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2024年06月08日(土)
『罪深き少年たち』

『罪深き少年たち』@シネマート新宿 スクリーン1


原題『소년들(少年たち)』、英題『The Boys』。2023年、チョン・ジヨン監督作品。韓国映画にはファクション(ファクト+フィクション)と呼ばれる作品が多く、今作もそのひとつ。

1999年に起こった強盗殺人事件「参礼(サムレ)ナラスーパー事件」が元になっている。犯人たちは夜中に店に押し入り、住人の口をテープで塞ぎ金品を奪った。その際、高齢の女性が命を落とした。少年3人が逮捕され立件、実刑判決が下り刑期を終えたが、真犯人がいるという情報提供から再審となり、無罪判決となった。警察と検察の杜撰な捜査、虚偽自白を強要する暴力や脅迫行為が明らかになった。

実際の事件のことを知らなくても、キーマンを演じるのがスター俳優なので展開は読める。しかしそこには、こうあってほしい、こういうひとがいればよかったのに、という願いが込められているように感じる。警察内部にこんなひとがいてくれれば。被害者の勘違いがなければ。濡れ衣を着せられた少年たちの話を真摯に聞き、迅速に動いてくれるひとがいてくれたら。大人たちの後悔が続く。自分たちがいかに取り返しのつかないことをしてしまったか、懺悔の記録でもある。

その結晶として、映画ではひとりの人物が造形される。映画を観たあと事件のことを改めて調べ、より苦く感じたのは、このソル・ギョング演じる“狂犬”が架空の人物だったということだ。犯人に喰いついたら離さない、検挙率ナンバーワンの刑事。彼の周囲にはまっすぐな人間が集う。彼の妻と娘、彼を慕う部下。よりにもよってこの部分が“フィクション”だったか……と、やりきれない思いにもなった。それでも彼らの存在は救いでもある。不正を見過ごせず、どんな逆境にあってもユーモアを失わない人々。そんなひとたちがどこかにいると思える希望と、そうありたいと思う理想。

“ファクト”側の結晶もある。ソ・イングクが演じる人物の決意だ。彼の罪は大きいが、それでも人生はやりなおせるということを示してくれる。こういうところはクリスチャンの多い韓国ならではの人生観なのだろうか、実際の事件で再審を請求したのも、少年たちの話を聞いた全州刑務所勤務のカトリック教化委員(日本でいう教誨師だろうか)だったとのこと。

事件当時と現在(再審へ向かう様子)を交互に見せる流れは正直リズムが停滞気味で、時系列でよかったんじゃないかなどと素人は思ったが(あと遠洋漁業に出たあいつはどうなったんだよとか)、さまざまなすれ違いや勘違いが起きた当時のことを、現在パートでひとつずつ解きほぐしていく過程には説得力があった。韓国語話者ではないので重要な“訛り”を聴き分けられなかったのだが、台詞でフォローしてくれたので理解出来た。そういうところが丁寧。

イケオジとくたびれ両方のソル・ギョングを堪能。彼の部下役がホ・ソンテ、いい味(若い頃の髪型とファッション!)。憎まれ口を叩きつつ夫のことを信じている妻を演じたヨム・ヘランも印象的。お店を掃除する夫にやめんかいって怒るシーン、よかったなあ。ソ・イングクは意欲的な作品選びをしますね、リスキーな役を積極的に受けている印象がある(パン屋さんのシーンがあってよかったね……というかこれ、フォローなのかな)。3人の少年役もよかった。子役もそっくり!

再審を終えても、警察と検察に所謂“お咎め”はなかったという。闇は根深い。スーパーの店名を「ナラ」から「ウリ」にしたところにもメッセージを感じた。ナラ(나라)には「国」、ウリ(우리)には「我々、私たち」という意味がある。これは私たちに起こってもおかしくない。他人事でいてはいけない。そのことを忘れず、何度でも思い出し、ウリナラ=私たちの国をよくしていきたい。祈りにも似た思いが込められているように感じた。日本でも袴田事件や飯塚事件、日野町事件、最近では大川原化工機事件、鹿児島県警の隠蔽疑惑(疑惑も何も)がある。そのことを忘れてはいけないし、他人事でいてはいけない。

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以下ネタバレ:

冒頭のツイートにも書いた検事役はなんとチョ・ジヌン。公開情報一切に名前出てなかったのでホントビックリした、「え!」て声出そうになった。友情出演とのこと。また芝居も巧いからさあ、ほんっと憎たらしいのよ! あのシレ〜ッとしたトボけ顔な! 腹立つわ〜。『ソウルの春』のファン・ジョンミンもそうだけど、著名な俳優がこういう役をちゃんと引き受けるところには志の高さを感じる。

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・罪深き少年たち┃輝国山人の韓国映画
いつもお世話になっております。少年たち(事件当時と再審時、どちらも)を演じた役者さんたちの情報も載ってて有難い。ていうか、パンフレットにはそういう情報を載せてよ

・前政権の事件は暴いたが、検察の責任は曖昧にした過去史委員会┃東亜日報
過去史委は、(中略)「参礼(サムレ)ナラスーパー強盗事件」では、真犯人が自白したにもかかわらず釈放した当時の捜査検事(現・大手法律事務所弁護士)の責任すら取り上げなかった。

・[インタビュー]「落ちぶれ弁護士」のストーリーファンディングが一日で7千万ウォン┃hankyoreh japan
(検事長や判事出身など数十億ウォン台の受任料を得る「前官不正」が明らかになった)問題のある弁護士が多い韓国社会では、彼らに対する反作用と言うべきか、例えば正義に対する期待感みたいなものがあったのではないだろうか。
いくら世の中が暗くて正義が消えてしまっても、市民たちが自分と変わらない、別に立派でもない平凡で普通の人がこんな仕事をすることに対する応援だと考えます。
再審を請け負った弁護士の、2016年の記事。“「評判の再審弁護士」から自ら「落ちぶれ弁護士」になっていることを告白”なんて……なかなか複雑な気持ちにもなります。
実際の事件に巻き込まれた少年たちの画像も。映画の再現率に驚きました