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2024年11月30日(土) ■ |
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大駱駝艦・天賦典式『脳-BRAIN-』 |
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大駱駝艦・天賦典式『脳-BRAIN-』@世田谷パブリックシアター
大駱駝艦 天賦典式『脳-BRAIN-』たかだか20ワットの電力で動く脳に人間は何故支配されるのか、自らをも滅ぼしかねない程に。 全員が全編出ずっぱりって近年なかったかも。毎回素晴らしいけど今回は特にシビれた
[image or embed] — kai (@flower-lens.bsky.social) 2024年11月30日 18:44
全員全編出ずっぱり、誰がどこに出ていても場が“持つ”。集団の充実を感じる。「すごい活きのいいダンサーがいる!」と感じたひとが何人もいたんだけど皆さん白塗りなので顔が照会しづらい(笑)誰なの〜。
記憶違いでなければ、天賦典式での麿さんは中盤や終盤に出てきてソロを踊ることが続いていたように思う。それが今回、麿さんも全編出ずっぱりだった。ときどきサポートが加わる場面もあったけど、それは衣裳を脱がせたりといった黒衣的な役割に留まる。筋肉質な上半身を晒し、観客に向けられた背中の猛々しさ、神々しさに見入る。フランソワ・シェニョーとの『ゴールドシャワー』を経て、肉体が若返ったかのような印象すら受けた。ゆっくりではあるが、屈んだり立ち上がる動きにもブレがない──いや、ゆっくりな動きにこそ、より筋力が必要なのではないか──膝の屈伸にしても、麿さんの年齢を考えると驚異的でもある。
そう、今回“舞踏”における膝の重要性に改めて気づかされる思いでもあった。腰を下ろしたままの摺り足、コサックダンスのような姿勢のまま、極力足の裏を地面から離さず素早く移動する。特に今回、両掌にルミジュエルを着けていたダンサーがすごかった。誰ー! 全員で大地を“踏む”音の力強さは、大駱駝艦という集団の魅力を際立たせる。
集団は呻き、叫び、近づいては離れ、頭を布で覆って立つ。機関銃のような音とともに倒れていく。しかしまたゆっくりと立ち上がる。また撃たれる。また立ち上がる。そしてまた……繰り返されたこの場面には中東地域の惨事を想起させ、人間の残虐性を浮かび上がらせる。体重のたった2%、消費電力はわずか20ワット。脳という器官が“発明”する恐ろしい所業の数々に戦慄する。自らをも滅ぼしかねない、いや、既に滅ぼしつつある人類の行く末を思う。衣裳(富永美夏)と美術(大津英輔)は白とシルバーが基調。シナプスや血管、リンパ管を連想させるカラフルなワイヤーやロープがアクセント。土井啓輔、ジェフ・ミルズの音楽は彼岸と此岸、原子と電子を往来するかのよう。
東京での天賦典式は2022年以来だと記憶しているが、そのときの『ラララ サピエンス』からの流れを汲んでいるのだろうか、近作には歌のコーナーがある。全員で唄う脳の、人間の行方。大駱駝艦の機関誌『をどる』の巻頭には、公演にあたり麿さんからのメッセージが記されているのだが、それが歌詞になっている。
「フィナーレ」と題されるカーテンコール。能における「仕舞」、「まろー!」と大向こう。“一差し”舞う、貫禄と瑞々しさを併せ持つ麿さんの姿には、いつも涙してしまう。またの逢瀬を楽しみに。
終演後、外国人の観客が「Wao, Wao!」といい乍ら退場していてなんだかにっこり。鑑賞にあたっての諸注意が開演前に日本語と英語で流れるんだけど、コロナ禍真っ只中のときは英語のアナウンスがなかったんですよね。今回は英語も復活してた。でも自動音声になってたような……? 過去は艦員と思われるジャパニーズアクセントの英語が流れ、それを聴くのも好きな時間でした。
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今年の秋、座・高円寺で開催された堂本教子さんの展覧会に飾られていた写真。その後カフェの展示も観に行けました。 長らく大駱駝艦や麿さんの舞台衣裳を担当していた堂本さんが亡くなったのは、昨年の12月。今回の公演は、没後初の天賦典式だったんじゃないかな。 堂本さんが衣裳を手掛けるようになってから、大駱駝艦は“衣を纏う”美しさを手に入れた。それ迄は男女ともに腰蓑のみで踊ることが多く、(白塗りや金粉というレイヤーはあれど)おどろおどろしさが前面に出ていた。堂本さんの衣裳は時代を捉え、グロテスクに洗練を持ち込んだ。“暗黒”と呼ばれる舞踏が幅広い観客から継続して愛されているのは、堂本さんの貢献も大きかったと思っている。 大駱駝艦に限らず、本当に多くのダンス公演の衣裳を手掛けられていた。大きな損失。ご冥福をお祈り致します
・世田谷パブリックシアターも改修工事のため2026年4月1日から一時休館とのこと。一時的ではあれ使えなくなる劇場がどんどん増えていく。大駱駝艦もそうだが、定期的にここで公演を打っている団体はどうするのだろう
・国立劇場も、そこにあるのに使えないという状態。青山円形劇場もそう。ずーーーっといい続ける、返してほしい
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