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2024年05月25日(土)
小林建樹『25th anniversary』

小林建樹『25th anniversary』@Com.Cafe 音倉


で、狼狽したので何をリクエストすればいいか訳がわからなくなって(だってどれをやってくれてもうれしいじゃん)なんだか普段でもやる確率が高いものとか書いてしまった……家に帰ってディスコグラフィーを眺め乍らじっくり考えたかった〜。

そう、「ミモザ」やったんですよ。個人的にはこの曲、“世界の全部が入っている曲”として高橋徹也さんの「犬と老人」と同じ箱に入っているのです。曲も素晴らしいんですが、とにかくいつも歌詞に打ちのめされる。ひとはこんなに達観し、でも諦観ではなく、全てを受け入れることが出来るのだろうか。悔しさや苦しさを抱えたまま、そんな思いに至ることが出来るのか。この曲が最後に収録されている『Music Man』は、小林さんがメジャーレーベルに在籍していた最後のオリジナルアルバム(その後カヴァーミニアルバム、ベスト盤を出してメジャーからは離れる)。最後がこの曲だったことで、当時はいろいろ考えた。ある世界への別れのようなものなのか。だとしたら、新しい世界はどこにあるのか。などなど。

20年以上経って知り、驚いたことは、この曲が『Music Man』のなかでいちばん最初にレコーディングされたものだったということ。この日のライヴで話してくれた。キティレコードは池尻大橋にあったこと、神戸から出てきたばかりで、東京のことも社会のことも知らなかったこと。「池尻大橋って、渋谷からすぐのところなのに閑静で」「住宅街の間に、ぽつ、ぽつ、とお店がある。看板とかもなくてね。あ、お店やん! 入っていいんやって」「地元(神戸)は、なんていうか、お店もドサーッってある感じなんで(笑)」「おしゃれやなあ、って」。そこにあったキティのAスタジオはとても広かった。30人くらい入る、オーケストラの録音も出来る。ストリングスアレンジがあった「進化」もここで録った。レコーディングの合間にバスケットをして(!)遊んだこともあったそう。

そして「ミモザ」は、その広いスタジオにグランドピアノを一台置いて録った。いい曲が出来た、いいものが録れたという手応えがあり、アルバムもきっといいものになる、と思ったそうです。この曲は惜別ではなく、ある種の旅立ちをも描いた曲だったのかもしれない。今になって、そう思えたことがうれしくもあった。

今回は『25th anniversary』というタイトル。前回が『25周年、一緒に楽しみましょう!』というタイトルで、なんだか被っているけれど、今年はアニバーサリーイヤーですからね。それにちなんでか昔話なんかもしてくれたんですが、メジャー時代についてくれたNくんというマネジャーの話が面白すぎた。「もうダメですわー、ぼく死ぬんですわー」が口癖で、キャンペーンで地方に行ったときホテルの部屋から出てこなくて、電話したら「手が真っ青なんです、もう死ぬんです」といわれたと。手を見せてもらったらホントに真っ青。「どうしたん!?」とよくよく見たら、ジーンズの色写りだったと(笑)。ジーンズの裾で手を擦るのが癖だったんですって。すごいオチだな。こちらからすると小林さんも相当なイメージなんですが(失礼)それに輪をかけて強烈なキャラクター。死ななくてよかったね。健康ってだいじね。

そこで今回は健康について考え込んでしまいました。心身ともにヘルシーであること、そしてアーティストの健康とは?

小林さんのライヴが大好きなのは、リカバリの過程にすら聴きごたえがあることなんです。心身ともに絶好調、は理想ですが、人間いつでもそうであるなんて無理な話。では、そうじゃないときどうするのか。小林さんはライヴ当日にピークパフォーマンスを持っていくため、日々のコンディショニングに非常に気を遣っているように感じます。セットリストをはじめライヴの構成、進行をしっかり決め、当日何を話すかきちんと決めている(以前MCの練習もするといっていた)。しかしライヴはいきものなので、様々な要因で自分のペースを乱されることがある。そのときこの全身音楽家は、どう対応するか。

この日はギターパートにそれが顕著でした。1曲目、何が原因かは判りませんが、ギターのストロークと歌のタイミングにちょっとした乱れが生まれた。それでも演奏をやめず、飛行機が強風に煽られ乍ら着陸するように最後迄演奏。素人目にはあらら? くらいな印象でしたが、その余波が2曲目にも続きました。始まったばかりなのに顔に汗が吹き出し、涙のように頬を流れていく。しばらくして落ち着いたか、その後は順調でしたが、最初のMCで「いやー、すごい練習したんですけど。自分ではすごく練習してるつもりなんですけどまだまだなのかな」などといっていた。以前「緊張しいなんです」といっていたし、内心とても焦っていたのかもしれない。

でも、小林さんの魅力はこの揺れやズレにこそあると思っているのです。ステージ上で四苦八苦する様子を見たい訳じゃないですよ! 演者自身のチューニングやBPMの変化を目の当たりに出来る。便宜上ミスタッチと書きますが、そのミスがミスにならないように演奏をリアルタイムで変化させていく。それが面白いし、ライヴの醍醐味でもあります。そうそう、この日はギターチューニングの話も興味深かった。Gといってた気がするので3弦かな? チューニングを低めにしている、というか緩めているのだそう。何故なら切れやすいからなんですって。それに合わせて声も微分音で鳴らしているように感じる。音符がジャストで移行しない。この日のMCで話していた「ギターのミュート」もそうですが、所謂“音符で表せないもの”を実演することの凄みを感じる。オンドマルトノの話もされてましたが、カッティングやスタッカートによって生まれるパーカッシヴな演奏と歌には、“ジャスト”ではない音楽の魅力が詰まっている。

そしてセットリストが決まっていても、曲間のブリッジは音源にはないもので毎回変わる。スキャットもそう。歌詞、言葉がないパートに発せられるその声は、既存の楽曲からみるみると新しい音楽が生まれてくるさまを見せてくれる。ひとつの曲には無限の可能性がある。それを気付かせてくれる。

アーティストの健康に正解なんてないのかもしれない。身体が頑丈であることと、メンタルが安定していることが全てではない。気持ちよく演奏出来ることは勿論ですが、環境に応じて違うものをどうにでも鳴らせるという意味では、近年の小林さんのライヴはヘルシーな状態のように思えます。いやいやそれでも心身ともにお気を付けて! 元気でいてください!

といえば、前回の感想でタバコやめてたのね、「禁園」を唄ってたひとが〜なんて書きましたが、この日「禁園」やったんですよ。おお〜煙草やめてても演奏は聴けた、うれしい。やめて7年くらいになるそうです。「全然平気。呑み屋とかで傍で吸われても平気」(禁断症状も出ないし吸いたくもならない)とのこと。凝視の曲が俯瞰の曲になったといえばいいだろうか。人生という旅とともにある音楽も、また旅をしている。

当時の環境が「ミモザ」を生み、それが普遍なものとなり現在に響く。つらい出来事が暴力的といっていい程に次々と可視化される今、この歌は世界の悲しみと向き合う術を教えてくれる。社会への不安が込められたような近作「魔術師」も、時代の変化とともに違う顔を見せてくれるのだろう。それを聴いていきたい。

(セットリストはツアー終了後転載予定)

(20240603追記)
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Setlist(オフィシャルサイトより

01. ふるえて眠れ(『Gift』)
02. 6月のマーチ(『Window』)
03. Sound Glider(『Golden Best』)
04. Sweet Rendez-Vous(『曖昧な引力』)
05. 青空(『Rare』)
06. 絵になる大人(『曖昧な引力』)
07. 魔術師(『Gift』)
08. ソングライター(『流れ星Tracks』)
09. ミモザ(『Music Man』)
10. 果実(『Emotion』)
11. 夜行虫(『Emotion』)
12. 魔女の夜間飛行(未発表曲)
13. 祈り(『Rare』)
14. 禁園(『Emotion』)
15. 満月(『曖昧な引力』)
16. ヘキサムーン(『Music Man』)
encore
17. ハルコイ(新曲)
18. Air(未発表曲)

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こうやって見ると、同じ25周年でも前回はやはり『Gift』レコ発の色が強かったですね。未発表曲が多いことも、これからを楽しみに出来る。うれしいことです。

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・ちなみに冒頭に書いたリクエスト、集計してベスト3を次回のライヴで演奏するそうです。次回がもう決まっているなんて、数年前からすると信じられん。うれしいことです。9月14日ですってよ!


ライヴ前のツイート。筆記用具の配慮、こういう気遣い素晴らしいよね! 余談ですが先日親戚が亡くなりまして、微妙に遠い関係だったので葬儀に来なくていいよといわれ香典だけ送ったんですが、葬儀に出たひとの半数以上がコロナに感染したって連絡がきた……クラスターじゃん! コロナ全然流行ってるよ! 皆気をつけて私も気をつける!

・帰宅してTVつけたら『アド街ック天国』が池尻大橋特集だったのでニコニコした

・「魔術師」のギター、すごいややこしくてよくあれ弾き乍ら唄えるなと思う。なんだろややこしいというか……弾くのかなり面倒くさいやつですよね。ザラッとしたアコギの音色でジャリジャリデケデケとリフを弾く、めちゃめちゃ格好いいです

・で、ふと思ったが、小林さんてギター弾くときは前方を睨むようにして唄うけどピアノだとほぼ目を閉じてますよね。何故だろう。まあギターは客席と真正面から対峙するし、目を閉じっぱなしというのも違和感あるのかもしれないですね

・化学調味料と料理家のリュウジさん、ラーメン店でバイトしていた後輩の話から昔やってたバイトの話面白かったなー。阿川弘之のエッセイ思い出した。食材が貧しかった戦後、阿川さんがおいしくないと家の料理に文句をいうと、ご母堂が「原子爆弾使おか」と味の素をドバッと入れた。すると見違えるようにおいしくなった、という話。焼け野原になった広島で、ですよ。この胆力! 今だったら炎上しそうなこの物言い、切り取りではなく全文読むのがお勧めです。文脈ってだいじ。中公文庫の『食味風々録』に収録されています