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2014年11月30日(日)
惜しまれながら死んでいく

書籍「日本人が一生使える勉強法」
(竹田恒泰著・PHP新書刊・237頁)から。
日本人の考え方にあった生き方は、成功者になることでも、
お金持ちになることでもなく、惜しまれながら死んでいく、
これに尽きる、と彼は言い切っている。
「『よりよく生きる』とは『よりよく死ぬ』にほかなりません。
人生の最期をどのように迎えたいか、
そうした最期を迎えるためには、どのような日々を
積み上げればよいか、このような『死生観』を抜きにして、
成功哲学を実践することは無意味だと考えています」と。
そのために、私たち日本人は、どのように生きるべきか、
それは「世のため、人のため」に役立つ人間になること、と
まとめている。私もこの意見に大賛成である。
なぜ勉強するのか、それは「世のため、人のため」、
なぜ働くのか、それは「世のため、人のため」
教育の原点も「世のため、人のため」になる人間を育てる。
そして、なぜ今「道徳」なのか、の問いにも、同じ答え。
自分の判断に不安があったら、彼の主張を思い出したい。
今していることは「世のため、人のため」になっているか、
一番確実な、判断基準になる気がしている。

P.S.
今日は、先月亡くなった伯父さんの七七日(四十九日)の法要、
「惜しまれながら死んでいく」をしみじみ感じた1日となった。



2014年11月29日(土)
「今のお気持ちは?」「おいしいです」

わが都市計画課スタッフの結婚披露宴、小雨降りしきる中、
沼津市の「淡島ホテル」で人前結婚式が行なわれた。
その淡島(離島)まで船でしかいけない、そのシチュエーションに、
荒れる天候、揺れる船が加わり、一抹の不安を抱えた披露宴であったが、
心配された天気は、徐々に回復し、2人の門出を祝福するように、
大きな虹が顔を出し、とても素敵な披露宴だったと思う。
乾杯の発声を任された私は、議会の答弁よりも緊張し、
手が震えながらも、どうにか大役を果たせた気がしてホッとしている。
今回の気になる一言は、私が音頭をとった乾杯の後、
幸せいっぱいのお2人によるケーキ入刀のシーン。
新郎・新婦、お互いにその一部を相手の口に合うよう切り、
セレモニーとして、相手の口にケーキの欠片を運ぶ。
新郎の切り出したケーキの大きさに、新婦を始め周りが笑い、
新婦が鼻の頭に、ケーキのクリームを付けた時は、ちょっぴり驚いた。
その後、新婦から新郎へ、お返しの大きなケーキの一片。
新郎は、思いっきり大きな口を開け、驚くほどの勢いで、呑み込んだ。
それを観ていた司会者の女性が、すかさずマイクを向けて、
新郎に「今のお気持ちは?」と訊ね「幸せです」の答えを待ったが、
新郎の答えは、なんと「おいしいです」。(笑)
おいおい、こんなところで、ケーキの味をきいてないぞ、と思いながらも、
彼の素直な性格がこんなところにも現れている、と可笑しかった。(笑)
しかし、司会者の期待を裏切った新郎には「あそこはな・・」と、
説明をしなくちゃいけないな、来週には、彼に伝えなくちゃとも思う。
初めてづくしの「結婚披露宴」、いろいろな経験が出来て楽しかった、
こんな機会を与えてくれた、おふたりに、改めて「乾杯」。



2014年11月28日(金)
エントリーすれば走れます。

先日、ランニング好きの若い職員たちと飲んでいたら、
当然「ハーフマラソン」「フルマラソン」の話になって、
経験者、未経験者の興味深い話が続いた。
隣で、ビールを飲みながら他人事のように聴いていたのだが、
そのうち「課長も挑戦してみたら?」と話題が私に変わり、
どういう練習をすれば、素人の私がマラソンを走れるか、
そんな話題を、私を抜きに勝手に議論してくれた。(笑)
いろいろな案を出してくれたにも関わらず、私が躊躇していたら、
どこからか「エントリーすれば走れます」の一言。
まずは「挑戦してみよう」という気持ちが大切なんです、
そうアドバイスを受けた気がする。
みんな程よく酔っぱらっていたので「エントリーすれば
大会に参加は出来るけど、完走できるかは別問題ですよ」、
そんな意味にもとれるけど、彼らの言葉を信じて挑戦してみたい。
56歳を過ぎて、マイペースで楽しめる運動を探していたから、
私のアンテナに引っ掛かったに違いない。
楽しみながら走る、その結果が「(ハーフ)マラソン参加」でいい。
「楽しいことしか続かない」、以前、講演で教わったことだ。
楽しむために、私の場合、まず格好から・・だから、
ランニンググッズ、今からネットで調べてみようっと。(汗)

P.S.
本日、先輩・後輩に誘われて「伊豆(ハーフ)マラソン」にエントリー。
少なくとも「参加」(スタートラインに立つこと)は出来ることになった。
心配なのは、翌日が2月議会初日かもしれないんだよなぁ、(汗)



2014年11月27日(木)
日本人は「うらやましい」、欧米人は「お気の毒」

書籍「日本人が一生使える勉強法」
(竹田恒泰著・PHP新書刊・237頁)から。
「竹田君」なんて呼ぶと、多くのファンに怒られそうだが、
まだ彼が有名になる前「竹田共生塾」なるものを通して、
一緒に勉強させてもらった経験から、彼の著書は、
ほかの方の著書より、ちょっぴり優先順位が高い。(汗)
読むたびにメモは増えるので、たぶん今回も1つには選べない、
何回かに分けて、紹介したい。
まずは「働くこと」に対する、日本人と欧米人の価値観の違い。
「八十歳になって、まだ現役で働いている人をみて、
日本人は『うらやましい』、欧米人は『お気の毒』」。
「働くことについての価値観が全く違います」と言い、
その基本的な考え方が違うのに、欧米人が書いた「成功法則」を
読み漁って実践しても、得られた結果に「不満」となる、
そんな視点で「働くこと」について、語ってくれた。
「世のため、人のために」働けることに感謝する日本人と、
「神から与えられた罰」と考える欧米人との価値観の違いを
指摘したうえで「日本人バージョンの成功哲学」を示している。
80歳になった母が、シルバー人材センターから依頼された仕事を、
喜んで受けて出かけていく意味が、理解できた気がする。
「いくつになっても働ける喜び」・・なるほどなぁ。



2014年11月26日(水)
電車で行けば?

黒人青年を射殺した白人警察官の不起訴に反発して
住民の一部が暴動を起こし、大きな打撃を受けた
アメリカ・ミズーリ州の町のニュースを見ながら、
すぐに思い出した映画があったので、ご紹介。
映画「フルートベール駅で」(ライアン・クーグラー監督)から。
2009年の元日、一般市民の黒人青年が警官に銃殺された
実在の事件をもとに、映画化された作品として、多くの話題を呼んだ。
「フィクション」と「ノンフィクション」なのか、
物語だけではわからなかったけれど、キーになる台詞は、
新年のお祝いを車で行くと言った息子に対して、
母親が気をきかして「電車で行けば?」と促したこと。
「みんなも飲めるし、ゆったり楽しめるわよ」と付け加えて。
さらに「電車を待ってるのはかったるいよ」と反発する息子に、
「(車は)渋滞してて、行きも帰りも、大変だわ」と諭す。
これが事実ならば、悔やんでも悔やみきれない会話となって、
母親が、自分を一生責め続けることになるだろう。
妻も「私が、トイレを行きたいなんて言わなければ・・」
電車の中で「オスカー」と声を掛けた女性だってやりきれない。
全てのシチュエーションが「運命」で片付けたくないが、
こういった悲しい事件が起きると「たられば」が口を付く。
「あの時、〜しなかったら」「私が、〜してれば」は、
言ってはいけないことなのだが・・やはり残酷だ。
本当に偶然なのか、本当は必然なのか、神のみぞ知る。

P.S.
アメリカは、また同じことを繰り返したのか、と残念に感じたが、
黒人差別のテーマで数多くの映画が生まれると言うことは、
未だに、この問題は解決していないってことだな。
やっと黒人のオバマ大統領が誕生したと言うのに。(汗)
「黒人の」というフレーズを使うこと自体が差別なんだよなぁ。



2014年11月25日(火)
勝つときの方が辛いときだって、あるんだよ。

映画「ひとり交換日記」(元村次宏監督)から。
短い作品だが、脚本、原作がしっかりしている分、
とてもわかりやすい作品だった気がする。
中学生の頃、交換日記をしていた私としては、
「ひとり交換日記」の面白さも理解できるし、
今ならリアルに「ひとり交換日記」が出来ると思う。
自分の悩みを打ち明け、異性のアドバイスを受けて、
問題解決していくストーリーなら、いくらでも書ける。
本当に短い作品だから、私のメモも少なかったが、
それでも、選ぶとしたらこれだな、というフレーズ。
「勝った奴に負けた奴の気持ちなんてわかるわけない」と
言い放った主人公に、仮想の交換日記相手が呟く。
「さっき、勝った人間に負けた人間の気持ちはわからないって
言ったけど、そんなことない。
勝ったらね、次も勝たなきゃいけない、
負けた人の思いも背負って勝ち続けなくちゃいけない。
勝つときの方が辛いときだって、あるんだよ」と諭す場面。
自分とは違う視点をこんな風に言ってくれる異性って、
年齢関係なく、大事なんだよなぁ。



2014年11月24日(月)
「フード・フェスティバル」は、小銭持参で参加できるイベント

紅葉まっ盛りの「静岡県東部と伊豆半島」、
この連休は、晴天に恵まれて、どこもかしこも大賑わい。
観光客というより、近隣に住む人たちが楽しめるイベントが多かった。
中でも、今全国的に人気のある「フード・フェスティバル」は、
近隣市町で先週から「パン(マルシェ)」「(ご当地)メンチカツ(サミット)」
「(全国)コロッケ(フェスティバル)」など、庶民に人気のメニューが続き、
近場で「食欲の秋」を満喫できる。
どれも私の自宅から歩いていける距離で開催されていて、幸せ。(笑)
開催会場まで、ウォーキング、ジョギング、ランニング、と
食べるものによって、カロリーと運動量を考えながら、
より「健康」を意識しながら、全国や地元の「美味」を味わった。
この「フード・フェスティバル」で気付いた共通点は、(たぶん・・)
全国からの観光客をターゲットにしていない、ということ、
かといって、自分の住むまちの市民・町民対象だけでもないこと、
さらには、大型ステージを利用した予算たっぷりの催しではないこと。
この近隣市町からの来客を狙った「フード・フェスティバル」は
好きな時間に、老若男女、誰でも楽しめる気軽さがあるうえに、
お昼代わりに・・小銭持参で参加できるイベントとして、
これからも、全国各地で増えてくるに違いない。
この流れに乗るか、それとも何かに拘るか、思案のしどころである。

P.S.
今日の三島大社は、テレビドラマの人気や、七五三のお祝いとも重なって、
凄い人出だったなぁ。楽寿園の紅葉も、見応えあったし、最高でした。



2014年11月23日(日)
この気遣いが出来るから、6年連続の金賞なんだな

昨晩、ある団体の方々と飲んで、帰宅後PCのスイッチを入れ、
メールを確認したら、なんと待ち望んでいた『吉報(朗報)』が届いていた。
メールの主は「都留文科大学合唱団」渉外担当の女性である。
実は、今夏、全国合唱コンクールで5年連続で金賞に輝いている
「都留文科大学合唱団」を招いて、2日間の「合唱公演」を開催した。
例年の夏期合宿とは別で、リズムを崩す無理なお願いをしてしまったな、と
言い出しっぺの私は、全国大会の結果を、とても気にしていたが、
嬉しいことに、それはいらぬ心配だった。
こちらがインターネットで結果を確認する前に、渉外担当の彼女から、
「こちらは、今、全国大会が終わりました。
おかげさまで、6年連続となる金賞、及び文部科学大臣賞をいただきました。
今回は5年ぶりの1位金賞をいただき、団員一同喜びでいっぱいです。
これも、清水町での貴重な経験、みなさんのご声援、ご支援のおかげです。
本当にありがとうございました」のメールが送られてきていたからだ。
これって、簡単なようで、実はなかなか出来ないことだと思う。
最高の栄誉を得て、その日ぐらいは苦楽をともにしてきた団員たちで、
思いっきり、喜びを分かち合う方が優先されてもいいのに、
その日のうちに、お世話になったから、とお礼のメールをくれる、
「この気遣いが出来るから、6年連続の金賞なんだな」と感じた瞬間である。
これこそ、次代へ次代へと繋がっていく「伝統」の強さに他ならない。
「支えてくれた人たちに感謝したい」という言葉を口にする人は多いけれど、
こういった、ちょっとした行動がサラッと出来てしまう若者たちは少なく、
それだけで、胸がいっぱいになってしまった。
この喜びは、なかなか言葉や文字に出来ないけれど、本当に嬉しい。
彼らと出会えて、私は幸せ者だな、本当に。彼らの輝かしい未来に「乾杯」。

P.S.
やっぱり「合唱でまちづくり」したいなぁ、町民に一体感が出来るし。



2014年11月22日(土)
柿田川って、温かいんですね

今日は、月に1度正々堂々と「柿田川」の中に入れる日。(笑)
1年を通して可憐な「ミシマバイカモ」を外来種から守る活動である。
先月は「秋のみどりまつり」と重なり参加できなかったので、
2ヶ月ぶりの「柿田川」満喫体験となった。
さすがにこの時期、外来種「オオカワヂシャ」の成育も鈍り、
柿田川の浅瀬に座り込み、小春日和の天候を楽しむ形となった。
ボランティアで参加していた人たちが、驚いたようにこう呟いた。
「柿田川って、温かいんですね」
春、夏には「冷たい」と感じていた「15度」という水温が、
秋、冬には「暖かい」と感じるのは、全てが富士山からの伏流水、
湧水ならではの「感覚」であろう。
実は作業が終わって、水から上がった時が、一番寒かった。
その後、ポカポカの陽射しの中で飲んだコーヒーと、
焼きたての「おかき」が美味しかったなぁ。
遡上してきた鮎と、それを狙って飛来する白鷺が間近に観られる。
暖かい時期の柿田川も魅力的だが、柿田川の緑と青空の色合い、
その中で、紅葉がアクセントをつける晩秋から初冬の景色もまた、
私の好きな柿田川の景色である。

P.S.
現在、エントランスと遊歩道を整備していますが、
待ち合わせの場所になって欲しい・・そう思っています。



2014年11月21日(金)
未来先取りの判断基準

書籍「HAPPY(しあわせ)ルールセラピー
部屋が変われば人生が変わる。(片付けの新法則)」
(山口ヒロミ著・王様文庫刊・189頁)から。
今までも、いろいろな片付けのマニュアル本を読んできたが、
なかなか実践できず、右にあったものを左へ、
下にあったものを上に動かすことで、片付いた気になっていた。
特に、もったいない・・の気持ちが先行し、
ハッキリとした「捨てる基準」「持っている基準」が不明確、
だから、思うように片づけが進まないでいた。
しかしこの本で、自分に合った基準等が見つかった気がする。
「未来の理想の自分は、これを持っているか?使っているか?という
未来先取りの判断基準で『残す』『手放す』を決めていきます」
「部屋を片付ける『本当の目的』は、片付けたあと
『どう生きるか』です」のフレーズで目が覚めた。
今の自分が基準ではなく、未来の自分が基準で判断する、
この視点が私にはシックリきた。
では、どんな気持ちの整理で、使ってきたものを捨てるのか、
その答えも、しっかりメモをした。
「がんばっていた過去の私、ありがとう。さようなら」
明日から、この判断基準と気持ちの整理で、片づけをしようっと。



2014年11月20日(木)
会社は「ライフを支援」、従業員は「ワークで貢献」

講師「渥美由喜」氏、
(内閣府少子化危機突破タスクフォース政策推進チームリーダー)
演題「一人ひとりがイキイキ働き、暮らすワークライフバランス」
(〜育児・家事・介護と仕事の両立〜)から。
「仕事と家庭は、2者択一ではなく、バランスが大切」
講師の彼は、そう話を切り出した。
この基本的な考えは、頭では理解しているつもりだが、
ついつい「2者択一」になっている自分がいた。
自分の行動判断基準として「仕事と家庭」を比較し、
働いて給料をもらっている自分は「仕事」を選択する、
「家庭」を後回しにしていることは認めたい。
そもそも、比較するものでもないし、
どちらかを選ぶことでもないことを、再確認した。
わかりやすかったのは「支援と貢献」の関係。
会社は「ライフを支援」、従業員は「ワークで貢献」、
ともに成長することで、WIN・WINの結果が生まれる。
逆に考えると「貢献なくして、支援なし」も理解できた。
支援を受ける側(従業員)は「支援ばかりを求めない」、
「支援されたら、周囲に感謝する」気持ちを忘れず、
支援する側(会社)は「支援は貢献の3倍返し」くらいの
気持ちをもって、支援することを心に刻んでほしい、
「支援されて当たり前」、そんな権利主張型は生き残れない。
そんな気付きを与えていただいた。



2014年11月19日(水)
健康維持は国民の義務ですからね。

ある大学生から「ICTの活用による中年者を対象とした
身体活動促進プログラムの開発」で協力を依頼され、
先週から、毎日歩いた歩数を、特定のfacebookに報告している。
全国から同年代の男女が「1日1万歩」を目標に、お互い励まし合い、
1万歩を達成したかしないかで、毎日、一喜一憂している。
辞書によると「一喜一憂」とは「状況が変わるたびに、
喜んだり心配したりして落ち着かないこと」。
まさしく、先週まで、顔も名前も知らない人たちなのに、
今日は1万歩(人によっては5,000歩)達成したかな?と
気になるのは、不思議なものであるが、面白い体験だ。
私がすることは、自分の報告と個々の報告にコメントしたり、
「いいね」をポチッっと押すだけであるが、意外と癖になる。
そんな中、ある方のコメントに反応してメモをした。
「健康増進法では、健康維持は国民の義務ですからね」
えっ、健康については、権利ではなく義務なの?と感じ、
好奇心旺盛の私は、さっそく調べてみた。
「健康増進法」(平成十四年八月二日法律第百三号)
「第二条」に(国民の責務)として 
「国民は、健康な生活習慣の重要性に対する関心と理解を深め、
生涯にわたって、自らの健康状態を自覚するとともに、
健康の増進に努めなければならない」とあった、なるほど。
周りを見廻すと「義務違反」している人、多いなぁ。(笑)
では、どうすれば「健康が保てるか?」という疑問にも、
彼女は的確にコメントしてくれていた。
「健康には、運動と食事と社会参加だそうです♪」
またまた、なるほど・・。この3つのバランスが大切だな。



2014年11月18日(火)
巷に雨が降るごとく、わが心にも雨ぞ降る

俳優・高倉健さん訃報を耳にして、いろいろな映画が蘇った。
「気になる一言」で紹介した作品は「鉄道員(ぽっぽや)」「あなたへ」
「幸福の黄色いハンカチ」「居酒屋兆治」の4作品。
観たけど紹介してない作品が残っていたので、今回は追悼の意味で
映画「あ・うん」(降旗康男監督)から。
若い頃の高倉健さん、けっこう笑っているんだなぁ、と
ひとりで苦笑いしながらメモを取っていた。
その高倉健さんが、フランスの詩人「ポール・ヴェルレーヌ」の
「言葉なき恋歌」(訳:堀口大学)をさらっと口にするあたり、
昔の人は教養があったなぁ、なんて妙に感心したりした。
「巷に雨が降るごとく、わが心にも雨ぞ降る」
堀口大學がこの詩を訳して発表したのが「昭和12年」だから、
作品冒頭に映し出される「昭和十二年春」の文字ともピッタリ。
当時の人は、普通の会話や呟きにも「詩」が引用されたりして、
そのちょっと気取った会話が、私のアンテナに引っかかる。
「会いたいときに、会うのを我慢するのも愛情なんだよ」
なんて台詞を、サラッと言ってしまう高倉健さんが、輝いていた。
脇役の「板東英二」さんって、野球の選手だと思っていたら、
こんな映画にも出ているなんて驚きであった。
タイトルの「あ・うん」は、2人の関係を表しているのだろうが、
なかなか分かりにくいかもしれない。
作品の中では「(あの2人)狛犬ですね、似てませんか?」
「父と門倉のおじさん?」
「狛犬さん『あ』」「狛犬さん『うん』」だけだからなぁ。(笑)
P.S.
「修善寺・新井旅館」、昔の映画にはよく使われていたなぁ。

P.S
高倉健さんのご冥福をお祈りします。合掌。



2014年11月17日(月)
「握力や腕力」劣っていたからなんだな、きっと

昨日は、秋晴れの日曜日、朝からスポーツの秋を満喫した。
参加したのは「大人のスポーツテスト」と「大人の体力測定」。
春の「スポーツテスト」、秋の「体力測定」、どちらも、
私にとっては、一年に一度、自分の体力を測る、
運動能力データ蓄積の機会、といっても過言ではない。
今年は「春のスポーツテスト」が出来なかったため、
同日に隣り合わせの「屋外」「屋内」2会場で実施した。
スポーツテストは「50m走・走り幅跳び・ボール投げ・
懸垂・1500m持久走」
体力測定は「握力・上体起こし・長座体前屈・反復横跳び・
立ち幅跳び・20mシャトルラン」
この企画の言い出しっぺの1人である私は、老体に鞭打って、
2会場、全種目に挑戦した。(参加することに意義がある)
昨年より記録が伸びたのは「ボール投げ・懸垂・持久走」、
特に著しく落ちたのは「握力」。
毎日の成果が「1500m持久走」にあらわれたから嬉しいけど、
私が目指している身体能力は「全体のバランス」だから、
これからは少し「握力」を鍛えながら歩こうと思う。
懸垂が少なかったのは、昨年までの重たい体重ではなく、
「握力や腕力」が劣っていたからなんだな、きっと。
実は、月曜日の今日、普段使わない筋肉が悲鳴をあげている。

P.S.
もう3回目のイベントです。興味のある方は、来年、御参加下さい。
他人と比較する必要はなく、あくまで前年の自分との比較ですから。



2014年11月16日(日)
通常「453」kcalの商品が「168」円。

ネットで話題になっても、メモして紹介するまでにはいかず、
飲み会でのネタになるくらいだったが、今回はハマった。(笑)
「日本女子大の生協POP」が、頭から離れない。
「きのこの山」通常「453」kcalの商品が「168」円。
「たけのこの山」通常「426」kcalの商品が「168」円。
文字だけにすると、あまり面白くないかもしれないが、
商品の前に、大きなPOPとして書かれていた画像でみると、
吹き出した、というより、参りました・・とメモをした。
この関連ない数字が並んだだけなのに、私たちの思い込みか、
「安売り」をしているような感覚に陥った。(汗)
たぶん詳細まで確認せず「通常『426円』の商品が『168円』、
そう思って買ってしまった人もいるに違いない。
「通常○○が、今なら○○」というフレーズは、特売の常套句、
私たちは、常日頃「費用対効果」ばかりを考えているからか、
そこに記された内容を気にせず「数字だけ」で判断している、
そんなことを反省させられた「日本女子大の生協POP」である。
こんな表現ができる、頭の柔らかさが羨ましかったなぁ。



2014年11月15日(土)
「よしおちゃ〜ん」と呼ぶ、唯一の人間がいなくなったってこと

ず〜っと一緒に「中学校の同級生限定・混声合唱団」を続け、
時には、透析をしながらも頑張ってきた彼女が不治の病に侵され、
私たちに姿を見せることもなく、あっと言う間に他界してしまった。
彼女は、屈託のない笑顔で、男女ともに人気があり、
私の知る限り、私のことを「よしおく〜ん」「よしおちゃ〜ん」と、
独特のイントネーションで呼ぶ、たった一人の人間だった。
親しみのある女性だっただけに、通夜・告別式と両日参列するつもりが、
なんと両日とも、時間調整できない用事とブッキングしてしまい、
葬儀に参列できなかった。
後悔が残るかなと、自分を責めてもみたが、不思議なことに、
「沖縄の知り合いに『海ブドウ』を箱で頼んでくれない?」と言い出したり、
「よしおちゃ〜ん、うちで採れた野菜だけど食べる?」なんて、
突然、私の職場に現れたこともあったなぁ、なんて
朝からずっと彼女と共有した時間が蘇ってきて、自分でも驚いている。
もちろんこの「気になる一言」にも、ちゃっかり登場していた。
2008年10月01日(水)「そっちの天気は?」と質問した私に、
「普通」(ふつ〜う)と答えた話題が記録に残っていた。
親交があったのに、葬儀に参列できなかったのは、初めてだけど、
その分「訃報」を耳にしてから今まで、想い出が鮮明に浮かんだ。
私のことを「よしおちゃ〜ん」と呼ぶ、唯一の人間が
この世にいなくなったってことなんだよなぁ、淋しいけど。
「しばらくしたら、墓参り行くから、許して・・」って言ったら、
「いいよ、寒いから」なんて言いそうだな、あいつのことだから。

P.S.
来年の干支の人形、どうすんだよ・・楽しみにしてたのに。
うそうそ、56年間お疲れ様、そして楽しい時間をありがとう。
(合掌・合唱)



2014年11月14日(金)
音の粒を揃えることに集中すると・・

映画「楽隊のうさぎ」(鈴木卓爾監督)から。
う〜ん、静岡県浜松市が全面協力したと耳にして、
どんな出来栄えになったのか、と楽しみに鑑賞したが、
最後まで煮え切らない主人公に、不完全燃焼で終えた。
映画として作品評価は、なかなか難しいので、
作品中にメモした、音楽に関する台詞を残したい。
「音の粒を揃えることに集中すると、余計なものは見えなくなるから」
「もっと集中して。音を並べるだけでは音楽にならない、
指揮をしっかりみて、音楽の太い流れを感じて」
「へたくそな演奏がダメな音楽で、
うまい演奏がいい音楽だとは、僕には思えないんだ」
「ティンバニー、一人で勝手に決めつけない。
人の話を聴く、そして話し始める、アンサンブルの中で」
「同じ楽器を使っていても、人の声と同じで、
音色はそれぞれ違います。お互いの音をもっと聴かないと」
「相手を理解しようとしないと、いいバランスは作れません」
「音の粒」って表現、なんだかグッときたけど、
やっぱり、自主上映会レベルの作品かな、申し訳ないけど。



2014年11月13日(木)
入居者様募集中

街で見かけた「気になるフレーズ」だった。
新築賃貸住宅の建設物件に、工事中から事前に入居者を募集、
その意図は理解したが、私が違和感を覚えたのは、
「入居者様募集中」の「様」。(汗)
あれ、いつから「様」が付くようになったのだろうか。
私が知ってる限りでは「入居者募集中」、
当然「(この物件)、入居者を募集しています」の意味だが、
この「入居者様」は、なぜか違和感があった。
そんなに謙らなくてもいいのに・・という感覚だろうか。
(ちなみに「謙る」は「へりくだる」と読み、謙譲の意が含まれる)
「入居者様」は「課長様」「部長様」と同じくらいの感覚、
うまく表現できないけれど、わかってもらえるだろうか。
しかし、インターネットで検索すると、さも当然のように
「入居者様」という単語と「入居者様募集中」というフレーズが
溢れていて驚かされた、というのが私の本音である。
敬語として「尊敬語」「丁寧語」「謙譲語」とあるけれど、
違和感を感じたら、疑ってみるという癖がついているからか、
こんなことも、メモの対象になってしまった。(笑)
街中を歩くと、いろいろな言葉に出会う。
やっぱり、書くネタには困りそうもないな。



2014年11月12日(水)
葛城インターって言われてるんですよ

先週、職場の後輩たちと、久しぶりにゴルフに行ってきた。
年に1度でも、このコンペは回数を確実に重ね、今年は20回目の記念大会。
奮発して選んだコースは「葛城ゴルフ倶楽部・山名コース」
LPGA公認女子ゴルフトーナメント「ヤマハレディースオープン葛城」
で有名な、名門中の名門コースである。
どのゴルフ場よりも管理が行き届いていることを、いろいろな場面で感じ、
プレーヤーへのおもてなしの質の高さを実感した。
天気に恵まれ、同伴者にも恵まれたにも関わらず、私のスコアは
皆に紹介できるものではない、しかし商品はゲットして大満足。(汗)
久しぶりに、キャディさん付きのゴルフで、舞い上がったのか、
私は、プレーよりもキャディさんと話をしながら、芝生の上を散歩した、
そんな感じで、リラックスした1日となった。
さて、この日を思い出すには「葛城インターって言われてるんですよ」。
以前のアクセスは「東名高速道路・袋井ICから8km」だったが、
新東名高速道路が開通して「森・掛川IC」から3km・車で約5分」となり、
抜群の立地条件を背景に、東京や名古屋からの利用者も増えているようだ。
確かに、屋根付きの駐車場に、普段みないような高級車がズラリだったし、
「葛城ゴルフ倶楽部」のためのインターチェンジとも言えなくない。
インターチェンジの強みってこんなところにあるんだ、と理解した。
逆に、アクセスの悪い、山の中のゴルフ場は、これから大変だろうなぁ。

P.S.
実は「葛城インターチェンジ」は、奈良県葛城市・南阪奈道路に実在する。
私と同じ年齢のキャディさんに教えてあげれば良かったかなぁ。(笑)



2014年11月11日(火)
人は皆、何かを待ってる

映画「ターミナル」(スティーブン・スピルバーグ監督)から。
トム・ハンクス主演とあって、楽しみに観始めたら、
現実にはあり得そうもない話題なのに、実話のようにも感じ、
期待どおりの展開に、映画の面白さを実感した作品である。
舞台は、ニューヨークの空港。
彼は、到着したにも関わらず、ある事件がきっかけで、
アメリカへの入国を拒否され、空港内に住み着くことに・・。
「OK?」「OK!!」「プリーズ、プリーズ」程度の英語しかわからず、
意思疎通が出来なかったのに、いつしか、通訳が出来るまでに上達。
その裏には、空港内で出会った「さまざまな人々」の存在がある。
自分も、トム・ハンクスが体験している状況を想像してみたが、
待合のフロアに「YOSHINOYA 吉野家」の看板を見つけた時、
私なら、このコーナーへ飛び込むだろうなぁ、と思ったり、
不思議な体験をしながらの鑑賞となった。(笑)
彼の目的は「約束」を果たすこと、そしてその為には「待つ」。
諦めずにとことん「待つ」、それが最後には「奇跡」を起こし、
「運命」へと繋がっていく。
目的は「約束」、手段は「待つ」、人生、これに尽きる。
「待ちわびるだけの一生」は空しいとは限らない、
だって「人は皆、何かを待ってる」のだから。



2014年11月10日(月)
「涙いっぱい」より「鼻水たら〜」の演技に感激

NHK大河ドラマ「軍師 官兵衛」から。
今回は話の展開よりも、出演者の演技力に触れたい。
以前は、悲しい時に涙腺が緩み、しだいに涙がいっぱいになり、
感極まって、手で拭うのも忘れ、目から涙がこぼれ落ちる。
その演技を目にし自然に涙が溢れるなんて、さすが俳優さんだなぁ、と
感心していたが、もっと驚いたのは、鼻水を垂らしながら泣く演技。
振り返れば「もう官兵衛は死んだのだ」と泣き叫びながら、
小寺政職を演じていた、片岡鶴太郎さんの鼻からは、鼻水がたら〜。
愛する夫を殺されたと知って、静かに泣く妻・光(てる)を演じていた、
中谷美紀さんの鼻からも、鼻水がたら〜。
そして、右近の裏切り、妻の裏切りに悔しさを滲ませながら、
荒木村重を演じていた、田中哲司さんの鼻からも、鼻水がたら〜。
そして今回の「秀吉最期」のシーン。「秀吉」を演じた、竹中直人さんと
「官兵衛」(如水)を演じた、岡田准一さんの鼻からも、思いっきり垂れた。
今まで観続けてきた、NHK大河ドラマの放送で、
こんなにも俳優さんたちの鼻水をメモしたのは、私だけかもしれない。(汗)
しかし、ずっと画面を観ていて、1度も「汚い」と感じなかったし、
これまた、俳優さんたちの役になりきる真剣さが伝わってきた。
ここまでの演技だからこそ、毎回真剣に観てしまうんだな、きっと。



2014年11月09日(日)
聴き入っていた・聞き惚れていた・(我慢して)聴いていた

中学生時代を一緒に過ごした同級生で結成し、月に1度の練習を重ね、
町の芸術祭(発表の部)に参加し始めてから、9年目を迎えた。
今回の発表曲は「心の旅」と「家族になろうよ」り2曲。
今年は、個人のいろいろな都合で、当日参加できる人が少なく、
参加も危ぶまれたが、せっかく練習してきたんだから・・を理由に、
1年に1度の舞台に立った。
参加当初、観客を前に舞台で歌うだけで、足がガクガクしていたのに、
9回目を迎えると、舞台から観客の様子を伺う余裕が生まれ、
ランチを兼ねた打ち上げでは、その様子を私が皆に伝え、大爆笑になった。
「『心の旅』は、一緒に口ずさんでいる人もいたし、良かったんじゃない?」
「チューリッブの曲だし、知っている人も多かったしね」
この報告には、みなも頷いていたが、2曲目の「家族になろうよ」は、
ランチ会場に響くほどの笑い声が溢れた。(汗)
「福山雅治さん作詞作曲」で、テレビでも耳にする静かな曲だったし、
「歌詞を観客に聴かせるつもりで歌おうよ」と、直前のアドバイスを受け、
自分ではけっこう「しっとり」と、大人のムードで歌ったつもりなので、
「みんな、私たちの歌を聴き入っていたよ」と報告したからだ。(笑)
「ちょっと評価高すぎじゃない?」なんて言われ、さらに調子に乗って
「いや、聞き惚れていてかも・・」と言い直して、大爆笑となった。
「聞き入る」は、聞くことに集中して、じっと聞くの意味。
「聞き惚れる」は、聞いてうっとりする意で用いられる場合が多い。
そうか・・やっぱり「我慢して、聴いていたよ」くらいでよかったな。



2014年11月08日(土)
フラメンコは、スペイン全土の踊りではない。

講師「角田哲康氏」(日本大学国際関係学部教授) 
演題「文化的モザイク、スペイン」から。
昨年も聴講した「角田先生のスペイン講座」、実に面白い。
今回は「スペインと言えば・・フラメンコ」について、
深く掘り下げて話していただいた。
意外と言うべきなのか、私が知らなかったと言うべきなのか、
「フラメンコは、スペイン全土の踊りではない」が
印象に残った。
フラメンコは「アンダルシア地方(スペインの南部)の踊り」。
だから、スペイン人全員が踊れるというわけではないらしい。
日本でいえば、四国の「阿波踊り」や「よさこい」などが、
日本を代表する踊りとして、全世界に紹介されているのと同じ。
そして「なぜ、日本人はフラメンコが好きなのか」に迫り、
「哀愁を帯びている、日本の演歌との共通点」と語った。
さらに「日本とスペインは、辺境の文化」と位置付けて、
いろいろな情報が、中央から伝わってくる波紋が共通している」
そんな説明を受けて、妙に納得してしまった。
まだまだ、引き出しがいっぱいありそうな彼の「スペイン紹介」。
来年も是非、聴いてみたいなぁ。



2014年11月07日(金)
今日、あなたはリンゴの木を植える。

映画「北のカナリアたち」(阪本順治監督)から。
吉永小百合さんは好きな女優だけれど、
ちょっと20年の年月を遡るには無理があった気がする。(涙)
日本最北の島で教師として教えた子どもたちも、
当然のように配役が違うのだから、吉永小百合さん似の
若手俳優を起用してもよかったのに・・とちょっと残念だった。
しかし、そんなことでこの映画を思い出すのも辛いので、
どこかの映画でも引用されているかもしれないが、
「今日、あなたはリンゴの木を植える」を残そうと思う。
このフレーズ、本来はもう少し長い。
「ある人がこう言ったんだ。もし明日、世界が滅びるとしても、
今日、あなたはリンゴの木を植える。
今できることを、今やりなさい、後悔しないために。」
この最後のフレーズを引き出すための例えだろうが、
何故、それが「リンゴ」なのかは不明のまま、
しかし文字にすると、禅問答のようで意外と面白かった。
それを受けてか、生島役の勝地涼さんと、
結花役の宮崎あおいさんが再会するシーンにも使われる。
「これリンゴの木じゃないか?」「じゃない」
う〜ん、よくわからない、この使われ方。(笑)
だからこそ、インパクトが残ったのかなぁ、このフレーズ。



2014年11月06日(木)
坊やの催眠術なんかにかかるわけないじゃん

書籍「幸福な生活」(百田尚樹著・祥伝社文庫刊・337頁)から。
19話のショートショート作品、物語のオチは、
必ず一枚ページを捲って、ワンフレーズのみとなっている。
インパクトがあればあるほど、書き出したその一言で、
物語全体を思い出すことが出来るから不思議だ。
気になる一言は、その中の1つ。
「仕方ないから、いっしょに埋めちゃったのよ」
「見たな」「ひろし〜」「奥さんのもう一つの人格ですよ」
「連続婦女暴行犯です」「できちゃったの」
「あの時のチンピラじゃない!」
「何かの間違いで、虎の尾を踏んじまったんだろう」
「私の顔、好きでしょ?」「今朝、亡くなったらしいよ」
「純子!」「宇宙人の話って何のこと?」「それでは、ごめんあそばせ」
「伝説の怪物プロレスラーがこんなところに!」「出張ソープ嬢だよ」
「この手口、五年前にも引っかかったよ」「子どものパンツじゃないか」
「坊やの催眠術なんかにかかるわけないじゃん」
「それ以来、ずっと植物状態なんですね」
若い頃に夢中になった「星新一のショートショート」を思い出した。
「落語」とも同じ感覚の「オチ」、私の好み、間違いない。
しかし・・オチが判らなかった作品が数点ある。
う〜ん、判らない作品の方が、気になるなぁ、私の場合。



2014年11月05日(水)
「動くから食べる」から「食べるから動く」へ

「日本大学国際関係学部・市民公開講座(平成26年度下期)」
今回の統一テーマは「食から考える健康ライフ」
講師「境医院内科医 日本糖尿病学会認定糖尿病専門医 境俊光氏」
演題「糖尿病と食事について」から。
「糖尿病」について、意外と知っているようで知らなかった、が
講演後も、私の感想である。
一度、糖尿病になったら治らず、失明など大変なことになる、
そんな知識が先行して、患ったら進行は止められない、
そう思い込んでいた。
しかし「糖尿病は食事と運動だけでコントロールできる」と知った。
あとは「必要に応じて、薬と上手に付き合う」のが大事と語り、
「治療が強まれば強まるほど、よくならない病気」と言い切った。
ただ、食事のコントロールは、みんな自分に甘いから、
なかなかできない、だから、進行してしまうということだろうか。
医者は「食べることに対する、患者の姿勢をみている」
「食べてもいいけど、食べないコントロールが出来るがどうか」
「食べられるけど、食べるのを止められるか、という姿勢があるか」
要は「三食以外をしっかりコントロールできるかどうか」。
また「しっかり歩く時間をつくれるかどうか」も大事な考え方だ。
一言でいえば「『動くから食べる』から『食べるから動く』へ」だな。



2014年11月04日(火)
家族旅行は、団体旅行のひとつ

「おばあちゃんと行く! 『神戸タウンと六甲山』」を振り返り、
「楽しかったね」で終わらせることなく、また次回へ続けるために
気付いた事をメモしておこうと思う。
参加した家族のそれぞれが、それぞれの気遣いで、母親(祖母)に接し、
声を掛けてくれている光景は、今回の企画意図どおりで嬉しかった。
しかし、家族だから・・という理由で、ルーズになる部分もある。
「お昼は何にしようか?」「なんでも・・」
「どこに行こうか?」「どこでも・・」
「主役の母(祖母)が、喜ぶところを」という気持ちは伝わるが、
誰かが判断し、メンバーに指示しなければ、こういうものは決まらない。
つまらないてところで「時間のロス」が発生することを私は避けたい。
だから敢えて「家族旅行は、団体旅行のひとつ」を一言に残そうと思う。
小さい頃から「(体育会系の)団体行動」に慣れているためか、
家族旅行とはいえ、そうした「リーダー」が必要なことは理解している。
また「集合時間5分前」という時間厳守も、チームの和を乱すから・・と
先輩方にこっぴどく叱られたが、今になってその意味がわかってきた。
「何かの事情で遅れるなら、遅れてきて言い訳をするのではなく、
遅れる前に『〜分くらい遅れそうです』と誰かに連絡をしろよ、
事情も判らず、心配している人たちのことを考えろ」と叱られた。
今回の家族旅行でも、私は誰に対しても「時間には厳しかった」と思う。
それは、今回の主役、母に対しても・・・。(汗)
「早すぎず、遅すぎず集合するには、あなたの段取力が試されている」
以前読んだ本に書かれていたことが、頭に浮かんだ、そうなんだよなぁ。



2014年11月03日(月)
地元新聞の投稿欄は、私の生存報告欄

先勝末に開催された「秋のみどりまつり」会場でのこと。
久しぶりに会う人たち数人から同じことを言われて、ドキッとした。
「元気でしたか?、最近、投稿がないから心配していたんですよ」。
ネットの世界とはかけ離れた生活をしている高齢者たちが、
会場内で私をみつけ、わざわざ近寄ってきて「元気でしたか?」。
これには、正直、驚いた。
毎朝、地元新聞の投稿欄で、私の名前がないか、を探すと言う。
そう言えば、最近、旅行先の新聞紙に投稿したりしていて、
地元紙には投稿してなかったな、と反省しながらも、
「私の新聞ではないので・・」と言い訳をしたら、
「あの投稿欄に、自分の知り合いの名前が掲載されるだけで、
私(俺)、この人と仲いいよ」と自慢できるらしい。(汗)
「まぁ、皆さんに忘れられない程度に投稿しますから、
掲載されたら、その時は、この人とすご〜く仲がいいんだと、
自慢してください。(笑)」と言って別れた。
前回の掲載から、たった数ヶ月のことなのに、
病気になったとでも思っていたのだろうか。
でも、こんなにも私の拙い文章を楽しみにしている方がいることを知り、
「私は生きてます」という近況報告のつもりで、続けようと思った。
新聞社の方には、そんな使い方で申し訳ないけど、
「地元新聞の投稿欄は、私の生存報告欄」を一言にしたい。

P.S.
10月31日、神戸旅行に出かける朝、数日前に投稿した内容が掲載された。
きっと「あの時、私(俺)が言ったからだ・・」と思うんだろうな。
そう言えば、今日も歩いていたら別の人から「見たよ」と声を掛けられた。
恐るべし、地元新聞社の投稿欄。(笑)



2014年11月02日(日)
(手帳は)自分にとっての精神的安定剤

(三島・新神戸間のひかり号往復で読み終えたが、メモが多かったので)
書籍「人生を変える『習慣』の力」(齋藤孝著・成美文庫刊・237頁)から。
なんでも「習慣」にすることで、知らず知らずに
自分の体の中の意識が変わっていくことを、
いろいろな例えで紹介してあり、とても参考になった。
時間に追われないようにするために「ストップウォッチ」を
持ち歩き、時間という単位を体に叩き込むことや、
ダイエットのために何かをするというのではなく、
「1日1回 体重計に乗るだけ」という行動の繰り返しが、
「食べ過ぎないように」とか「ちょっと身体を動かそう」と
意識が変わり、結果として自然にカロリー摂取が抑えられる。
そんな説明が、私の生活と重なってメモをした。
その中で、私が選んだのは「1日手帳を10回見る」という習慣。
1日に何回も開くことは、意識を変えることを目標としている。
「日1日、今週1週間の自分の予定のすべてが、
パッとひと目見ただけでわかります。必然的に、どのように
この1週間を乗り切るか、ある程度の目算も立ってきます」
そして「持っているだけ、見ているだけで、落ち着ける
『自分にとっての精神的安定剤』のようなアイテムを持っていると、
日常のストレスを減らしてくれます」
私が手帳にこだわっている理由を、的確に表現していて嬉しかった。
彼は「手帳2年分を持ち歩く」と言うが、私はそこまでは(汗)。
まだまだ、上がいるなぁ、本当に勉強になりました。



2014年11月01日(土)
私はあれが、一番不思議でしょうがない

母親80歳(傘寿)のお祝い家族旅行。(妹家族も含め2家族合同企画)
行き先は、旅行好きの母親が「まだ行った事がない」という神戸。
孫が作ったオリジナルパンフレットのテーマは、
「おばあちゃんと行く! 『神戸タウンと六甲山』」
随所随所にサプライズ企画を配し、母が驚き、喜ぶ顔が溢れたが、
帰りの新幹線で横に座り「何が一番印象に残った?」と訊いたら、
「家族みんなにお祝いされて嬉しかった」と真っ先に口にした後、
「私はあれが、一番不思議でしょうがない」と付け加えた。
詳しく話を聴けば「六甲山ホテル」から眺めた「神戸の夜景」が、
靄・霧・雲などの自然現象で隠れ、見えたり、見えなかったりしたこと。
何度も繰り返されるその光景は、母の好奇心をくすぐったらしく、
「誰かが、操作しているのかね?」と最後まで驚きを隠さなかった。(笑)
いくら説明しても「そんなものかね、不思議だねぇ」と疑っているので
「ホテルの人がお祝いに企画してくれたんじゃないの?」と答えたり、
「神戸市民に、何時になったら電気を消してと頼んでおいたんだよ」と
ふざけて答えていたら、本気にしそうになったので、取消した。
80歳になったというのに、神戸の街をスタスタと歩く母の元気は、
たぶん、私以上の好奇心の旺盛さだと実感。
久しぶりに、母と一緒に過ごした2日間は、想い出に残る旅となった。
心配された天気も、傘をさす機会もほとんどなく快適に過ごせたのは、
天国から父親が見守っていてくれたから・・と本気に考えている母。
う〜ん、歳を重ねて、可愛くなったな・・