白い木蓮の花の下で  

    〜逝くときは白い木蓮の花の下で〜

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2006年09月11日(月) 幼馴染の吃驚発言

2日前に自分で書いた日記を読み返してみて「偽善的だなぁ」と嫌になってしまった。実のところテーマは「偽善」ではなくて「自分に言い聞かせる」だったのだけど。

本当は幼馴染に会った時のことをギュギュッっと濃縮還元ジュースのように、くどくどと書き連ねかかったのだけど、あまりにも見苦しくなりそうで手加減したのがマズかった。が、少し時間が空いたので、そろそろ冷静に書けそうな気がする。

彼女のことを「友人」ではなく「幼馴染」とあえて書くのは1年に1度程度しか会わないし、さほど突っ込んだ間柄では無いと思ってのこと。小学校の時は、よく遊んだものだけど高校、大学、社会人といった人間が大きく成長する時期の彼女のことはよく知らなかったりするのだ。

土曜日は幼馴染と会って、正直なところツマラナイ時間を過ごしたのだけど、最後の方で吃驚するような発言に出くわした。幼馴染は積極的に恋人を作る気もなければ、結婚する気もないらしいのだけど、保育士のアルバイトをしているせいか「子供」に対して執着が強い。「子供はどうするの?」と問うた彼女に対して「授かり物だから、なんともねぇ。最近は不妊のカップルも多いし、絶対に…とは思っていないよ」と答えたのだけど、それに対する返答が「だったら、向井亜紀みたいにすればいいやん!」ときたもんだ。気分を害するとか、怒るとか以前に「鳩が豆鉄砲」状態になるほど吃驚してしまった。

こういう言葉をサラリと言い放ってしまえる幼馴染って、いったい……私の頭の中はクエスチョンマークで埋め尽くされてしまった。ひとまず無難に「そういう方法を否定はしないけれど、私達夫婦は子供を産むために一緒になった訳ではないて、子供は授かり物だと思ってる。子供が授かるのは夫婦にとって嬉しいことだけど、もし無理だったら、それはそれで夫婦で仲良く暮らしていこう…って夫とも話しをしてるから」と言ったのだけど、なんだかなぁ…って感じだった。

「子供云々」って話は、ただでさえナイーブな問題だけど、子供を望んで努力しているのに授からない人から、そういう言葉を聞いたとしても、吃驚しなかったとは思うのだけど、幼馴染の口から聞かされた…ってところに驚いたと言うか、なんと言うか。

まぁ、色々と思うことはあったのだけど、とりあえず彼女とはこれからも「幼馴染」として、1年に1回程度、お茶だけして無難に別れるくらいの関係で良いかな……と思ってしまった。世の中は色々な人がいて、人それぞれに考え方があるので、違う考え方を否定したくはないけれど苦手に思ったりするのも事実なのである。

そんなこんなで今さらながらに、幼馴染の吃驚発言について書いてみたところでも今日のなッ気はこれにてオシマイ。


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【同月同日の過去日記】
2005年09月11日(日) Fが来た!
2003年09月11日(木) かもめのたまご
2002年09月11日(水) 海の神戸。山の神戸。

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