童顔は童顔だけど、
やはりその老化の速さは、自分が一番自覚している。
本を読んでも、映画を観ても、長い時間は集中できないし、
疲れまで残ってしまう始末だ。
これから、その老化を楽しみながら、歳を重ねて行こうっと。