白い木蓮の花の下で  

    〜逝くときは白い木蓮の花の下で〜

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2009年01月09日(金) 年賀状

今日は友人から寒中見舞が届いた。もう、松の内も過ぎちゃったので年賀状じゃないのだ……って事は、今年の年賀状も出揃ったってことになる。

毎年、元日に届く年賀状の数が減っているのを感じていたけれど、なんと今年は元日に届いた年賀状よりも新年4日に届いた年賀状の方が多かった。年賀状は元日に届かなきゃいけいない……って物ではないけれど、いささか寂しいような気がしたのも事実。なんて言うのかなぁ。年々、年賀状の意義が薄れているんだって事を思い知らされたようで。

とは言うものの、綿はは年賀状に情熱を傾けるタイプではなく、むしろその逆。裏も表もPCで印刷した物に、ひとことメッセージを添えているだけなので、年賀状について語れるような人間ではない。

ちなみに。いただいた年賀状の中に裏も表も完全な手書きのは数えるほどしかなかった。そのうちのほとんどが書道をたしなむ友人・知人。あとは絵を描く友人。たいていの人は何がしかの印刷に頼っている。

年賀状も出揃ったことだし、来年の年賀状リストを整理しておかなくては。私は基本的に「年賀状だけの付き合い」は好きじゃないので、そういう人は、こちらから少しずつ切っている。

もう2度と会わないであろう人…しかも、会いたいとも思っていない人から「また会いたいですね」なんて書かれた年賀状を戴くのは空々しいし、心にもないメッセージを書いた年賀状を出すのはそれ以上に嫌なのだ。もっとも「お世話になった、あるいは恩を感じている人」はその範疇ではないし、ごく稀に「むしろ今は年賀状だけの付き合いでいいし、いつかまた会うだろう」って人もいる。

PCを使うようになってから年賀状はもっぱらPCで作っているけれど、せめて個人的な友人には手書きの年賀状を出せるようになりたいなぁ……と思っている。娘に手が掛かるうちはクリスマスカードを手書きするだけで手一杯だけど、将来的にはってレベルで。

年賀状を手書きするようなった頃、もしかしたら私は色々な意味で現役を引退しているのかも知れないなぁ。その頃「手書きで年賀状を出したい」と思える友人は何人いるのだろう。いつか、来るだろうその日を楽しみにしつつ、今日の日記はこれにてオシマイ。


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【同月同日の過去日記】
2007年01月09日(火) ふるえる寒さ
2006年01月09日(月) お礼状
2002年01月09日(水) 色々な日記達〜そんな日記が好きなのです〜

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