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■ 当事者
「いいんだよ。当事者じゃない人間は当事者と同じ気持ちにならないで。いつか自分がそうなったときに頑張れば」 ”当事者”より(山本文緒「ファースト・プライオリティ」収録)
案外、自分の思い通りに何かが遂行していくということは、ない。 いや、そんなに上手くいくことのほうが少ないのだ、というのが正確なのかもしれない。
もちろん、それに異を唱えることはできる。 高校進学、大学進学、就職と自分で決めてきたじゃないか、と。
でも、今思い返してみると果たして本当に自分の選択だったのだろうか―もっと言うのであれば”自分がしたいこと”だったんだろうか―という疑問が付きまとうのも事実だ。
そりゃ、傍目からしたら「勝手に大学も変わっておいて、好きでぷらぷらしながら、そりゃないんじゃないの」とは思われるのだとは容易に推測できる。 しかし。
あの時の感情はまぎれもなく何かに対しての”焦燥”だったように思う。
ここに居ていいんだろうか ここは望んでいる場所じゃないのかもしれない 自分がしたいことってなんだろう 楽しいだけで流されていないだろうか
好き勝手に―傍若無人に、かもしれないが―、仲間と騒ぎながらもそんなことを多分、どこかで考えていたような気がする。
今居るところから離れなければならないということ。 それは一見すると何らかの圧力―その要因は距離的なものだったり、経済的だったりするけれども―がかかっているように思えるけれども、実は自分が臨んでそういう形にもっていっているのだと今は思う。
・・・そういう、なんらかの急き立てられる感じ。
でも、今回は多分、今までのボクの人生の中で一番主体的に選んだところのはず、と思う。 自分で納得をして―それは誰のせいにもしない、ということをも当然ながら意味している―行動をする。
まだ、ボクは自分の人生において当事者じゃないのかもしれない。 傍観者のままかもしれない。
でも、踏み出すことにした。 何かが変わると信じて。
何も変わらないかもしれないし、来年も自分の人生において当事者になっていないのかもしれない。 環境を変えることで、何かが変わると期待するのは浅はかなのかもしれない。 でも。
2006年02月10日(金)
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