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しもさんの「気になる一言」
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2017年04月23日(日)
たちまち縮んで豆粒のピストルになった

書籍「詩集 故郷への水へのメッセージ」
(大岡信著・花神社刊・141頁)から。
先日他界した詩人、大岡信さんの作品を読み直していたら、
面白い視点を幾つか見つけた。
機会あれば、1つずつ紹介したい。
まずは「産卵せよ富士。」という詩、の一部。
「(5) 小浜池にも柿田川(かきだがわ)にも、
鮠(はや)・丸太・鮎のきらめき
きみの流れで泳ぐとき
ぼくらのふくらんだちんぽこも
たちまち縮んで豆粒のピストルになった」とある。
「ちんちん」ではなく「ちんぽこ」というのがいい。
それに、冷たい川に入り、たちまち縮む「ちんぽこ」の
表現がたまらなく可笑しいが、
こればかりは、体験した人でなくてはわからないな、と
大先生なのに、妙に親近感を覚えてしまった。(汗)
私たちも小さい頃、裸で柿田川に入ると、唇が紫色になったし、
ウィンナーソーゼージのように縮んだことを覚えている。(笑)
「きれい」より「冷たい」で思い出される柿田川である。

P.S.
何度も確認したが、ルビは「かきだがわ」だった。
いつから「かきたがわ」になったんだろうか。
調べてみよ〜っと。



2017年04月22日(土)
「行動」「目的」より「意味」を意識する

春になると、柿田川に入り、外来種駆除の楽しみが増える。
今日は、天候にも恵まれ肌寒くなく、絶好の作業日和。(笑)
私たちベテラン組みの作業場所は、舟付場の近くで、
観光客から何度も声を掛けられた。
質問は決まって「何をしているんですか?」。
その答え方によって、自分たちの作業に対する想いが伝わることを
一緒に作業していたメンバーから教わった。
それが「『行動』『目的』『意味』レベル」という指標。
単に「外来種駆除をしています」と答えるのは、行動レベル。
ボランティアである、ないに関わらず、
自分の行動を、文字にして説明しているに過ぎない。
次に「絶滅危惧種のミシマバイカモを護るために、
こういった外来種駆除をしています」と答えるのは、目的レベル。
この作業は、こんなことのためにやってるんですよ、と
目的意識をもっていると、観光客にも説明しやすいし、
自分の行動が、とても有意義に感じられることは間違いない。
しかし、一番意識しておいて欲しいのは、意味レベル。
「何十年、何百年先まで柿田川の多様性が続くように、
大勢の方々と、外来種駆除作業をしています」など、
こういった作業・活動は、どんな目的があるのかではなく、
この取り組みが、どういった意味をもっているのか、を意識する。
それによって、もっと自分の行動に誇りがもてるようになるから。
この考え方って、家庭や仕事でも通用するものなんだよなぁ。



2017年04月21日(金)
どいつもこいつも、正義面だからなお恐ろしい

映画「葛城事件」(赤堀雅秋監督)から。
作品全体に、重い空気が流れ続け、
観賞後の気持ちも、(正直)どっと疲れたが、
「無差別殺人事件を起こした加害者青年とその家族」に、
スポットを当て続けたことで、第三者としてでなく、
三浦友和さん演じる、加害者の父としての苦悩が伝わってきた。
子供が大きな事件を起こしたら、親の育て方をはじめ、
どんな家庭に育ってきたのか、と追求する世間の目がある。
特にインターネットが普及し、国民総評論家時代とも言える現代、
加害者とその家族をギリギリまで追いつめる社会構造は、
とても危険なことだと感じているし、
マスコミも、加害者・被害者両方の立場で報道することなく、
加害者と加害者の家族を徹底的に吊るし上げているように見える。
冒頭、ブロック塀に殴り書きした誹謗中傷の文字を消しながら、
三浦友和さんが「バラが咲いた」を口ずさむシーンは、
この映画を思い出すには欠かせない気がする。
そして、こう言い放つ。
「騒ぎたいんだよ、何か理由をみつけて、騒ぎたいだけだ。
どいつもこいつも、正義面だからなお恐ろしい」と。
普段の生活で自分たちが他人に与えている悪影響は棚に上げて、
誹謗中傷できる事件を見つけ、ここぞとばかり大声を上げる。
(または、それをきっかけに目立とうとする)
死刑制度反対を訴え、加害者と獄中結婚した女性も、
正義面した、そのひとりなんだよなぁ、きっと。



2017年04月20日(木)
人生には三つの恵があるから「恵三」

映画「夏美のホタル」(廣木隆一監督)から。
吉行和子さんと光石研さん演ずる、
ヤスばあちゃんと地蔵じいさん(恵三)という「老親子」と、
小林薫さん演ずる、雲月という「仏師」と交流しながら、
主人公の「夏美」がいろいろなことに気付いていく。
今回の気になる一言は「恵三」という名前の意味。
「人生には三つの恵がある。
「一つ目は、この世に生まれてくる喜び。
二つ目は、親に愛される喜び。
そして、三つ目は、親になって子どもを愛する喜び」
地蔵じいさんは、子どもが小さい時に離婚したためか、
三つ目の「恵み」を実感できずにいたが、死の直前に、
その子どもと再会することが出来て、病床でこう呟く。
「三つの恵をもらうことが出来た」
これでもう何も後悔することはない・・と言いたげに。
父親がバイクレーサーをやめた理由が自分だと責めていた
有村架純さん演ずる「夏美」に、こう語りかけた。
「お父さん、夏美ちゃんのこと、愛してたんだよ。
何よりも幸せだったんだよ」と。
親に愛された喜びを、次は自分の子どもに注ぐ喜び、
若い頃は「三つの恵」を、意識していたなかったけれど、
今こうして歳を重ねてきたことで、わかることでもある。
三つ目は「子どもに愛される喜び」ではなく、
「子どもを愛する喜び」ってところが「恵」なんだと思う。
これからも、出来る限り「三つの恵」を意識したいな。

P.S.
既に他界した父親の名が、偶然にも「恵三」。
名前のいわれは訊いたことがなかったけれど、
もし「三つの恵」だとしたら、とてもありがたいことだね。



2017年04月19日(水)
元気なまちはどこもやっていますが、私はauなので・・

久しぶりに、飲み会で仕入れたネタで、笑い転げた。
飲みながらも、まちづくりの話をしていて飛びだした台詞。
誰かに伝えないとずっと耳に残り続けるので、ご紹介。(汗)
マンネリ化したイベントの改善アイデアを話し合っていた時、
全国の先進事例や、近隣市町の取り組みを紹介しながら、
まずは成功している事例を真似してみよう、と言うことになり、
知ってる限りのアイデアを紹介したが、
どれも「帯に短し襷に長し」の評価で、これだ、と踏み切れない。
そんな時、こんな台詞が耳についた。
「うまくいくかわからないけど・・」と前置きをしたあと、
「行政主導のイベントを止めてみる」。
参加者の安全安心を優先した、行政主導のイベントはつまらない。
担当者も人事異動などで数年で替わるため、
どうしても前年踏襲型になりやすい。だから、参加者も集らない。
やはりイベントは、毎年違った企画を繰り出してくる若い人たちが、
企画しないと盛り上がらないよ。
そんな会話を横で聞いていたら、ある先輩がボソッと呟いた。
「元気なまちはどこもやっていますが、私はauなので・・」
auの私はこのフレーズは使えるなぁ、と早速メモをした。
もちろん「docomo」以外のメーカーならどこでも可能だ。
「docomoやってますが、私はau(softbank)なので・・」
また、できない言い訳をひとつ増やしてしまったなぁ。(笑)



2017年04月18日(火)
歯なしのバアさんがジャムを吸う音だ

映画「SPY スパイ」(ポール・フェイグ監督)から。
スパイの作品というと「007」を始めとした、
クールな雰囲気を醸し出している男性が主人公なのに、
今回はまったくの逆だったから、楽しめた。
CIAとはいえ、本来の仕事は、デスクに座りPCを眺め、
彼らのサポート役の分析官の女性が、事件に巻き込まれながら、
男性スパイ顔負けのアクションを繰り広げる。
でも、その展開は女性では敬遠されそうな「下ネタ」が満載で、
すべてを「コメディ」として、難事件を解決してしまう。
そのギャップが、何ともいえなく面白い。
颯爽の動き回る男性のスパイを観て「身軽でズルいわ」と呟き、
熱烈にキスしている男女の横で「うるさいよ」と叫び、
「何が?」と訊かれれば「ブチュブチュうるさい。キモいよ。
歯なしのバアさんがジャムを吸う音だ」と言い返す。
宿泊することになった汚いホテルは「3つ星ウンコのホテルね」、
さらに「自分のエッチ映像を見た時みたい」など、
下品な言葉も飛び出すのに、なぜか観賞後はスッキリ。
今まで観てきた「スパイ映画」とはちょっと違った感覚が、
私を喜ばせてくれた。疲れたときは、こんな作品がお勧め。



2017年04月17日(月)
ネットこそ、礼儀が大事

Facebookも慣れてくると、ストレスが溜まってくる。
特に、コメントを書き込む人たちの「礼儀のなさ」である。
自分のタイムライン記事に「いいね」を押してくれる人以外に、
コメントを書いてくれるのは確かに嬉しいだろうけれど、
それは「記事」の内容に沿ったコメントであって欲しい。
メールやメッセージでやり取りできるような会話のコメントは、
「読まされている」人にとっては、何も面白くないだろうし、
コメントをしてくれた本人に宛てたメッセージのつもりでも、
多くの人に読まれていることを意識しないと、
その内容によっては、人柄さえ疑われることになる。
何十年もネットの世界を通じて、日記を書いていると、
その無防備さに驚かされることもしばしば。
私たち世代では懐かしい「交換日記」のシステムで、
相手の数が複数になり、その親密度も合わせて、全世界の人々に、
公開されているようなものだから。
だからこそ、親しき仲にも礼儀あり、のコメントが大事だと思う。
「声」なら一度発しても、時間が経つにつれ薄れていくけれど、
「文字」は削除しない限り残り続け、逆に時間が経つにつれ、
増幅していく気さえする。
そういう意味で「ネットこそ、礼儀が大事」を残そうと思う。
(実は、このフレーズ、飲み仲間に教えていただいたもの)



2017年04月16日(日)
知ってる者には、責任がある

映画「僕のうしろに道はできる 奇跡が奇跡でなくなる日に向かって」
(岩崎靖子監督)から。
「ドキュメンタリー映画」の宿命で、評価が分かれるに違いない。
主人公・宮田俊也さんの入院生活を通して、彼の頑張っている姿に感動し、
なんでも諦めずに、続けることを学んだ人は、それを実践すればいい。
もう1人の主人公、養護学校教諭の山元加津子さんの熱心な介護と、
どんな状況の人でも、意識がある限り、想いは伝わるという信念を持ち、
そのことを知りながら、伝えなかった私が悪かった、と全国を講演している、
彼女の強い想いに、揺れ動かされて、行動するのもいい。
いや、彼のあんな姿を見るのは辛い・・と、予告編を見ながら、
本作は見ないという選択した人も、それはそれであり、だと思う。
私は好奇心旺盛だから観たけれど、観ない人を責める気にもならない。
こういった「ドキュメンタリー映画」は、作品を観ることにより、
何かを感じ、翌日からの行動が変わる人がいる。
それが、このジャンルの映画の醍醐味ではないだろうか。
ただ、これは絶対、伝えなくちゃいけない、広めなければいけない、と気負い、
強要するものでもないからこそ、難しいとも言える。
私にできることは「知ってる者には、責任がある」という、かっこちゃんと、
それを支えようとしている「自主上映会」を開催してくれた人たちを応援すること、
言い換えれば「支えようとしている人を支える人」になりたい。
「籠に乗る人、担ぐ人、そのまた草鞋(わらじ)を作る人」という言葉があるが、
まさしくその「草履を作る人」になりたいと思う。
もしかしたら、その草鞋を作る人を支える誰かでもいいかなぁ。



2017年04月15日(土)
献血って、前日の歯医者はダメなんですね

自分の中では恒例となっている、定例議会後の「献血」、
すなわち、年4回が私のノルマ。(笑)
健康だからこそできるボランティアとして回を重ねてきたが、
63回目にして、はじめて断られた。
理由は、前日の「歯医者」での治療。
3日以内に、歯垢を取ったり、虫歯を削ったりする治療は、
口の中の血液が安定しないのか、ダメらしい。(?)
とりわけ、歯医者へ行くことが5年に一度くらいのため、
あまり「献血」との関係を意識していなかったが、
今回は、久しぶりに歯医者に行き、治療をしてもらった。
受付を済ませ、血圧を測り、最後の「問診」の質問で、
あれ、もしかしたらダメなんだ・・と気がつき、
受付の方に、こう訊いた。
「献血って、前日の歯医者はダメなんですね」
歯医者も治療によるらしいのだが、人の生命に関わることなので、
潔く、断念した。
「献血」は本当に健康体でなければできないことを再認識した。
100回までは、まだまだ遠い道のりだなぁ。

P.S.
結局、63回目の献血を諦め、映画「ロクヨン 64」をレンタルし、
約4時間をメモしながら、観終わった。感想はまた後日。



2017年04月14日(金)
水は水でいいけれど、それを使ってどうするのか?

あるまちづくりの会議で、こんなコメントがあった。
わが町の観光資源は、自他ともに認める「柿田川の水」。
そんな資料を見ながら、外部アドバイザーは、こう指摘する。
「水は水でいいけれど、それを使ってどうするのか?」と。
「きれいな水」なんて、日本全国どこにでもある。
世界に目を向ければ、もっときれいな水は溢れている。
だから、小さな町の私たちが考えなければならないのは、
「水を売ること」ではなく「水」をキーワードに、
「その水を使ってどうするのか?」ということだろう。
美味しい水、きれいな水、健康にいい水・・
「大根」一つにとっても、切り口を変えることによって、
見え方・形が変わるように、「水」もスポットの当て方により、
活用方法は、無数にあるのだから。
全国のまちおこしは、自分たちの観光資源を見つけるところから。
そして、見つけたものをどう調理するかだなぁ。