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しもさんの「気になる一言」
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2003年06月30日(月)
頭上注意 ツバメ営巣中 施設管理係

ある病院で、見かけた立て看板。
とても大きな病院のとても大きな玄関のど真ん中に、
この言葉は書いてあった。
メッセージにつられて、見上げている患者も思わずにニコリである。
それは、つい病弱で落ち込みやすい患者や身内の人にとって
とても、ホッとする光景であった。
嬉しいのは「頭上注意 ツバメの糞にご注意ください」
と言うコメントではなかったこと。
最新技術を誇り、診察の順番もポケベルみたいな機器で知らせる
システム的な流れも、前回は事務的でイヤだなぁ・・と感じたのに、
今回、入り口でこの看板を見つけてからは、
「あぁ、いつ呼ばれるかわからないで、じっと待っているより、
いろいろ散歩も出来るし、売店にも行ける。
図書館で本を読んで待っていられる・・」と、親切に感じたから
不思議である。
たった一つの優しさに触れただけで、病院のイメージが変わるなんて
言葉って不思議だなぁ、とあらためて言葉の力を感じた。



2003年06月29日(日)
広報は、取材を通して人と出逢える仕事

NHKの威力、生放送の威力だろうか・・
朝、6時半からだと言うのに、5時半くらいからゾロゾロ。
さらに、応援という形で、三島市をはじめ、静岡市や旧清水市、
焼津市からも、大勢駆けつけてくれるといった全国イベントであった。
そう、あの「NHKラジオ体操」がわが町にやってきたのである。
2,500人以上の人々が、中学校のグランドを埋めた光景は
久しぶりに見る人の波であった。
二人しかいない広報係は、新聞・広報用の写真係と、
私が受け持った記録用写真係に分かれ、スタンバイした。
左手にデジタルビデオを固定し、画像をゆっくり左右に振りながら
右手でデジタルカメラのシャッターを押すという離れ業で乗り切った。
その間、約10分。とんでもない格好で撮影していたのだろう、
被写体である人たちから、
「お疲れ様、撮影も大変だね」と、笑いながら声を掛けていただいた。
顔も名前も知らない人が、わざわざ近寄ってきて
声を掛けてくれた台詞だったから、余計に嬉しかった。
先日の研修で習った台詞が、ふと浮かんだので、今日の一言。
これからも、机にかじりついているのではなく、どんどん外に出よう、
そして、多くの人と出逢いたい。
そう思わせてくれた、朝6時半の出来事だった。



2003年06月28日(土)
気力は眼に出る、生活は顔色に出る、教養は声に出る

地元の美術館で「土門拳・日本を写した視線」が展示されている。
日本各地の古寺と仏像彫刻をモチーフとした「古寺巡礼」は、
もう一度、京都・奈良に行きたいと思わせる、
木の暖かみを感じることができる作品で、それだけでも驚いた。
しかし、今回私の関心は「風貌」と題した昭和の著名人を写した
肖像画にも似た作品は、その人物の特徴を本当に良く捉えていた。
気になる一言は、そんな一角に飾られていた彼のメッセージ。
なるほどなぁ・・とメモをした。
「残念なことに、写真は声がモチーフにならない・・」
と付け加えながら、彼のコメントと被写体が、絶妙なバランスで
展示されていた。
今度、人物観察をしてみたくなるコメントではないだろうか?
以前書いたかもしれないけれど、
私の夢は、私と同じ時代を生きた人々の「人物紹介集」。
それは、文字であったり、写真であったり、映像であったり、
その人にあった媒体で、その人にあったキャッチコピーをつけて
私なりに表現してみたい。
その写真版のお手本が、まさしく今回の「風貌」。
なんだか、やる気が出てきた「土門拳・写真展」であった。
久しぶりに出かけた美術館。
やっぱり、いろいろなヒントがいただける。心に余裕ができる。
「忙しい」を言い訳にしてはいけないな、と改めて思った。



2003年06月27日(金)
広報は、行政と住民に対して「中立の立場」

先進地視察で訪れた、長野県真田町役場の前広報担当者は、
広報について、こう説明してくれた。
行政職員が作る広報だから、ついつい行政よりの内容になりやすい。
しかし、それでは住民の信頼は得られないんですよ、と言う。
行政の悪い部分も住民に伝える、それくらいのスタンスが望ましい、
と彼は、広報にかける熱い思いを語ってくれた。
だから、行政職員でも立場は中立。
結局これが住民の信頼を得られる広報、読まれる広報の秘訣なのだろう。
このスタンスは、私に取って大きな「気付き」となった。
行政が伝えたいこと、住民が知りたがっていること。
これを、どういうふうに「特集」として捉え、記事として書き上げるか、
広報担当の腕の見せ所ということなのだろう。
いただいた資料に、こんなことが書いてあった。
「広報はお役所から届くただのお知らせではない。
自分の一番大切な人に読ませたいものを」と。
広報の「特集」について、大きなヒントとなるフレーズである。
いつの日か「そうなんだよ、こんなことが知りたかったんだ」と
声をかけてもらえることを夢見て、
明日からの広報づくりに活かしていこうと思う。






2003年06月26日(木)
「信州限定」に弱いコレクター

自治体広報の先進地視察で、信州の地を訪れた。
昼食・トイレ休憩も兼ねて寄ったドライブインでは、
平日にもかかわらず観光客で賑わっていた。
もちろん私は、コレクションの「耳かき」を求めて、お土産売り場へ。
しかし、以前購入した「りんご」の頭。
同じものはいらな〜い、と立ち去ろうとした私の目に
飛び込んできたのは「信州限定」と書かれた「ドラえもんの耳かき」。
なんと、青いはずのドラえもんの身体が、リンゴの赤。
タケコプターは、リンゴの茎と葉っぱ。
思わず手を伸ばしてしまったのは、言うまでもない。
信州の南アルプスと関連づけたのか、
「アルプスの少女・ハイジ(信州限定)」の耳かきまで買ってしまった、
とほほ。
「信州名物」と書かれた食べ物には、全然関心がなかったのに、
「信州限定」と書かれた耳かきに、思いっきり反応してしまった。
よ〜し、こうなったら「〜限定」のドラえもんの耳かき、
集めてみようかな・・
ちょっと広いだけのドライブインを「安曇野スイス村」と名付け、
熟年のおじさん、おばさん達の財布を離さない営業努力、脱帽だった。
観光バスのガイドも、熟年相手だからだろうか、
60歳過ぎの女性だったのには驚いた。
(できることなら、派手な色の制服だけは、やめて欲しかった)




2003年06月25日(水)
人間が動くことを「働く」という

ラジオから流れてきたメッセージたった。
夏目漱石は「草枕」の一節で「智に働けば角が立つ」と書いた。
あれは単純に「智で動けば角が立つ」の間違いかも・・
もしかしたら、漱石は意識的に
「動く」と書かずに「働く」と書いていたかもしれない。
そんな会話をしていた気がする。
それは、人間が動くことは、単なる「動く」ではない。
それには必ず目的があるから「働く」になるのではないか、と
私なりに解釈を加えてみた。
しかし「働く」ほど、いろいろな意味がある単語も珍しい。
いい意味でも、悪い意味でも使われてる。
「このプロジェクトの中心になって働く」「遠心力が働く」
「制御装置が働く」「盗みを働く」「不正を働く」等。
逆に、働くという行為は、その人の心がけ次第で
よい結果も生むし、悪い結果も生むと言うことであろう。
フリーターでも、公務員でも「働く」という行為には変わりがない。
出来ることなら、よい意味での「働く」を使いたいものである。



2003年06月24日(火)
北海道の利尻と礼文、ウニの味

私のお気に入りのお店のひとつに「北海道料理・中むら」がある。
奥さんの実家が北海道ということもあり、新鮮な北海道の味覚が
静岡にいて楽しめる場所として、時々利用させていただいている。
歳を重ねてきたきた為か、最近「量より質」を求めるようになった。
その点でも、私のお奨め料理店である。
(大のジャイアンツファン、という点も私の評価が高いのであるが・・)
「私、ホワイトアスパラだけは嫌いなんです、
あの缶詰のグシャとした感覚が気持ち悪くて・・」と言えば
「本物のホワイトアスパラを食べたことがないからだよ」と
出してくれる。(本当に、信じられないくらい美味しかった)
「ウニ」が食べたいと言えば「利尻産と礼文産があってね
ウニが食べている海藻によって味が違うんだよ」とそっと教えてくれる。
同じ北海道のウニなのに・・と思うが、食べ比べたら確かに違った。
「今年は、中国と北朝鮮の松茸が入らないから、韓国と国産松茸は高いよ」
なんて情報を聴きながらも、手に入ったら是非連絡してね、と会話が弾む。
「食」は、人を良くする、と書くが、本当だなぁ、と実感できる。
さらに地酒や焼酎も豊富だし、飲兵衛には応えられない。
休みになると全国の蔵巡りをしている店主に頼んだアルコールは
「麻生富士子 25度 麦 大分」と書かれた珍しい焼酎。
「経営者の名前なんですよ、実は・・この焼酎にはこれが合うんです」
と出された「北海道の塩辛」、これまた美味かった。
今日の一言を聴くだけで、何年経っても、またウニが食べたくなる。
それが、今日の一言の魅力だし、言葉の力である気がしてならない。



2003年06月23日(月)
「公金」なのに、なぜ「公的資金」というのだろうか?

運転中、ラジオから流れてきた,永六輔さんのつぶやきだった。
「〜的」という表現の使い方は
「〜じゃないけれど」という意味があるはずだと。
我々の税金を使うのに、なぜ「公金じゃないけれど」という意味の
「公的資金」という単語を使うのかと・・。
気になって、帰宅後、辞書を調べてみたら
てき【的】 (接尾)
(1)名詞およびそれに準ずる語に付いて、形容動詞の語幹をつくる。
(ア)主に物や人を表す名詞に付いて、それそのものではないが、
それに似た性質をもっていることを表す。…のよう。…ふう。
「百科事典―な知識」「スーパーマン―な働き」「母親―な存在」
とあった。
確かに「〜的」という使い方であると、ニュアンスが違う。
だが、政府も新聞・テレビ・ラジオといったマスコミも、
「りそなに、公的資金投入」等の表現をするところを見ると、
また違った使い方があるのだろうか?
まさか国を挙げて「間違った日本語の使い方」をしているはずはない。
本当に、そう考えていいのだろうか?
私の疑問は、どんどん大きくなっている。しかし、答えが見つからない。
誰か教えて・・。



2003年06月22日(日)
「ややこしい」とは、赤ちゃんっぽいこと

「やや」とは赤ちゃんのこと。
ダダをこねて親を困らせている様子を「ややこしい」という。
転じて「複雑で面倒くさい」「込み入ってわかりにくい」。
反対語は「おとなしい(大人しい)」(落ち着いてもの静か) 。
IMacを手に入れてから2日。感想は「ややこしくない」。
マウスのボタンも一つだし、何も見なくても簡単に接続できたし、
ますますマックが好きになった。
さて、道具は揃った。あとは、少しずつ勉強して
1年に何人かのCM(プロモーションビデオ)を作りたい。
それが最近の私の夢である。
「生きた証なんてないよ」と嘆く人にも、きっと素敵な部分がある。
そんなところにスポットを当てて、
お気に入りの曲(思い出の曲でも可)をBGMにキャッチコピーをつけて、
短い作品を作りたい。
そのためには、IMacがどうしても必要だったと理由を付けた。
根底に流れるキーワードは「ややこしくない」。
その人らしい作品づくりには、
今まで貯めてきた「気になる一言」がきっと役に立つはずだ。
端的にその人を表現できる言葉を探して、今日もメモを取り続ける。
(人間関係もややこしくない方がいいでしょ?)



2003年06月21日(土)
外野だけは、ツアー客を入れないで・・

注目の巨人・阪神戦。東京ドームで見てきました。
八回の阪神怒濤の攻撃。手が付けられなかった。
負けた原因はいろいろ考えられるけれど、
私は、外野に陣取る応援団の熱意の差だったと思う。
敵ながら、阪神側のレフトスタンドは、一糸乱れず
全員が声を出し、メガホンを叩き、素晴らしかった。
それにひきかえ、ジャイアンツ側ライトスタンドは、
大量失点に自分の感情を抑えきれずに
メガホン・ビールなどをグランドに投げ入れた奴がいたり、
警備員といざこざがあったり・・と応援に集中できないことばかり。
さらに試合中にのんびり、お弁当をひろげピクニック気分。
これでは、今年の阪神に勝てっこないな、そう思った。
その原因は、今年から外野の自由席がなくなり
全て指定席となったからではないか、と思う。
どうしても外野で声を枯らして応援したい、という阪神ファンに対して
旅行会社のツアーでなんとなく外野から見てみようか・・程度の
意識で訪れた、なんとなくジャイアンツファンの人たちでは、
その盛り上がりに雲泥の差が出てしまう。
試合は、スタンドの応援でつくる、と何かの本で読んだことがある。
(たぶん、サッカー関連の本だったと思うけれど・・)
まさしく、その通りだと実感した。
阪神が死のロードと呼ばれる夏に弱いのは、熱狂的なファンの声援が
なくなるからだ、といった人がいたが、なるほどである。
今年は、ビジターの球場へ行っても、阪神ファンが詰めかけている。
だから、負けないのではないか。そんな気がする。
読売巨人軍関係者様。
どうぞ、外野応援席だけは、ツアー団体客を入れないで下さい。
遅れてきて、早い時間に帰る観戦ツアーのために、
バス一台分、そこだけポッカリ穴があいた外野席は寂しいものだから。





2003年06月20日(金)
群馬県太田市の清水市長・静岡県の石川県知事

う〜ん・・なんだかややこしくなって来てしまった。
実は、太田市のいろいろな取り組みが面白くて、
行政発行のメルマガを読んでいる。一昨日届いた第96号。
その中で、トップ項目が「清水市長メッセージ」だった。
あれ?4月から静岡市と合併して、清水市長はありえないのに・・と
目から飛び込んできた「文字情報」に簡単に反応してしまった。
清水市長のメッセージが「6月議会が始まった・・」と
書き出していたので、余計疑う余地がなかった。
どちらかに統一して欲しいなぁ・・と苦笑いしてメモをした。
そういえば、我ら静岡県知事は、石川嘉延。まさしく「石川県知事」。
静岡県知事?石川県知事?呼び方にルールがあるのだろうか。
ふと、そんなこと考えた。
役職を使う呼び方は、なかなか難しいなぁ・・とまたまた苦笑い。
全国知事会議なんかは、たぶん「静岡県知事」なんだろうな。
「石川県知事」では、二人が返事をしてしまう可能性があるから。
今は、余裕がないけれど、いつか調べてみたいな、と思う
とってもくだらない雑学である。
本人にインタビューしてみたいな。
「静岡県知事」と「石川県知事」。どちらがいいですか?ってね。



2003年06月19日(木)
「ヤンマー・ム〜ニ〜マン」と「ポルシェ・クレパス」

NHKの深夜番組「オンエアバトル」(若手芸人の登竜門?)で
『ふたり合わせてヤンマーだぁ〜』と『ム〜ニ〜マン!』を
はっきり歌った、と最近お気に入りのホームページに書いてあった。
「企業名、商品名、CMじゃん」のコメント付き。
私たち二人の共通した疑問は「本当に許可出たのか?」である。
かつて、山口百恵は『真っ赤なポルシェ』という固有名詞が駄目で
「真っ赤なくるま」と変えさせられた。
かぐや姫は「神田川」という歌で「24色のクレパス」を
「24色のクレヨン」にして欲しいと言われ、紅白をボイコットした。
勿論、国民からの苦情・要望は数多く届いたはずである。
それでも、NHKは「企業名・商品名」を断固として受け付けなかった。
大相撲で土俵を掃除している人の背中に書かれている「紀文」の文字が
見えそうになると、ぐ〜っとカメラを引いたりして、
私たちに「国営放送」の奥ゆかしさを伝えてくれていた、一応。
だけど、企業戦士のドキュメント番組「プロジェクトX」は、
見方を変えれば、一企業のCMにもなりかねないし・・
「民放ではできない番組作り」が売り物のNHKにしては、
どうも最近、視聴者・視聴率を意識した番組構成が多い気がする。
それとも若い製作スタッフに、国営放送とは何ぞや?という教育を
していないのかもしれないな、とふと思った地方公務員である。
さて、自分の仕事を見直してみようっと。



2003年06月18日(水)
気分転換したいから、短くして・・

ノー残業デーの水曜日、急に髪の毛を切りたくなった。
週末、髪を切りに行く暇もないくらい忙しかったから・・。
渓流釣りや、東京ドーム通いで、お金がなかったから・・。
髪を切ると、てっぺんから薄くなってきたのがバレルから・・。
長い髪の方が、朝起きたとき手入れが楽だったから・・。
通称「フェミニン」のイメージを崩したくなかったから・・。
う〜ん、伸ばし放題の言い訳をいろいろ考えたが、どれも今ひとつ。
単純に、切る必要性を感じてなかったからだろう。
しかし最近、仕事でも、家庭でも、(ジャイアンツの試合でも)
なんだか、スッキリしない時間が流れていたので、
出来ることなら、リフレッシュしたかった。
ただ、女性じゃないから、今まで髪の毛を切って、
「気分転換」をしたことは一度もなかったし、まさか、
本当に髪を切るくらいで「気分転換」ができると信じていなかった。
それが今日は「気分転換したいから、短くして」とハッキリ言った。
自分でも不思議なくらい、目的を持って、髪の毛を切った。
(さすがに、丸刈りには出来なかったけれど・・)
結果、本当に「気分転換」が出来たから、本人は大満足である。
周りの人の反応も気になるけれど、今は頭と心でモヤモヤしていた
何かがなくなっただけで、嬉しい。
女性が髪の毛を切ってくると、手垢の付いた表現で
「失恋でもしたの?」と尋ねる、我ら中年男性であるが、
思いっきり気分転換したい時、髪の毛を切ってみる、という事が
少しだけわかった一日であった。



2003年06月17日(火)
ナースキャップを外します

静岡のある病院で、看護婦(看護士っていうんだっけ?)が
かぶっているナースキャップをやめた、という話を聴いた。
ふと看護学校の卒業式には、欠かせない戴帽式が思い浮かんだ。
あのキャップを先輩に付けていただくことで、
「あ〜、これで私も看護婦なんだ」と実感した話をよく耳にしたから。
しかし、あえてこのナースキャップの必要性を問い、
今まで患者や医療器具に引っ掛かって困ったことを検討し、
外しても困らないことを、みんなで確認したという。
「当たり前を見直そう」。
この言葉は、簡単そうで難しい。
「必要性は感じないけれど、あっても困らないからそのまま」
これが私たち生活者の感覚である。
それを一歩踏み込んで「なくても困らないからやめる」となれば
私たちの日常生活も大きく変わることはわかっているのだが・・。
なかなか片づかない私の部屋と同じだな、と苦笑いしながらも
なかなか変わらない「行政改革」の大切な視点でもあることに気付き
システム手帳にメモをした。



2003年06月16日(月)
人口が減って、発展した国は今までにない

(そろそろ書いてもいいかな?私の私見だから・・)
先日、通勤中に聴いていたラジオから流れてきたフレーズ。
ラジオでは、出生率低下、少子化問題について、熱く語っていたが、
私は、ちょっと違う視点で気になったので、思わずメモをした。
今、全国的な話題として「市町村合併」が、
ほとんど毎日新聞紙上を賑わせているし、
地方議会でも、ほとんどの市町村で、検討されている。
人口何十万人規模の都市をつくろう、と必死であるかのように。
今まで数万人の都市が、いくつかの合併により、数十万人の都市になる。
いかにも、大きな都市・中核になる都市の出現のように見えるが、
合併後、実は人口が減っていく。
そんな視点を見逃してはいないだろうか?
合併した時点が、人口統計では最高値。あとは、減少の一途を辿る。
そんな地域が、全国には多くあるはずだから・・。
人口の減少をどう防ぐか、
どう少子化対策をするかなどの政策が見えないまま、
ただ合併すれば、人口が増えるという発想は、
合併の一面しか見てない気がする。
歴史は語っている。だから、冒頭のフレーズが気になった。
これは学者の戯言ではなく、人類が誕生してから今までの現実だという。
国ではなく、市町村のレベルに置き換えても同じことが言えるだろう。
永遠の右肩上がりはありえない事は、知っているけれど、
あえて「人口が減って、発展した都市は今までにない」と言いたい。
「合併とは、都市として大きくなることではなく、大人になること」
私の根底には、この考え方が根付いている。
ところで・・・「発展」ってなんだろう? 
そんなことを考え、まとまらなくなってきた、私の独り言である。



2003年06月15日(日)
10万円、5万円、3万円、運命の分かれ道

何十年も前「ガッチリ買いましょう」という番組があった。
(これを知ってる人は、そうとう古いよ・・そこのあなた・・)
なぜか、デパートで買い物をしていて、このフレーズが
頭の中をよぎったので、今日の一言。
父の日だから、家族連れでごったがえしているのはわかる。
日ごろの感謝の気持ちを、些細なプレゼント、という形で・・
しかし、何を贈っていいのか悩む人たちをターゲットに
1000円、3000円、5000円コースと
詰め合わせになっていて、見るだけでも楽しかった。
(だから、額は違うけれど、この一言が懐かしかったのかも・・)
小さな子どもが母親に相談しながら、1000円コースを
選んでいる光景は、微笑ましかった。
学生は、誕生日やクリスマス、お年玉期待の3000円コース。
社会人は、日頃の御無沙汰のお詫びも兼ねて5000円コース。
そんなコース分けを考えてみたが、いかがだろう。
私たちが小さかった頃の肩叩き券、お手伝い券などは、
今の世の中、皆無なのだろうが、それでも少ないお小遣いから
十円玉、いっぱいかき集めて買ってくれたハンカチを、
お父さんは大切にするはずである。
家族が健康なら、それだけで「父」は嬉しいのだが、
こんな気持ちは、たぶん父親になってみなければわからない。
母親の家族愛とは、ちょっと違う気がするから。
我が家は、プレゼントいらないから、肖像画を描いてくれ、と
頼んであるが、いつになる事やら・・。
(娘は美大浪人生、あてにしないで待ってみることにしよう)



2003年06月14日(土)
可愛くば、五つ教えて三つ誉め二つ叱りて、良き人にせよ

時々、見かける「職場の教養」という小冊子の中から。
この割合、バランスが難しい・・と思っていたから、
思わず、しめた!とばかりメモをした。
教えるばかりでもいけない、誉めるばかりでもいけない、
そして叱るばかりでもいけない。
勿論、叱らないで怒ったらなおいけない。
気になるところは、誉めるは、叱るより一つ多いことかな。
わかっているけれど、これがまた難しい。
どこかのプロ野球の監督、コーチにも
是非、教えてあげたいフレーズである。
教えることも全て教えず、必要な時に、必要な分だけ教える。
だから、覚えるのだろう。
自分の知っていることを、全部教えようとすると、
相手は、頭がパニックになって、結局は何も覚えていない。
そんな意味もあるのかな、と、自分で勝手に解釈したけれど、
どうだろうか?
可愛いから、良き人にしたいと、教え、誉め、叱るのであるが
受ける側が、それを感じ取れる力がないと意味を持たない、
そんなフレーズでもある気がした。



2003年06月13日(金)
「音」を意識して撮る

日本広報協会発行の「広報」6月号表紙。
今、まさにお寺の住職が鐘を突こうとしている瞬間。
突いてないのに「ご〜ん」という音が聞こえてきた。
「広報に役立つ写真術」で詳しく説明していたが、
「五感を働かせ被写体がもつ空気感から音を表現する」と
見出しに書いてあった。
なるほどなぁ・・でも難しい。
まだ出来ないけれど・・自覚だけはしよう、そう思った。
釣鐘に音を出させるのではなく、突く住職の動きに音を出させる。
そんなことが出来るのだろうか。
デジカメの普及で、誰もが手軽に
フィルム代や現像料などを気にすることなく、
写真を思い切り撮ることが出来るようになった。
ネットでも画像を投稿する掲示板、素材屋さんも増えている。
彼ら、彼女らは、何を意識して撮影しているのだろうか?
私は○○を意識して、ファインダーを覗いているよ、という
こだわりがある人がいたら、是非、教えて欲しい。
何でも影響されやすい私は、今日からちょっと「音」を意識して
写真を撮ってみようかな・・と思い始めている。
また、そんな写真に憧れる。
初めから上手く撮れる人はいないから、やってみる価値がありそうだ。



2003年06月12日(木)
テーマは「癒し」から「元気」に

デパートの「父の日商戦」が活気付いている。
そこで見つけたあるデパートのコンセプトが、気になる一言。
いつまでも「癒し」に浸って入られない、
こんな不景気を吹っ切るには「元気」が必要だ。
そんな思いが込められているのだろうか・・と勝手に解釈した。
それも、遊び心がプラスされているとなお元気がでるらしい。
普段着ないような、ピンクのワイシャツや、
ネクタイ柄で、ちょっと遊んでみたり・・。
今までの自分の枠からはみだしたファッション、行動が
新たな自分発見に繋がるからだろう。
プレゼントされたお父様方は、是非、喜んで身に付けて欲しい。
「こんなの恥ずかしくて着ていけないよ」と言うなかれ、
着慣れないだけだから、きっと慣れる。そう思いたい。
私の職場でも、4月から制服廃止(とりあえず試行)したが、
なかなか今まで支給された制服から変わらない人たちが目立つ。
(その方が楽だから・・が理由なんだろうけれど・・)
そこで私が「ちょっぴり遊び心」を提案。
「明日は、どこかに『赤』を身に付けてくる」
それだけでも、前の晩からどうしようか、と考える
楽しい思案タイムが日課となった。
さて明日は「ゴールド」。(見せるわけにいかないしなぁ???)
(さて、おあとが宜しいようで・・)



2003年06月11日(水)
フニャフニャしているから、砕けないわよ

昨晩、ビール片手に観ていたテレビ番組。
たぶん「火曜サスペンスドラマ」だったと思う。
主演の市原悦子さんが、何回となく使うフレーズだった。
シーンは、リストラされた彼女に周りの人が気を使って声を掛ける。
「あたって砕けろ、で頑張ってよ」の激励に、
この機転の利いた台詞と、いつもの市原スマイルが印象的だった。
何でもかんでも正攻法で問題にぶつかり、当たって砕けるより、
そんな相反するパワーまで吸収してしまう「フニャフニャ」感覚。
なるほどなぁ・・という想いでメモをした。
若い頃は「当たって砕けろ」精神が好きだった。
駄目でもともと(ダメもと)と腹をくくり、
周りから見て、無謀と思える事へも、若さだけで挑戦してきた。
そして、その結果は予想通り、見事に撃沈され続けてきた。
しかし最近は、相手の攻撃をやわらかい動きでかわすことを覚え、
(時には、まだ子どものようにふてくされるが・・)
少しは、人間的に成長したかもしれない、と自分でも思う。
「必勝」より「不敗」。「勝たなくてもいい、負けなければ・・」
そんな考え方が、出来るようになった気がする。
ビールに合う、私の大好きな豆腐のような生き方。
やっぱり、宮沢賢治の「雨にも負けず」に憧れるのかな。



2003年06月10日(火)
心を癒す手段、それが「チョコレート」

やっと見ることが出来た映画「チョコレート」。
原題「モンスターボール」(処刑前夜のパーティのこと)が
どうして、このタイトルに変わったのか・・
私の興味は、そこにあった。
話題になった人種差別や、セックスシーンは、
あまり私のアンテナには引っ掛からなかった。
映画の中では、チョコレートが出てくるシーンが二つ。
ひとつは主人公の二人が
「チョコレート・アイスクリーム」を注文し、
「プラスチックのスプーンでね」と会話をするシーン。
そしてもうひとつは、黒人の子どもが
肥満になることも気にせず「チョコレート」を食べ続けるシーン。
和訳を考えた人が、タイトルを変えて私たちに伝えたかったこと。
それは、後者ではなかったのかと思う。
死刑になるほどの事件を起こした父親を持った、彼のストレスは、
私には想像が出来ないくらい大きなものだろう。
そんな彼のストレス解消法が「チョコレート」などの甘いものを
食べることだったのかもしれない。
そして彼は、食べることにより、心を癒していたのだろう。
誰でも抱えている、ストレスとの付き合い方と解消法。
それは、食べることであったり、セックスすることであったり、
人によって違う。
私たちは他人の奇怪な行為に対して
「どうしてやめられないの?」と責めてしまいがちだが、
「もしかしたら、この人なりのストレス解消法かもしれない」と
考える余裕を持って接してみたい。



2003年06月09日(月)
恋の夢 集めて咲きし 紫陽花か

柄にもなく・・という声が聞こえてきそうですが・・
梅雨入り前、いろいろな種類の紫陽花が咲き乱れている。
そして、写真好きのネット人は、自分で撮った紫陽花の画像で
私たちの心を癒してくれている。
この台詞は、先日出かけた飲み屋さんのトイレで見つけた俳句。
こんなところにも、季節感が・・と喜びメモをした。
いやぁ、お恥ずかしい・・とママは言うけれど、なかなかの作品。
(実は、何にもわからないのですが・・感覚で)
あれは花なのか、葉っぱなのか、それすらわからない。
ただ、小さなものが集まって、ひとつの大きな輝きとなる。
その魅力は、大きな花一輪より、私を惹きつける。
所詮人間は一人では生きられない。多くの人との交わりが
そのひとの人生を豊かにし、輝きに深みを増すらしい。
たとえ一つひとつの経験は、たいした事でなくても、
それが多く集まれば、真紅のバラ一輪にも負けないであろう。
かえって、多くの人たちに愛される花になれる気さえする。
トイレに行くたびにこの俳句を眺めたが、
私には紫陽花から「恋の夢」なんて表現が思いつかなかった。
素敵な歳を重ね、多くの方と接してきた女性だからこそ言える
ちょっぴり艶っぽい言葉なのかもしれない、と思い直した。
さて(恋の夢を探しに)鎌倉に紫陽花でも見に出かけようかな・・



2003年06月08日(日)
プラモデルの経験、組み立て家具に活かす

毎週、東京ドームだ、取材だ、渓流釣りだ・・と理由を付けては
家にいなかった。
ところが、今日に限って、ぽっかり、時間が空いてしまった。
梅雨入り前の快晴、なぜか掃除がしたくなった。
ところが、簡単に済ます予定の掃除が、
やり始めたら止まらず、本格的な掃除へと変わり、
古くなったテレビ台を新しく購入し、組み立て作業まで・・。
ガラス付きケースのため、組み立てがちょっと複雑だが、
かえって、私は嬉しくなって夢中になった。
小さい頃、プラモデルを作った頃が蘇ったからである。
説明書を読まずに組み立てること。これが楽しかった。
完成の写真を眺めてから、おもむろに部品を確認。
たぶん、あそこに使われるんだなぁ・・
この順番で組み立てないと、あとで困るよなぁ・・なんて考えながら
全てうまく完成すると、もう有頂天だった。
今の男の子って、プラモデルなんてしないのだろうか?
大人になって、ホームセンターの組み立て家具、作るのに
役に立つのになぁ・・と思いながら、
無性に複雑なプロモデルが作りたくなった日曜日である。



2003年06月07日(土)
私の「最近」と、みなさんの「最近」は違いますが。

文化財の発掘現場で、1850年前の弥生時代後期の集落、
1750年前の古墳時代の集落、800年前の鎌倉時代建物跡、
いろいろな物が見つかった。
もちろん、私も文化財担当の前任者として、
そして今の仕事である取材を兼ねて、現場説明会に出掛けた。
多くの文化財ファンが集まる中で、
今回の発掘に関わった人が説明をはじめたが・・その中の一言。
「この遺跡では、最近になって動きがあったんですね・・」等
私を驚かす発言があったのだが、彼の言う最近は「幕末」だった。
長い歴史で考えると「幕末」は、つい最近になるらしい。
だから説明しながら、冒頭の台詞を言って笑いをとった。
同じ単語なのに、こんなに意味が違う解釈ができるなんて、
やっぱり「漢字」は面白い。
ふと、英語や、その他の言語はどうだろう?そんなことを考えた。
地球の歴史、宇宙の歴史から考えれば、弥生時代も「つい最近」。
人によって、時間の尺度が違う。たぶん距離の感覚も・・。
私の「ちょっとそこまで」と、みなさんの「ちょっとそこまで」。
比べてみてください。



2003年06月06日(金)
「惚れる(ほれる)」と「惚ける(ぼける)」

飲み屋のおかあさんとの会話で知った雑学。
「知ってる?漢字が同じなんだよ」と教えてもらった。
そんなばかな・・と思いながら、翌日調べたら、
なんと、本当だった。(およっ)
意味は
(1)ある異性がたまらなく好きになる。…に恋をする。
(2)人柄や技能などのすぐれていることに心をひかれる。心酔する。
(3)(他の動詞の下に付いて)
ある一つのことをよいと感じて夢中になって、他を忘れるほどになる。
心を奪われる。
(4)頭がぼんやりする。また、年をとって頭がぼける。
耄碌(もうろく)する。
一度、自分の目で確かめて欲しい。
いつまでも恋愛していると、惚けないって聞いたけれど・・
「惚れると惚けない」にルビ(ふりがな)をつけなさい、って
問題を出したら、何人の人が正解するかなぁ、と一人で苦笑いした。
こんなくだらない雑学が欲しくて、飲みに行くわけではないが、
私の大切な情報収集場所であることには違いない。
また、記憶がなくなるほど飲んだ時にも、
なぜかメモを忘れない自分が可笑しかった。
(可笑しい・・おかしいって読めるかな?!)



2003年06月05日(木)
日記は、人生の通帳記入

私のホームページに訪れてくれた女性の一言。
彼女の作品集「TOMARIGI」(文芸社刊)から。
その中の「日記」と付けられたメッセージ。
>「なぜ日記をつけているの?」と尋ねられた
>「わたしにとっては
>『人生の通帳記入』をしているそんな感じなのよ」って答えた
(本当は改行、文字間、余白に彼女の想いがあるけれど、
文字の関係で詰めてしまいました、ゴメンね)
私も何度か同じ質問をされたことがあるけれど、
そのたびに的確な答えができなかったから、
このフレーズは、私のシステム手帳にメモされた。
毎日書いた日記が、どんどん溜まっていき、
時どき目次を一覧にすると、その数に自分でも驚きながらも
嬉しくてつい微笑んでしまうことがある。そんな例えにも使える。
また、いいことがあった日は入金、失敗したり嫌な日は出金。
そう考えると、入れたり出したりしながら、
少しずつであるが溜まっていく幸せを、
ほのかな楽しみにしている自分の人生そのものだ、
そんな例えも出来そうだ。
つまらないのは、思い出の入金・出金がないこと。
波乱万丈でなくてもいいから、山あり谷ありの人生のほうが
私は素敵だと思う。



2003年06月04日(水)
もしもし・・・あっ、おめでとうございます。

自分の誕生日、何か記念に残る言葉を・・と翌日、
二日酔いの身体を、熱いシャワーでシャキッとさせて書いている。
(単に飲み過ぎて、昨日書けなかっただけであるが・・)
本当に多くの方からの電話やメール、
バースディカードをいただいた。(さすがに花束はなかったなぁ)
45歳の誕生日が、こんなに嬉しいのは私だけかも知れない。
一人ひとりのメッセージが暖かかったから、
何度も何度も読み直して「気になる一言」を選ぶ作業が難しかった。
そこで、まだズキズキする頭をフル回転させて、
一日を振り返ってみたら、この会話が蘇ってきた。
昨日も多くの方に電話する機会があった。
こちらが「もしもし・・」と言うと、
不思議と「あっ、誕生日おめでとうございます」のフレーズが
会話の接頭語のように私の耳に飛び込んできた。
「えっ?私の誕生日、覚えていてくれたんだぁ」という嬉しさで
用件を忘れてしまった事もある、てへっ。
多くの方のメッセージを代表して、この会話を取りあげた。
本当に大勢の方に、祝福されたことを忘れないために。



2003年06月03日(火)
また、地上から星が消えた

東京池袋のサンシャインプラネタリウムが、
25年の歴史に幕を閉じたことをニュースの特集で知った。
そして、番組の最後に流されたフレーズが、
私の脳裏から離れなかったので、気になる一言とした。
星好きの私も、何度か足を運んだ思い出がある施設だから
寂しさはひとしおである。
巷では、中島みゆきさんの「地上の星」が、
連続100週ランクインとかで話題になっていたのに・・と思いながら
久しぶりに歌詞をじっくり眺めてみた。
そこには「すばる」「銀河」「ペガサス」「ヴィーナス」
「ジュピター」「シリウス」等、天体の固有名詞が、
インパクトのある響きを持って配置されていたが、
こんな素敵な単語も忘れられてしまうのだろうかと不安になった。
私は、ストレスが溜まりやすいこんな時代だからこそ
もっともっと宇宙に関心を示して欲しいと願う一人であるし、
大人から子どもまで、自然の大きさを実感できる宇宙を
これからの教育の基礎としたらどうだろうか、と考えていたから
余計に淋しくなった。
「しし座流星群」で、多くの人が空を眺めることを覚え、
NHKの朝の連続番組でも「宇宙飛行士」について取り上げた。
今回は、国や東京都で補助金を出してでも、支援して欲しかった。
(りそな銀行に公的資金を当てるくらいなら・・・)
それくらいプラネタリウムは、必要な施設であると今でも思っている。



2003年06月02日(月)
一所懸命やったから、悔し〜い

何気なく見ていた、TV番組の中から・・(再放送かも)
小さい幼児が、初めてのお買いものに行く企画番組。
いつもあの思いがけない行動に、目を細めながら見ていたが、
今回の女の子は、しっかりしていた。
頼まれたものをしっかり買い、その帰り道、荷物を落としてしまい
玉子がいくつか割れた・・普通は「あ〜あ」で終わるシーン。
4歳の彼女は、せっかくパパに頼まれた買い物を
完璧にできなかったことを嘆き「くやし〜い」と泣いた。
私は、最近泣きたくなるほど「悔しい」と思ったことが浮かばない。
それはたぶん、自分で自分に言い訳をし、こんなものだな・・と
諦めたり、中途半端な結果で満足しているからだろう。
彼女の一所懸命さが、私の胸を強く打った。
今まで「生き方に完璧を求めることは良くない」と自分で理解し
「時には、自動車のハンドルのように『あそび』が必要だ」と
人生をわかったような顔をしていた気がする。
もう一度、何かに「一所懸命」打ち込み、
うまくいかない時「悔し〜い」という気持ちを味わいたいな、と
思った番組であった。



2003年06月01日(日)
「ファン」はいいけれど「アンチ」はダメ

地元FMラジオで、ゲスト持参のCD曲を流してくれる。
今日は、私がゲスト。(あはは)
風の「お前だけが」と、読売巨人軍球団歌「闘魂こめて」。
(この2曲のギャップが、なんともなぁ・・)
ただ、リスナーに伝えたいことがあったから、この曲を選んだ。
確かに昨晩の9回の大量得点は、凄かった。
ジャイアンツファンとしては残念であるが、
レフトスタンドの阪神ファン、応援もまとまっていたし
そのパワーに選手達が後押しされた形になったと思う。
敵チームとしても、天晴れ(あっぱれ)・脱帽である。
しかし、帰りの新幹線の中で、アルコールの勢いもあってか、
「俺は阪神ファンじゃなくて、アンチ巨人なんだ」と大声を出し
「阪神の勝利より巨人の負け」を喜んでいた人を見つけた。
辞書で調べると、アンチ 【anti】
(接頭)名詞に付いて「反対の」「…でない」「…に対する」
などの意味を表す。反。
しかし「彼はアンチジャイアンツだ」を英訳すると
He hates the Giants.
【hate】は、憎む, ひどくきらう、の意。
自分の好きなチームを思いっきり応援するのではなく
憎むチームが負けるのを喜ぶなんて、ちょっと淋しくないですか?
というメッセージも込めたつもりである。
だからこそ、あえて「私は大のジャイアンツファンです」と伝え、
「闘魂こめて」を選曲した。
「アンチ」という言葉、広まって欲しくない単語である。
(アンチという事は、関心がある・・という意味でもあるけどね)