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2004年08月31日(火)
「オリンピック選手」より「わが子」の帰国

8月24日から8日間、美大の先生が同行してくれる
「海外美術講座2004」に娘が参加し、今日パリから帰国した。
彼女にとっては、初めての海外、初めての飛行機、
初めてづくしの経験である。
どんなに変わったのか見たくて(本当は到着まで心配で)
突然だけれど、成田まで迎えに行くことにした。
しかし8月の月末、空港は帰国の人たちで溢れ、
さらにアテネ・オリンピック閉会式に参加した選手たちが
同時刻に帰国するとあって、到着ロビーは報道陣だらけ。
彼らはAゾーン、娘たちはBゾーンから出てくる。
私もミーハーだから、室伏選手や浜口選手たちが見たくて、
時間ギリギリまでAゾーンで待機。
しかし彼らはなかなか現れず、写真撮影を断念しBゾーンへ。
結局、娘の元気な姿を見つけて「おかえり」と声を掛け、
「あとは友達と帰っておいで」と空港で別れた。
その後、数時間後に東京のアパートで再会し、
土産話を聞きながら食事をして、我家に戻ってきた。
帰宅後、テレビで観た、オリンピック選手帰国のシーン、
こんなこともあるんだなぁ、とひとりで笑いをこらえながら
記録として、気になる一言にした。
何年後かに、思い出すために・・



2004年08月30日(月)
悔しくないと言ったら、嘘になります

アテネ・オリンピックを振り返ってみて、
いろいろな台詞が、私の気になる一言にも登場した。
(すみません、どうしても旬なネタなもので・・)
特に私の注目は、勝った人たちのメッセージより、
負けた人たちの気持ちであった。
過激なインタビューに対して「悔いはありません」
「ここまでくれば満足です」と答えるよりも、
競泳女子の田中雅美選手のように
「悔しい」と涙をいっぱい流しながら呟いた台詞が
私には、とても心に残ったから、気になる一言。
しかし人間だから、のど元過ぎれば・・の例えのごとく、
その「悔しさ」もだんだん薄れていくに違いない。
ただ今回の試合後に実感した「悔しい」という想いだけで、
あと四年間続けるには、それなりの気持ちの切り替え方が
必要となるであろう。
四年間は短いようで長い。私には出来そうもない年月。
だから敗者のこれからの身の振り方がとても気になる、
「アテネ・オリンピック、その後」である。
私達は、オリンピックで感動を与えていただいたのだから、
彼らが競技を引退するまで、応援し続ける気持ちを持ちたい。
それが私たちに出来るお返しだから・・。



2004年08月29日(日)
1日1話/日付けへのこだわり

NHK大河ドラマ『新選組!』は、
アテネ・オリンピックの陰に隠れてしまっているが、
今、観るたびに涙が溢れる展開になって私は困っている。
最近気付いたが、どうして今回の大河ドラマが
今までになくこんなに身近に感じるのか、不思議であった。
その答えをインターネットのホームページで見つけた時、
思わず、嬉しくなったので、ご紹介。
普通、歴史ドラマは、一話の中で何年も過ぎていく。
時代背景を理解するにも、一番オーソドックスな流れである。
しかし今回は、一日一話が基本となっている。
放送回数が全49回あることから
「近藤勇の人生に影響を与えた49日をピックアップして、
順に描いていく」という方法を選んだ、三谷幸喜さんの
こだわりによるものだと知って、とても可笑しかった。
(今回は、本妻とお妾さんがはち合わせをした日?(笑))
私も、一日ワンフレーズにこだわっている。
メモの分だけ「気になる一言」は書きたいのだけれど、
そこを敢えて書かずに、
一日のうちで一番インパクトのある台詞を取り上げてきた。
だからこそ、選んだ一言が生きてくるのだと思う。
大河ドラマも、もう後半戦。
絶頂期を過ぎた彼らが、どう変わっていくのか、
ますます目が離せなくなってきた。
さて今回はフレーズのみで失礼「それはガキの言う言葉だ」。



2004年08月28日(土)
エキストラの基本は「待ち続けること」

久しぶりのお誘いに、思わずメールで参加の意思表示。
土曜日ということもあって、前日の金曜日からそわそわ。
今回の役柄は、離島の島民。
麦藁帽子やタオルなど、自分なりのイメージで服装を考える。
「エキストラの楽しみは、前日のコスプレ」
そう言い切ってもいいほど、私の楽しい時間帯であるから。
さて当日、台風情報を聴きながら、7時には家を出た。
それから9時間、撮影スタッフから声がかからず、
ただただ待ち続けた私の気付きが、気になる一言。
何もせず「ロケ弁」を食べ、何もせず「雑談」(笑)。
本当にこれでいいのだろうか?と考えていたところ、
本物の役者さんが、私たちに声を掛けてくれた。
「役者って、待つことが仕事ですから。
別に気にしなくてもいいですよ」と笑いながら・・。
私は、ハッとさせられた。
エキストラとして参加したからには、
たとえ一度も出番がなくても、心から「お疲れさま」と言い、
「また機会があったら誘って」とスタッフに声を掛けたい。
何もしないで時間を過ごす、という経験。
今の世の中、したくてもなかなか出来ることではない。
もしかしたらこれが「エキストラの醍醐味」かも・・。
「待つことの楽しさ」を教えていただいた1日だった。
本当に心からそう思えたから、若い頃の短気な私から
だいぶ成長したなぁ、と嬉しくなったことを付け加えておく。

PS.
最後、出演機会を与えていただき、撮影スタッフに感謝です。



2004年08月27日(金)
夏休みの宿題は「オリンピックを見なさい」

アテネ・オリンピックも夏休みも、もうすぐ終わる。
この時期、私の職場にも統計とか自由研究などで、
多くの子供たちが窓口に訪れるけれど、どんなものだろう。
せっかく、いろいろな感動を与えてくれるスポーツの祭典が、
この夏休みに開催されるのだから、
それを題材に宿題を出すほうが、子供たちもやり易いはず。
勿論、家族みんなでテーマを決めて・・が理想だけれど。
私たち大人はは私たちなりの感じ方で、寝不足と戦った。
きっと子供たちは子供たちなりに、何かを感じたに違いない。
だからこそ、4年に一度の夏休みくらい、
オリンピックを見て感じたことをまとめなさい、という
宿題だけでもよかったのに・・とも思う。
みんな共通の話題で、こだわるものが違う。
それは、どんな視点でも構わない。
「なぜ個人競技ばかりが金メダルなんだろう」とか
「33個目のメダルが3位の銅メダル、長嶋ジャパンの3」とか。
日本語でも、英語でも、手話でも・・。
是非4年後は、そんな夏休みの宿題を望みたい一人である。



2004年08月26日(木)
二の腕が振り袖になってたよ

ちょっと遅くから飲みはじめた飲み会は、
気が付いたら、あっと言う間に午前様。
それだけ楽しかった、と言うことなんだけれど。
初対面の人もあり、もう少し緊張するかな、と思ったが
リラックスして飲み過ぎてしまった。
食べながら、飲みながら、話題が「ダンス」になった時、
「阿波踊り」からわが町の「オリジナルダンス」まで
レベルの違いはあるけれど、普段着ることがない衣装を
身にまとう快感みたいな話になった。
私ももう少し酔っていたら、踊り出していたかも。(笑)
歳を重ねると、なかなか皮膚を露出する衣装に抵抗を感じる。
そう思っていたから意外な感想だった。
両手を水平に開いて挙げる動きの写真を見ながら、
「こんな歳になっても、私は元気。
みてみて・・ほら、二の腕が振り袖になってたよ」と・・・。
なるほど、そんな表現があるのか・・と大笑いし、
おもわずメモしたのは言うまでもない。
歳を重ねると、筋肉がたるんでくる。それは仕方がない。
それを恥ずかしいとするのではなく、アッケラカンと
「振り袖」と使ったタイミングは絶妙だった。
今回の飲み会を思い出すには、これだな・・
きっと何年経っても忘れることがないキーワード。
そんな感じがする。



2004年08月25日(水)
「考えている」と「やる」は百倍違うからね

ラジオ人生相談のアドバイスだった。
相談者は、恋愛コンプレックスの女性。
なかなか本当の恋愛ができないのですが・・と
真剣に悩んでいる様子。
そんな彼女に「あなたは素敵な女性になるために
あれもやってみたい、これもやってみたい、
と考えているが、実際は何もしてないじゃないですか」
と厳しいお言葉。
「失敗してもいいから、やってみること」
その経験があなたを磨き、魅力的な女性になっていく。
そうすれば、自然にあなたに相応しい男性が現われますよ、
そんなことを言ったと思う。(運転中でメモがとれず)
そして最後に、相談者の彼女だけでなく
視聴者の私のアンテナにも響いた台詞が、気になる一言。
「百倍違う」と言い切ったところに、心が動いた。
「もの凄く差があるよ」と表現するよりも、
「百倍違うよ」の方がインパクトがあることも気付いた。
数字での説得力、面白いものである。



2004年08月24日(火)
「しかない」野口、「でもいい」土佐・坂本

アテネ・オリンピック、女子マラソンのレース後
三人の金メダルへのこだわりを、
スポーツ新聞「スポニチ」がうまくまとめていた。
そのこだわりこそが、今回のレース、
それぞれの結果に結びついたと言っても過言ではない。
まさしく「なるほどなぁ」である。
自分を自分で追い詰めることの大切さを知った気がする。
4年前の女子柔道・田村選手(現・谷選手)の
「最低でも金、最高でも金」のフレーズが重なった。
私たちはついつい失敗や、負けた時を考えて、
「出来ることなら、こうしたい」ということが多い。
しかし想いが弱いと、相手にもその想いは伝わらない。
何が何でも、死に物狂いで・・そんな言葉ほど、
その想いが伝わってくるのではないだろうか。
「金メダルしかない」そう思って臨んだ野口選手、
誰よりも、金メダルへのこだわりを感じたレースだった。
さて、宇津木ジャパンは?、長嶋ジャパンは?



2004年08月23日(月)
25キロ過ぎからラストスパートしろ

またまたアテネ・オリンッピック。
女子マラソン・野口みずき選手の金メダルに
多くの人が、寝不足になったに違いない。
「幸せです」「頑張ってきてよかった」
そんな台詞が、テレビの前で応援していた人の
心に残ったと思う。
しかし私は、コーチが彼女にアドバイスした台詞。
42.195キロのマラソンで、25キロ過ぎから・・と
ラストスパートを指示した感覚に驚いた。
まだ、中間点とも思える距離での指示である。
しかし、この一言が今回の優勝を決めたといっても
過言ではないのではないか。
人生をマラソンに例えて話す人がいるけれど、
コーチは、40歳代からラストスパートを指示したことになる。
ここで人生の勝負を掛けろ、と。
さて自分の人生にダフらせてみよう。
40歳過ぎ、人生のラストスパートを掛ける余裕と
優勝を信じて力を蓄えているエネルギーが
残っているだろうか。
レース前、野口さんにとってマラソンとは?の問いに
彼女は「一人で走るんですけれど、一人じゃないんです」
とニコニコしながら答えた。
これまた人生と同じである。
「一人で生きるんですけれど、一人じゃないんです」
ねっ!素敵な台詞でしょ。



2004年08月22日(日)
素人の100キロマラソンより、鍛えた人たちの42.195キロ

寝不足になりながらも、アテネオリンピツクの
選手コメントに、一喜一憂しながら、毎日のように
心を揺さぶられている私がいる。
その根底には「筋書きのないドラマ」が存在する。
血のにじむ努力によって、夢が叶った選手、
努力をしても、もう一歩で夢が叶わなかった選手。
その長い間の努力に対して、私達は感動を覚える。
同じ日、テレビ番組では「24時間、愛は地球を救う」を
放映していたが、こちらはある程度「筋書きのあるドラマ」。
その「感動」には、だいぶ差があるように感じる。
以前にも書いたが、番組出演者が画面の中で涙を流し、
視聴者の私達が、ちょっと冷めた目で見ているという
変わった図式が存在している気がもする。
「感動」「感激」は決して、押し売りで感じるものではない。
そう思ったのは私だけではないと思う。
長く続いている番組としては、評価しているが、
今回だけは、ちょっとタイミングが悪かったかな、と感じた。
「筋書きのあるドラマ」より「筋書きのないドラマ」、
もうすぐ、アテネオリンピック・女子マラソンが始まる。



2004年08月21日(土)
ミス清水町は来ないの?

浜松で開催されている、国際園芸博覧会(通称・浜名湖花博)
には、静岡県下の自治体が、ステージとブースを利用し、
町のPRに利用できる日が設定されている。
静岡県民の日、8月21日は「清水町の日」であった。
わが町は出来たてホヤホヤの「オリジナルダンス」披露と
幼児から高齢者まで総勢60人の「湧水太鼓」の演奏。
ブースでは、特産品を中心に売ることになっている。
私は観光部門も担当している係なので、皆より早く出発し、
特産品売り場を設営している時だった。
会場スタッフ内では「自治体マニア」と呼ばれる高齢者が
私の傍に寄って来て、こう呟いた。だから、気になる一言。
男女共同参画等の関連で「ミスコンテスト」などはしないよ、
他の自治体でも、当然そうだと思っていたら、そう答えた。
しかし彼は、自治体マニアの名に相応しく
多くの「ミス○○」の写真を作業している私に見せながら
「これがどこどこのミス○○」と丁寧に説明し始めた。
私も忙しかったので「本当は、私がミス清水町なんです」と
冗談で追い返そうとしたら「ふ〜ん・・そうなんだ」と
頷かれた時は、さすがに参った。(笑)
私の驚きは、まだまだ「ミス○○」が多くいることだった。
町のPRには欠かせない要素なのかもしれないな、と
打ち上げで飲んだ時に話題になったのも事実。
「ミス○○」の存在よりも、インパクトのある服装、
そんなものが必要なのかな、とも思いはじめた。
是非、他のまちのPR方法、参考にしたい。



2004年08月20日(金)
メダルにも届かず 重圧でもろさ露呈

連日のアテネオリンピック話題だけれど、
やはり柔道の井上康生選手に対する非情とも思える
某新聞の見出しを、気になる一言としてみた。
「負けた後、すぐのインタビューは正直、辛いです」
卓球の福原愛選手も、こう言っていた。
私は、夢を叶えることが出来なかった選手には
全員に「お疲れさま」の見出しを付けてあげたいと思う。
それを追い打ちを掛けるように、負けた原因を特集し、
冒頭の見出しが、負けてうなだれる写真の横に
特大の字で配置するなんて、本人が見たら辛すぎる。
特に私が気になったのは「メダルにも」の「にも」。
「メダルに届かず」と「メダルにも届かず」では
言葉のインパクトが違うのではないか、と感じたから。
試合前に「祝勝会の会場を押さえたから」と伝言される、
「優勝おめでとう、の垂れ幕もできたから」とも。
重圧を掛けたのは、周りの人たちであるのに
そんな彼らを批判するのではなく「重圧でもろさ露呈」と
表現するのは理解できない。
水泳の田中雅美選手などに対する扱いも同じである。
彼ら、彼女らの心の痛みを自分の痛みとして感じられる
応援の仕方をしたいものである。




2004年08月19日(木)
バルセロナの岩崎恭子にはさせません

毎日、素敵な言葉で溢れる、アテネオリンピック。
勝っても負けても、心を動かされる台詞が
私のメモ帳を、真っ黒にしてくれる。
読者も、自分のアンテナに引っかかったフレーズが
きっとあるはずである。
そんな中、ちょっとがっかりしたのが、
水泳・北島康介選手の関係者が試合前に答えた台詞。
世界記録保持者ハンセン選手と、北島選手の間に
割って入った、ハンガリーの15歳の新鋭ジュルタ選手。
彼の存在について語ったもの。
もちろん、関係者の気持ちはわかるし、意味も通じる。
だけど、やっぱりな・・が私の感想であった。
例えとして、もう少し配慮すべきではないだろうか。
頑張っているのは、今活躍している選手だけではない。
岩崎恭子さんだって、死にものぐるいで努力したはず。
彼女は、今、水泳競技の解説者として
彼女にしかわからない感覚、彼女らしい言葉で
テレビの前の私たちに伝えてくれていると思う。
冒頭の台詞、彼女が聞いたらどう思うのか、
固有名詞を出すのであれば、気を付けて使って欲しい。
そんなことを感じたインタビューであった。



2004年08月18日(水)
「日々精進」ではなく「日々笑進」

いいですねぇ、いつでも笑っているような顔で・・
私がよく言われる台詞である。
「お葬式には似合わない顔だね」とも。
野球マンガ「ドカベン」(水島新司画)に出てきた
「微笑三太郎(ほほえみさんたろう)」を見て、
なんとなく親近感を覚えたのは、ずっと昔である。
飄々とした物腰でサクッと長打をぶちかます様は
正に明訓のクリーンナップに相応しいと評判だった。
なんと、同漫画「プロ野球編」では、ジャイアンツに入団。
MVPまで獲得しているのである。
その原動力は「日々笑進」ではないかと思う。
この四字熟語、たしかテレビで見た時、メモをした。
番組名を忘れたけれど、一発で私のお気に入りに仲間入りをし、
色紙には「日々笑進」って書こうって決めている。
まだ、そのチャンスがないけれど、いつの日か・・。

以前、紹介した「笑顔について」再掲したいと思う。

■「笑顔について」■
元手が入らない、しかも利益は莫大。
与えても減らず、与えられたものは豊かになる。
一瞬間見せれば、その記憶は永久に続くことがある。
どんな金持ちでも、これなしでは暮らせない。
どんな貧乏人も、これによって豊かになる。
家庭に幸福を、商売に善意をもたらす友情の愛の言葉。
疲れた者にとっては休養、失意の人にとっては光明、
悲しむ者にとっては太陽、
悩める者にとっては自然の解毒剤となる。
買うことも、強要することも、盗むこともできない。
無償で与えて初めて値打ちが出る。



2004年08月17日(火)
そんなキレイごとじゃないです

オリンピックのインタビューは、負けても勝っても
私にとっては、気になる一言の宝庫。
(飲んで帰ると、コメントに時差があるけれど・・(笑))
今回は、既に4回戦に進んだ卓球、福原愛選手が
2回戦、オリンピック初勝利のインタビューで
「勝って、自信になりましか?」と聞かれて、答えた台詞。
お決まりの質問で、お決まりの答え「はい」
を期待していたところ、意に反して冒頭の一言。
インタビューした人が絶句、会話が続かなかった。
15歳らしい、素直な受け答えだと、思わずメモをした。
オリンピックで、フルセットの末、一勝したくらいで
自信がつくようなことはありませんよ、
そんな簡単に「自信」なんてつくものじゃありません。
そんな言葉が、私の頭の中で浮かんできた。
たぶん、オリンピックで金メダルをとっても、
彼女にとって、真の「自信」に繋がるかは疑問である。
もう少し、選手たちが聞いて欲しい質問を考えて、
それぞれの種目、それぞれのタイミングで変えて欲しい。
オリンピックで勝つことで「自信」がつくのなら、
負けた選手は「自信喪失」かといえば、そうでもない。
負けたからこそ気付いたこともある。
そんなことを考えさせてくれた、
愛ちゃんのとびっきり素敵な台詞であったと思う。



2004年08月16日(月)
お祭りに飲みに行こうよ

妻からのメールである。
仕事を終え、明日のイベントの段取りを考えていたら
「今日は早く帰れる?」と携帯メール。
「うん、たぶん・・どうかした?」と返信。
そのまた彼女からの返信が、今日の気になる一言。
自分が学生の頃から娘が小さい頃までは、
よく出かけた三島のお祭りも、ここ数年は御無沙汰。
仕事の一環で、昼間に「農兵節」のパレードに参加する程度。
シャギリと出店(露天商)が特徴のお祭りは、
30歳代後半の頃の私には、とてもつまらないものに感じていた。
何もわざわざ混んでいるところへ行くこともない、
家で横になっていた方がいい、そんなことを感じた時期でもある。
しかし今回「飲みにいこうよ」の台詞に負けて、
夫婦でいろいろ話しながら、歩いていくことに・・。
約束通り、駅前の中華料理店で、一品料理を摘みながらビール。
こんなことは、何年ぶりだろう・・それにしても食べ過ぎた。
腹こなしに露天見物と相成ったが、予想外に面白かった。
最近は、どんな新しい夜店があるんだろう、と夢中になれた。
あれほど、人込みが疲れる、面倒くさいと思ったお祭りが、
娘も上京していないにも関わらず、
40歳代後半になったからだろうか、夫婦のみのお祭り見物も
悪くないな、と思えたから不思議としか言いようがない。
子育てをほとんど終えた夫婦の楽しみ方、
ひとつ増えた気がする。



2004年08月15日(日)
田村で金、谷でも金

そう誓って臨んだアテネで、柔道女子48キロ級の谷亮子選手が
オリンピック連覇の金字塔を打ち立てた。
新聞はこぞって「直前の大けがをはね返しての快挙。
逆境の中で、谷選手を支えてきた夫や両親が会場で見守った」と
その家族の協力にもスポットをあてていた。
試合後、スタンドから「足、大丈夫か」と心配する夫の声に、
あまり涙を見せることのない彼女が、ボロボロと泣いた。
シドニーでは「最低でも金、最高でも金」を実現し、
今回のアテネでは「田村で金、谷でも金」を自分のものとした。
この台詞、見方を変えると「夫婦別姓」論になるから面白い。
世界で名の知られている「田村亮子」が結婚を機に
「谷亮子」となって望んだオリンピック。
結婚したから(名前が変わったから)負けた、と言われたくない。
そんな想いが、画面から伝わってきたのは私だけだろうか。
今回の金メダル、一番嬉しかったのは、夫であることは間違いない。
「谷亮子で金メダルが取れたのが一番嬉しい」
夫への思いやりを感じた台詞だった気がする。



2004年08月14日(土)
ホームラン、ホームラン、桑田

昨日の快勝が嘘のように、残塁の山。
多くのダブルプレーで、チャンスを潰してしまった
ジャイアンツ。(ナベツネ、辞任の影響か?(笑))
ライト外野の応援団も、ちぐはぐだった。
投手の桑田選手に、打者としてホームランを期待する声は
確かにあるだろうけれど、さすがに応援は
「かっとばせ、かっとばせ、桑田」くらいが妥当だろう。
応援通の私の相棒は「嘘だろ〜、なに考えてんだよぉ」と呟き、
この応援のフレーズに驚いていた。だから、気になる一言。
初めて、ライト外野応援団の指揮をとっていたようだから、
彼の一所懸命さにこのミスも許せるけれど、
私の視点は、先輩応援団が試合後に、ちゃんと指摘し、
ピッチャーにホームランを期待するようなサイン(応援)を
二度と出さないように注意できるかであった。
私達のように、ライト外野での応援を楽しみに
年に何度も東京ドームへ向かう人たちがいることを知り、
応援の構成、応援のタイミングなどをもっと研究して欲しい。
そして、う〜ん、なるほど・・と思わせてくれる、
応援のフレーズを楽しみに、明日も東京ドームへ向かう。
今季初の3連戦観戦である。



2004年08月13日(金)
今回、女性の旗手が多くなりましたねぇ〜

アテネオリンピックの開会式を、
東京ドーム(巨人対横浜戦)から立ち寄った娘の部屋で、
眠たい目を擦りながら、うつらうつらして観ていた。
最初の驚きは、シドニーからもう4年もたった、という事実。
開会式の演出に感動したことが昨日のように思い出される。
だから、4年前の開会式もしっかり覚えている。
前回と今回の開会式、その違いを私は、
日本選手団のコスチュームと
参加国の旗手を務める男女の比率で記憶することにした。
テレビ解説者がボソッと呟いた台詞が、今回の気になる一言。
各国の先頭を飾る旗が軽くなったのだろうか。
それにしても、今回は驚くほど、女性の旗手が多かったと思う。
日本だけではなさそうな傾向であるから、また面白い。
さらに日本選手団は、初めて男性より女性のほうが多いらしい。
そんな話題を、マスコミでも紹介していたからだろうか。
こんなところでも「女性が元気」というフレーズが
私の周りから離れないで困った。
スポーツの世界だけではなく、いろいろな場面で、
女性が「旗手」役を務めることになりそうな予感がする。
もしかしたら、こういった小さな積み重ねが、
男女共同参画実現に向けた動きになるのかもしれない。
出来るだけ、支援していきたい流れである。



2004年08月12日(木)
とにかく私は承服しかねる

NHK大河ドラマ「新撰組!」から、続けてもう一言。
謀反を企てようとした新撰組内の仲間を、
他の隊員の見せしめに切腹にさせようとする土方歳三に対し、 
山南敬助が、はっきり反対するシーンで使われた台詞。
さらに「いまさら波風を立てていいことなど何もない」と
続けた。
『承服』とは、相手の言うことを承知してそれに従うこと。
しかし使われ方は「とても―しかねる」など否定的な場面。
「あなたの意見に承服します」という言い方は
あまり聴いたことがない。
ただ「承知もしないし、従いもしない」のか
「承知はしたけれど、従わない」のかは、定かではないが・・。
「誰がなんと言っても、私は反対!!」とは違う、
ちょっと重みがある反対の態度となる。
さらに、短い反対理由をつければ完璧であろう。
自分の意見として、反対の意思表示をする時、
相手がどんな反応を示すのか、関心があるから、
是非、タイミングよく使ってみたい、と思う。
さて、使う機会はあるだろうか。



2004年08月11日(水)
おまんのやりたいことはなんぜよ

週末はイベントだったのでビデオ録画ですが、
久しぶりのNHK大河ドラマ「新撰組!」から。
坂本龍馬が、新選組総長・山南敬助に聞くシーンの台詞。
「仲間内の争いに終始している。そんな自分がつくづく嫌になった」
と呟く山南にはズシリときた問いかけだったに違いない。
しかし、明快な答えが出来なかった彼。
場面は違うが、大島吉之助(=後の西郷隆盛)が
坂本龍馬に同じようなことを聞いた。
台詞は「おはんは何がしたいとな?」だったと思う。
彼は即座に「そうやにぁ、とりあえず・・
今、将軍家の周りにいる奴はお役御免にする」と言い切った。
メモを整理していて、この対比に気が付いたけれど、
いつでも、今、自分が何をしたいか、はっきり言える人物に憧れる。
そう言えば、私も帰郷した娘に聞かれたことがある。
「書いたり、歌ったり、踊ったり、それなりに形になるけれど、
「パパは、一体何をやりたいの?」と。
まだまだ迷っている私を見透かされたようで、
「未だにわからないんだよ、だからいろいろ試しているんだ」と
答えるのがやっとだった。
それは、美術の道を進んでいる彼女なりの自信にも見えたから、
父親としてではなく、1人の人間としてちょっぴり羨ましかった。



2004年08月10日(火)
敷金・礼金・菅井きん

久しぶりに、ただ言葉のリズムで選んだ一言。
今春、娘のアパート探しの時、
「敷金・礼金」を計算したりしたのを思い出した。
単なるリズムだけれど、インパクトがあった。
(女優のスガイキンさん、ごめんなさい)
たぶん、ラジオから流れてきたフレーズだったと思う。
以前にも書いたけれど、頭にこびりついた言葉は、
何かに書き出さないと、私の頭から離れない。
だから、無理を承知で「気になる一言」。
これを読んだ人も、既にタイトルだけで記憶され、
街角で、不動産屋さんの前を通るたびに、
ガラスに所狭しと貼られている住宅情報を眺め、
この台詞が口をついてしまうはずである。
私の気になる一言も、そうやって誕生してきた。
街角の宣伝広告の看板や、標語など・・。
メモしなくても、思い出せる台詞は、
今まで3000以上も書き続けてきた私でさえ数少ないから
今回のフレーズは、面白かった。
ちょっと、北野武(ビートたけし)さんが好きそうなリズム。
もうお笑い芸人が使っているかもしれないなぁ。



2004年08月09日(月)
日本を知ってもらいたかったから・・

サッカーのワールドカップが日韓で開催されてから、
もうどれくらい経つだろうか・・。
今の中国の反日騒ぎをテレビや新聞で見る度に
川淵チェアマン(あれ?川渕だったかな・・(汗))の台詞を
思い出してしまう。
「ワールドカップを日本に誘致した目的は2つあります」
1つは、日本人に「世界の一流プレーを見せたかったから」。
これは、野球大好きの私でさえ熱狂したのだから、目的達成。
今回のアジアカップ連覇にも繋がったと言えるほど、
その功績は、大きかった。
しかし、もう1つの目的を知っている人は数少ない。
それが、気になる一言。
日本人の勤勉さ、人情味のある温かさ、和を大切にする心、
そんな日本独特の文化や国民性を、全世界に知って欲しかった。
世界の中の日本は、私たちが考えているほど、知られていない。
未だに、チョンマゲ、芸者、スキヤキ・・の国だと信じている
人々がいることを知り、なんとかこの国民性を伝えたかった。
そんなコメントを残していたことがある。
さて、今回の中国人の反日騒動は、
世界の人たちには、どう映ったのだろうか。
中国人は、どんな国民性なのか「知られてしまった」ことに、
彼らはどう対処していくのだろうか、とても興味がある。

PS.
貧富の差が出てきた国民をまとめるのには、
外に共通の敵を作る必要がある、それも反撃しない国が・・。
だから、日本が選ばれた。他の国は反撃するから。
テレビで聴いたこのコメントも、妙に納得してしまった。



2004年08月08日(日)
来年はもっと大きな花火もって来るから・・

前日のイベントに続けて、2日目。
今日は、狩野川河川敷での花火大会だった。
スタッフの一員として、花火師へのお礼も兼ねて
打ち上げ会場に足を踏み入れることが出来た。
お陰で、花火を真下から眺めることになったのだが、
やはり花火はどこから見ても同じ形だった。
自分の頭の上から、火の粉が振りそそいでくる感覚は、
睡眠時間を削ってまで働いたスタッフに向けて、
「2日間、お疲れさん」の意味も含めたご褒美のようだった。
あまり見ることのできない角度に、興奮状態気味であるが、
一気に、疲れがとれた、と言っても過言ではない。
(明日はまた早起きをして、花火の燃えカス回収作業だけれど)
8月に入り、全国各地で花火大会が開催されているが、
花火業界も縄張りがなくなり、競争時代になったことも知った。
だから彼らから言われた、この一言が気になった。
「本当にありがとうございました」という私の感謝の言葉を
聞くやいなや「今年はどうだった?」と感想を尋ね、
来年に向けて「もっと喜ばしてやりたい」という意欲が感じられた。
その意欲を花火に託して、大きな大輪を咲かせて欲しい。
花火を真下から眺めた感想は「し・あ・わ・せ」の4文字。



2004年08月07日(土)
私に勝った人だけ残って下さい

夏の風物詩となっている、地元のイベント。
今日の一言は、ある出来事を記録に残したくて・・・。
場面は、炎天下の中で行われた「子供抽選会」。
地元企業が提供してくれた数々の商品。
ビニールプールあり、花火あり、自転車あり。
しかし、一番人気は「カブトムシ」だった。
一かご3〜4匹入った景品は、13組。
司会者の女性とジャンケンをし、
勝った人が13人になるまで続けて・・と言うルール。
私は4回もやれば決まるだろう、と思っていたが
なんと10回以上ジャンケンをしても、なかなか減らない。
それもそのはず、負けたりアイコだった子供の手が、
グーからチョキへ、チョキからパーへと変わる。
明かに後出しの子もいる。それでは減らない訳だ。
この光景を、スタッフをはじめ親はどんな想いで
見ていたのだろうか。
10回以上もジャンケンに勝ち続けることは至難の業。
そんな中で、今回カブトムシをゲットした子供達は、
ほとんどズルをしたことになる。
ズルをしてまわりをキョロキョロする子供の顔を見て、
私は、とても胸が痛くなる想いをした。
カブトムシを手にした時の、無邪気な笑顔と裏腹に
欲しいものはどんなことをしても手に入れたシーン。
次回は、こんな企画はやめたいな、と心から思った。



2004年08月06日(金)
「夏バテ」って、秋の台詞だと思っていたよ

私の恥ずかしい話である。
「夏バテ」って、てっきり秋になった時、
夏の疲れがでて動けなくなるほど疲れること。
ずっとそう思い込んでいた。
しかし最近、ネットや週刊誌で「夏バテ」の文字を
見かけるので、気になって調べてみたら・・
「夏ばて」とは
「夏の暑さのために体が弱ること。夏まけ。暑気あたり」
だった。
すなわち「夏ばて」とは、夏の真っ盛りに使う単語。
「夏バテ解消法」「夏バテ対策」などの使い方をし、
「だるい」「疲れやすい」「食欲がない」の症状が
いわゆる夏バテであるらしい。
ただ、暑さのために体が弱ることだけではなく、
過度な冷房等により、いつも体が冷えていることも、
「夏バテ」になるのだろうか、なんてひねくれてみた。
恥ずかしいのは、いかにも「うんちく」のように、
「夏バテ」って、本当は秋の台詞なんだよ、と
説明したことがあること。
あ〜あ〜、知ったかぶりは良くないな、と反省したが、
「夏バテ解消」のために、ウナギを食べるより、
秋に「夏バテ」にならないために、夏にウナギを食べる方が
理解できるんだけれどなぁ、と呟いてみた。
次は「夏バテ」か「夏ばて」。さて、どっちだろう。(笑)



2004年08月05日(木)
オトコとオンナの印象を分けるモノは「空気感」

ある方のホームページで見つけて、思わずメモをした。
男は、明確に周囲と自分の間に境界線があり
女は、空気との境目が曖昧。
だから女は、側にいても気(苦?)にならない
存在感のソフトさがある、という考え方。
まさしく、なるほどなぁ・・であった。
「男らしさ」「女らしさ」を一言で定義するとしたら
確かに「空気感」かもしれないな、と納得した。
以前から、不思議だったことが少しわかった気がする。
外見は立派な体格なのに、女らしかったり、
本当に華奢な体格なのに、男らしかったりするのはなぜか。
外見だけでは判断できないなにか・・それが「空気感」。
逆に考えると、側にいて存在が気になる人は「男っぽい」、
気にならないような人は「女っぽい」ということ。
こうしてまたひとつ、言葉の定義が増えた。
「男らしさ」「女らしさ」「自分らしさ」を表現する時、
きっと使える・・そんな感じさえした。
さて私の空気感は?、そしてあなたの空気感は?



2004年08月04日(水)
どうもお役所仕事はうまくいかないらしい(笑)

「異業種交流のすすめ」を演題として、
ある農業の研修会で、女性企業家がこう発言した。
体験型農業の話など、いろいろ参考になる話もあったが
なぜか私の記憶に残ったのは、この一言。
参加者の中には、お役所で働く多くの人たちがいたはずである。
それなりのプライドも、僅かであるが持ち合わせているから、
話の種にするのであれば「私が一緒に仕事をしたお役所の人」とか
なにか工夫をして欲しかった。
何でもかんでも、お役所仕事は役に立たない、
それに比べて私たち民間人の方が・・という論理で
講演の話が展開されることに、すごく苛立ちを覚えた。
今回だけでない。公務員の実態を知らずに、
「暇でいいねぇ〜」から「税金泥棒」という表現まで、
もう少し発言に配慮が欲しい、と思うのは私だけではないはず。
ただ言い返すことが意味のないことだと知っているから、
わざわざ、反論しないだけだと思う。
自分の仕事を良く知らない人に
「これだから女性企業家は駄目なんだよ」と言われたら
彼女はどう思うだろうか。
聴衆を知ってから話すことは大切だな、と再確認した講演だった。



2004年08月03日(火)
「私が納得」を積んでいきたい

高校の同級生が誕生日だったのを思い出し、
おめでとうメールを、パソコンから送信した。
「歳は取るものじゃなくて、重ねるもの」
今年の誕生日の祝いは、カードでもメールでも、
このメッセージが多いかもしれない。
私が、このフレーズを知ってからというもの、
いくつになっても、いや、歳を重ねれば重ねるほど、
誕生日が嬉しくなったから、是非、おすそわけしたい、
と考えているから・・。
ただ重ねるものについては、特に触れていない。
単なる時間かもしれない、経験かもしれない。
1年、どんなものを積み重ねるのかは、あなた次第。
「取る」というマイナス思考ではなく、
「重ねる」というプラス思考で生活しましょう、
そんなメッセージを込めているつもりである。
さて、今回は彼女の返信メールから、気になる一言。
「重なってくる時間が増えていくほど、
その時間の重みを感じています。誰かではない、
『私が納得』を積んでいきたい」と。
それは努力や頑張りという息苦しいものじゃなく、
心意気・・そんなものらしい。
「自分が納得したこと」を積み重ねていく。
周りの雑音は気にしない、善し悪しも自分で判断する。
それで失敗しても後悔しないよ、と伝わってきた。
素敵な生き方じゃないか、と思わず拍手。
頑張れ、46歳。まだまだ、これからこれから。



2004年08月02日(月)
歳を取るといいですよ、歳のせいに出来るから

ははは、の一言であった。
オリジナルダンスの練習日、
休憩時間中に水分補給しながらの会話である。
「自分のやりたいことを見つけたら、一直線」
その時、周りがいろいろ言うことはわかっている。
そんな時「最近、耳が遠くて・・」と聞こえないふり。
ダンスの動きも、思ったように身体が動かない。
そんな時「すいません、歳なもので・・」と頭を下げる。
自分が割り切ってしまえば「高齢者」という存在は
とても便利なものらしい。
「失敗」しても、この一言で全て片付く。(笑)
私も46歳を過ぎ、もう「歳のせい」に出来る年齢になった。
若い人たちを引っ張って活動していくのもいいが、
少しずつ若い人たちに、リーダー役を渡していくには、
とても便利な言葉でもあるような気がする。
「いやいや、もう歳ですから・・」
逃げ、というマイナス思考てはなく、プラス思考として
この台詞をうまく使えればいいなぁ、と思う。
「引退」ではなく「隠居」、そんな視点で使いたい。
現役の時には気が付かなかったことが、きっと見えてくる。
そして、その気付きを次のリーダーへ伝えていけばいい。
全て、歳のせいにして・・
まぁ、私がリーダーかどうかも、疑問ではあるけれど。



2004年08月01日(日)
人間だからできること。献血。

当然「献血」を勧めるポスターに書かれていた。
当たり前と言えば、当たり前のフレーズだけれど、
この「人間だからできること」って言葉に惹かれた。
「人間だからしてしまうこと」
「人間だからできないこと」・・「人間だから・・」
そんな言葉遊びをしていたら、人間に生まれたことが
とても凄いことだと感じている自分がいた。
「人間にしかできないこと」と「人間だからできること」、
これも言葉遊びになってしまうのかもしれないけれど、
ちょっとニュアンス的には違う。
「道具をつかったり、技術的なこと」は「〜しかできないこと」。
しかし、人間の持つ思いやり等から発生した行為、
お互い助け合う行動等は「〜だからできること」。
もう一度、眺めてみよう。
「人間しかできないこと。献血」
「人間だからできること。献血」
さてどちらの方が、献血しよう、という気になりますか?
私は、やっぱり「人間だからできること」を大切にしたい。