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2026年08月29日(土)
『顔 -かお-』

『顔 -かお-』@新宿武蔵野館 スクリーン1

目に見えない美というものがあり、母親は勇気という美を最後迄手放さなかった。見ている者の何気ない言葉、見ていない者の想像力。目に見えない言葉は途轍もない醜さを孕んでいる 『顔 -かお-』

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— kai (@flower-lens.bsky.social) 0:28 · Aug 30, 2026


原題『얼굴(顔)』、英題『The Ugly』。2025年、ヨン・サンホ監督作品。『新 感染』シリーズを手掛けた監督です。昨年K-BOOKフェスティバルでパク・ジョンミンが来日した際、「ヨン・サンホ監督の映画は日本だと“新感染”ってタイトル(邦題)になるので、『新感染 枠』とかになったりして(「얼굴(顔)」は枠と同音異義語)」といっていたけど(これ、京都風の嫌味というか牽制なのでは……)、そうならなくて本当によかったよ! こういうのでいいんだよこういうので!! 原題『얼굴』のハングル表記を邦題『顔』の漢字に組み込んだ塚本陽による宣伝美術もとてもよかった。こういうのがいいんだよ!!!

「韓国の奇跡」と呼ばれる盲目の篆刻師と、その父を尊敬し事業を支える息子。ふたりのもとに、長年行方不明だった母親の遺体が発見されたと警察から連絡が届く。白骨となった死体の状況から、時効ではあるが他殺の可能性が強いという。いったい何があったのか。息子は母を知る人物を訪ね話を聞いていくが、彼らが口を揃えて語るのは、彼女がとても醜い顔をしていたということ……。

美醜というものは目に見えないものを見ることだと気付かされる。父親は盲目だからこそ言葉を信じた。母親を疎み迫害した人々は、見えていたものから目を逸らした。見たものをなかったことにせず、社会(掟といってもいい)に迎合しない彼女の強さを、世間は醜いと見做した。彼女を殺した人物も、彼女を埋めた人物も、そしてそのことをなかったことにする人物も。皆が目を瞑る。1970年代でも、現在でもそれは変わっていない。問題の射程は長い。

そして観客の私は、ふたりの結婚を祝福するひとたちの笑顔に嘘を見い出すことが出来なかった。彼らは本当に、幸せそうなふたりを幸せそうに寿いでいる、ようにしか見えなかった。監督の意図のもと、そう撮られているのだと感じた。この象徴的なシーンは、パンフレットにも見開きで掲載されている。改めてその写真を見つめる。誰もが屈託ない笑顔でふたりを祝福している。ひとは常に多面体であり、見えないものを見たと信じ込もうとする。心からひとを蔑み、心からひとの幸せを祈る。それはどちらも嘘ではないのだ。私が見たものは、見たいものはどちらだったのだろう。

人々の証言は、「インタヴュー」という形で5つのセクションに分けられている。母親に何が起こったか明らかにされていくにつれ、インタヴューに同行していたディレクター(そもそも彼女が取材に乗り気だった)と息子の心的状況が変化していく。正反対になったといってもいい。ディレクターは虐げられた女性の悔しさに気づき、息子は恥を隠さねばと行動に出る。幕切れの息子の表情はささやかな救いか。でももう遅い。彼は「寄生虫」のままこれからも生きていくのだろうか。鑑賞後も苦い余韻が残る。社長のカメラがNikonだったのにはハッとさせられたな……朝鮮戦争特需により、日本の経済は発展した一面がある。やるせない思い。

当時の父とその息子、二役を演じるのはパク・ジョンミン。謎を知る父と謎を追う息子、「似ている」といわれるふたりの心の動きを、繊細に演じる。いやほんとこのひとすごいな……。今作で百想芸術大賞で最優秀演技賞を受賞したとき驚いてましたが謙虚すぎるだろう。その後青龍賞授賞式ではHwasaとの「Good Googbye」がミームになったりして、ノってるわ〜(微笑)。現代の父を演じたクォン・ヘヒョも素晴らしかったです。

ノってるといえばヨン・サンホ監督も。最新作『군체(群体/邦題『コロニー』)』も東京国際映画祭のクロージング作品に決定、『新感染』ってつかなくてよかったね! と思ってます(根にもつ)。

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・顔 -かお-┃輝国山人の韓国映画
詳細なクレジット。いつもお世話になっております! しかしカメオ出演しているらしいク・ギョファンの名前は見当たらず。こちらに載ってないってことは非公式というか、ほんとに隠れキャラな扱いなのね……事前に知って注意して見ていたんだけど結局わからず。本人が種明かしをするのを待つしかないのか?

・『顔 -かお-』ヨン・サンホ監督 映画の美学は欠乏から生まれる【Director’s Interview Vol.584】 ┃CINEMORE
俳優やスタッフといったフィルムメーカーたちが望むもの、「この映画をどう作るか」だけに集中し、自分たちが満足できる方向性だけを定めて追求すればよかった。

・あなたを、私を「醜い」と判断するのは誰?一人二役で主演!韓国映画『顔 -かお-』パク・ジョンミンインタビュー┃otonaMUSE
自分が参加することで世に出るべき物語の役に立つなら参加したいという気持ちは、年々強まっています。(中略)最近は「監督が伝えようとしている物語の具現化を助けるのが俳優という職業」という方向により意識が向いてきました。

鑑賞前にオンライン参加。秋月望明治学院大学名誉教授による貴重なお話が聞けました。「横断歩道がない」って話は関川夏央の『ソウルの練習問題』でも読んだなあ。

映画『顔 -かお-』公開記念 ―映画の背景となる70〜80年代の韓国
www.chekccori.tokyo/mc-events/ge...

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— kai (@flower-lens.bsky.social) 2:07 · Aug 29, 2026

映画公開日の前日に開催された、こちらの講座にもオンライン参加しました。朝鮮史を研究、70年代から韓国を訪問し、当時の様子をその目で見ている方です。
映画を観て「ああ、ここのことを話していたんだ!」となるシーンがいくつもありました。参加してよかったな。「映画を観ると時代がわかるというより、時代を知っているからこそ映画の内容がわかる」という言葉が印象的でした。以下印象に残ったところをおぼえがき。
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・ソウル大へ留学を申し込んだら「日本人は入れない」ということで、高麗大へ留学した(当時はそういうものだったのかな)
・全泰壱とYH貿易事件の経緯。声を上げた労働者たちがどうなったか
・朴正煕は、今でも「漢江の奇跡」といわれる経済復興を指揮した人物として評価されているという一面がある
・経済をまわすことが第一なので、交通は物流を担う車が最優先。横断歩道もなく、歩行者は地下道を通れとなる。道の舗装もよくないし、視覚障害者や車椅子のひとにとってはとても危険。障碍者は外に出ることもままならなかった
・当時は健康保険がなかった。医者にかかれず薬局に行くしかなく、街中に薬局が沢山あった。「약」と大書されたデッカい看板があちこちにあった
・年金制度もなく、大きな利益を得た社長であっても老後は貧困に喘ぐケースも珍しくなかった。むしろ家族がいた方が頼りになった
・障碍者の就労状況は劣悪。視覚障碍者が就ける仕事はほぼあんま。それも風俗店の隠れ蓑とされるマッサージ師として雇われることが多かった
・朝鮮戦争以前、主に北は工業、南は農業を担っていた。戦後、北は「地上の楽園」と呼ばれる程発展し、南は経済的に困窮した。当時の帰国事業を指して「何故あんな貧しい国に帰国したのだ」と思うひともいるだろうが、60年代は北の方が経済的に豊かだった
・外貨を稼ぐため、男性は炭鉱夫、女性は看護師として西ドイツに出稼ぎに行った。看護師の仕事も死体を洗ったりといった下働きが主だった
・時代背景や就労状況を知っていると、登場人物から語られる言葉の印象が変わってくるかも。(韓国人と)話していて「なんでこんな(キツい)言い方をするんだろう」と思うことがあるが、あれは自分の感情に素直なだけなのかも
・急激に発展したので、今となっては日本人より韓国の若者の方が当時の困窮を想像し難いかも
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当時の東大門の写真も見せてもらえた。先鋭的なザハ・ハディド設計のDDPがある辺りに、バラックのような工場がひしめいている。あの華やかなファッション街は、ここが原点だったのか……国の発展は、名前の残らない多くの弱者の涙なしには成し得ないものなのだろうかと考え込んでしまった。