I'LL BE COMIN' BACK FOR MORE
kai
MAIL
HOME
|
|
2023年08月25日(金) ■ |
|
『イ・チャンドン アイロニーの芸術』 |
|
『イ・チャンドン アイロニーの芸術』@ヒューマントラストシネマ有楽町 シアター1
イ・チャンドン監督特集上映『イ・チャンドン レトロスペクティヴ4K』から、新作ドキュメンタリー。全ての作品をまだ観られていないのだが、謎の多いこの監督の背景を少しでも知りたくて、まずはこの1本。
今作の監督はフランスのドキュメンタリー作家、アラン・マザール。普段ならこういうことはやらないのですが、と、被写体となったイ・チャンドンがかつての撮影場所を訪れる。『ペパーミント・キャンディー』のように現在から過去へと時間を遡り、作品のこと、自分のことを語っていく。後述の舞台挨拶では「最後までちゃんと観ていないんです。あまりにも恥ずかしかったから。(中略)自分の作品や人生について説明するのでなおさら大変で、やらなければよかったとも思ったんですけど(笑)、観た方々は楽しんでくださったようで。(作品を)理解するうえで助けになったという声もありました」と話していたとのこと。
各作品のメイキング、ではない。撮影当時のエピソードや秘話を披露するという要素は薄い。初めて知ったことも多いが、そこには「ええっ、そうだったの!?」というような大仰な驚きはない。ただ、知れば知る程心に寂しさが降り積もっていく。だからこのひとの作品は、『シークレット・サンシャイン』のような“密やかな光”を描くことが出来るのだ。終始穏やかで落ち着いた口調。淡々と時間は過ぎる。
監督デビューが遅かったので、作品は6本と意外と少ない。活動家、教師、小説家。映画の世界へと足を踏み入れたのは、民主化宣言後。どうして映画監督になったのかの問いに、なったというよりなれた、周りが自分を認めてくれたといい、検閲がある軍事政権下で小説を書き続けたのは、光州で起こったことが大きいという。彼らが闘っていたとき、自分は花札をやっていたと語る。
興味深いのは、「だからそうした」、というところに発言が及ばないところ。足を運んだかつての撮影場所はさまざまな顔を見せる。『ペパーミント・キャンディー』や『シークレット・サンシャイン』で印象的だった川べりの様子は変わらない。『ポエトリー アグネスの詩』の川べりも変わっていないそうだ。しかし『ペパーミント・キャンディー』に出てきた長屋は半ば廃墟となっており、しかし住人はいて、ボロボロの家屋にBSアンテナが設置されていたりする。幼少の頃の住居も残っている。しかし空き家で、もうすぐ取り壊される予定だという。
社会から放棄され、忘れ去られているかのような場所。しかしいつかは“発見”されて、再開発という名のもとに真新しいものに上書きされ、かつての姿はなかったことにされてしまう。「だから」? 「そうした、そうする」を語らない背後に、「それを見つめ、憶えておく。何度でも思い出す」という思いが浮かびあがる。今にも崩れてしまいそうなかつての住居は、親戚の家を間借りしていたところ。実家としての意識は希薄なようだ。しかしそこへ足を踏み入れ、間取りを確認した段階で、家族のことが語られる。『オアシス』の彼女は、自分の姉がモデルだったという。過去形で話していたけど、今はどうされているのだろう。それは語られないが、当人はずっとそのことを憶えていて、忘れないでいるのだろう。そしてやはり、そこに“密やかな儚い光”を描いたのだ。
光州の加害者側、障碍者の生活、未成年(こども)の犯した罪、神に唾を吐く行為。表現方法はまるで違うが、こうして並べてみると意外にも松尾スズキとの共通点を感じる。タブーとされる事象を隠さず、社会が忘れよう、隠そうとしていることに切っ先を向ける。“聖”と“俗”を描く。淡々と、落ち着いて。それは受け取る側の欺瞞を暴く。せめて、目を逸らさない鑑賞者でいたいと思う。
出演者の皆さんもコメントで登場。当時の映像から切り替わると反射で「わっかっ(若)!」「かっわっ(かわいい)!」と笑ってしまう。ソン・ガンホ、ソル・ギョング、ハン・ソッキュ、チョン・ドヨン、ムン・ソリ……こうやって並べてみるとすごいな、自分が韓国映画を本腰入れて観始めた頃には、既に“名優”となっていたひとばかり。6本の作品の間には、長い時間が流れている。その時間を彼らがどう使ったか、現在が証明してくれる。人生は時間によって刻まれる。さて、ユ・アインは20年後どうなってるかな? 今躓いていますけど。いい役者さんなので立ち直ってほしい。
-----
・イ・チャンドン レトロスペクティヴ4K:予告篇
・仲野太賀、憧れの監督イ・チャンドンからの“素敵な言葉”噛み締め「大事にします」(舞台挨拶レポート)┃映画ナタリー 「私の作品は、観客の皆さんが少し居心地の悪さを感じるかもしれません。でもそれに打ち勝ち『オアシス』に登場する2人の愛を観客の皆さんが受け入れてくれたらうれしいと思いながら作りました。仲野さんは私の思い通り、2人の愛を美しいものとして受け入れてくださった。私にとって意味のあることだと思いました」 「皆さんが映画を観て、登場人物の感情が本物だと思ったら、自分の人生と結び付けて何かを残してくれると思います。そういう映画を作ることによって皆さんとコミュニケーションを取りたいです」 8月9日に行われた、公開記念舞台挨拶。仲野太賀さんがいい話し手、同時にいい聞き手
|
|