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2024年09月16日(月)
『ランサム 非公式作戦』

『ランサム 非公式作戦』@新宿バルト9 シアター4


あと学閥〜!

今作もファクション、情報開示は2047年なんですって。ソウルオリンピック開催を前に浮き立つ世間の陰で、こうして職務を果たしたひとたちがいた。派手なアクションエンタメでありつつ、打ち捨てられ(かけ)た人々の風景を逃さず捉えているところに感銘を受けました。

原題『비공식작전(非公式作戦)』、英題『Ransomed(身代金を支払い人質・捕虜等を取り戻すこと)』。2023年、キム・ソンフン監督作品。モチーフとなるのは1986年にレバノンで起きた韓国人外交官拉致事件。行方が掴めないまま1年以上経った1987年10月に突然彼の無事が知らされ、数日のうちに救出されたという不可解な部分も多い出来事です。今判明している情報のみから創作されたものですから(勿論取材は相当しているだろうが)、「情報開示は2047年」と断りを入れたのだと思われる。しかしそうなると観客は興味を持って経過を注視しますし、「今わかっている時点で、どの部分が実話なんだろう」と調べたくなりますよね。観客の知的好奇心を刺激する面白さ。

イギリス赴任をエリートにかっさらわれ腐っていた外交官が、レバノンからの報を受け現地に行く役を買って出る。手柄を立てれば栄転出来るかも! という野心があるんですね。裏社会に通じる仲介者や富豪との交渉を終え、ドルを手にしてようやく辿り着いたベイルート。早速武装組織に襲われ、逃げる途中で手配されていたものとは別のタクシーに乗ってしまうのだが、その運転手が密入国者の韓国人で……?

よりにもよって韓国政府(ていうか全斗煥ね)が身代金を踏み倒したというところがゴリゴリのノンフィクションであった。すげーな! テロリストに屈して身代金を渡したなんて世間に知られたら、次の選挙の妨げになる。ただでさえ支持率落ちてんだから! という理屈です。すげーな!(再)そんな訳でこの救出劇は、政府の許諾を得ずに外務部が独断で進めた「非公式作戦」だったのでした。なのに無事救出したら政府が手柄横取りだもんな! すげーな!(再々)

1987年といえばそう、『1987、ある闘いの真実』でも描かれた民主化宣言の年。いよいよ独裁が危うくなった政府は保身のために外務部の邪魔(としかいいようがないね!)をしまくる。『ソウルの春』を観たばかりだったということもあり、安全企画部長を「あっ、こいつハナ会の元軍人だ!」とか、あ〜閣下って全斗煥ね、壁に飾ってある肖像写真も全斗煥ね、と理解が早い。成程この年は激動の年だったんだ、そんな中こんな出来事もあったのか……と刮目。

しかしこの映画には、「信じること」を最後迄信じられる優しさがありました。騙され続けてすっかりひねくれてしまった「誠実な青年」が本来の自分を取り戻す。栄転する後輩の机に飾られた花に殺虫剤かけちゃったりしてたちっせー(笑)外交官が、誰も見捨てないことを選択する。『モガディシュ』には「ソマリアという地域をここ迄物騒に描いていいのか」というような声もあったそうだけど、今作は約束を守るレバノン人を零さず描いたこともいいバランスだった。確かにこの地域は危険で、騙し騙されが日常なのだろう。それが現実なのかもしれないが、こうした娯楽作品で負の側面ばかりを描いていると、それは知らず知らず不審と差別を観るひとに植え付ける。日本でも川崎市や足立区のことを揶揄する表現を目にするの、ホントに嫌なのよね。最近では川口市が色々いわれていて本当に嫌。

閑話休題。金が、出世がで動いていたひとたちが、人生それだけではないと信じてみる。果たして主人公はアメリカに赴任出来たのでしょうか。でも帰国した彼の晴れ晴れとした表情は、出世欲など消えているようにも見えたのでした。

外交官はハ・ジョンウ。タクシー運転手はチュ・ジフン。『神と共に』のふたりですがな。いいコンビ〜! 期せずしてバディを組むことにな李、騙したり騙されたりしつつ、最後はお互いを「信じる」。空港に「TRUST ME」って書かれたタクシーが見えた瞬間泣きそうになったもんね! そういえば『神と共に』(因と縁の方)の方に「悪い人間はいない、悪い環境があるだけだ」という台詞があったわね……このふたり、カンニムとヘウォンメク生まれ変わりなの? という妄想も膨らみますね……楽しいね! ハジョッシの出演作って大概彼の演説シーンがあるんですが、まーホントに声がよい。ヒアリング出来ないのに聴き入ってしまう。そしてモッパンシーンですよね。序盤に早速出てきてニコニコしましたが、中盤疲れちゃって「食欲ない」とかいいだすシーンもあってええっ食べなよ! などと思う。食欲があるとこちらも安心する(笑)。

しっかしジフニはかっこいいね。身のこなしがいちいち美しい。かなり姑息なこともするけど憎めない。ひとたらしだわ〜。そんな子から「ヒョン〜!」とかいわれてみい、そりゃハジョッシもほだされますよ。役と本人がごっちゃになっている。そんなスカした子が何故この国にいるのか、なんで密入国なんかしたんだって話でベトナムとかアフガニスタン派兵のことが話題に出てくるんだけど、短くさりげないシーン乍ら深刻さが伝わったのは、ジフニの存在に説得力があったから。彼女がいるのもらしいというか、そんでその彼女に怒られてお金返しに行くところ、自分が出国するときちゃんと彼女も連れて行けるよう頼むところもジフニや〜といいたくなる魅力でございました。

そして外務部長官役のキム・ジョンス。公務員の矜持を見せてくれるいい役。事務次官たちとのシーンには涙出た……。ここ数作観ている作品全部にキム・ジョンスが出ている気がする。極悪人だったり義に厚いおじちゃんだったり、幅広い役柄を印象的に演じている。気になる存在。

密入国者、『極限境界線』にもいたなあ。実際こういうひとはポツポツいて、故郷に帰りたいけど帰れずにしぶとく生きてるんだろうなと思わせられました。「外交部の使命は人命を守ること」。健気な書記官たちや、世間から評価も感謝もされづらい公務員という仕事を描いているところもも両作に通じる。娯楽作にもちゃんと問題提起がある。それでいてエンタメの楽しさも詰まっているところがすごい。めちゃめちゃアクションあったな! しかも珍しいやつ。狭い道ガリガリとか天秤ワイヤーとか(見ればわかる)。冒頭ツイートにも書いたけど、一難去ってまた一難が50回くらいあった気がする。数分毎にドキドキハラハラ、体感時間は短かったけどドッと疲れた(笑)。

それにしても、そもそもはこの外交官が日本人に間違われて誘拐されたってのがさ……。ここら辺の真偽はわかりませんが、有り得るだけに妙な説得力。モブの風景で顕著でしたが、中東の雑踏を東洋人が歩いていると本当に目立つ。服装が違うというのもあるが、とにかく顔立ちが違う。その景色から浮き上がるような錯覚さえ覚える程だ。そして現地のひとに日本人と韓国人の区別がつくとは到底思えず……。やっぱり日本と韓国は近くて近い国。

何げに動物いっぱい出てて、犬=最後には助けてくれる、羊=結果的に助けてくれる、猫=何もしない、てのがまたよかった。犬といえば、「ケーセッキヤー」って台詞すっごい出てきたな(笑)。『新しき世界』育ちにつき、挨拶以外で最初に覚えた韓国語がこれだといっても過言ではありませんが(…)、ヤクザならまだしも任務遂行に励む公務員からこんだけこの言葉を聞くとは。人前ではいっちゃいけないといわれているスラングですが、それだけポピュラーないいまわしなんですね。でも今回犬に助けられたじゃん! 犬いいやつ! 敬意を払おう!(笑)

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・ランサム 非公式作戦┃輝国山人の韓国映画
いつもお世話になっております! パンフレットにはレバノン側のキャストが全く載っていなかったので助かる!

・踏み倒された身代金 映画「ランサム」裏話┃一松書院のブログ
こちらもいつもお世話になっております、秋月登氏のブログ。情報開示はまだなのに、何故部分的であれ事件の詳細が明らかになったのかの背景が詳しく書かれています。皮肉な話ですね。
そしてこんな人質救出劇、すごく話題になってそうなのに記憶にないなあと思っていたら、翌月にあの大韓航空機爆破事件が起こっていたのですね……こちらは日本も大きく関わっているので報道もすごかったしよく憶えています

・ところで、ここんとこ70〜80年代を描いた韓国映画を立て続けに観ていますが、この時代は銃撃戦もポピュラーだったんだなと新鮮な気持ち。いや今回は外国での話だけど、『ソウルの春』は韓国内だし、『ハント』なんて日本で派手に銃撃戦やってましたからね。『新しき世界』育ちにつき(再)、カチコミは金属バットだと刷り込まれています(兵役終えたひとは容易に銃が扱えちゃうので銃規制がものすごく厳しく、入手には厳重な審査が必要なのだそう)