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2022年08月03日(水)
『なまず』

『なまず』@新宿武蔵野館 スクリーン1


原題も英題も『なまず(메기 / Maggie)』。2018年、イ・オクスプ監督作品。

事件や事故が起こると、加害者ではなく被害者に注目が集まるのは何故? 立ち退きを迫られた側が、家を探さなくてはならないのは何故? シンクホールは度重なる再開発の結果? それとも男たちへの報い?

ポスターにもなっている自転車ふたり乗りは名場面。大好きな彼とくっついていたい彼女と、それを危ないとか前が見えないとか嫌がる様子もない彼。ああいう風に乗れるんだ! という驚きも。同居もそれなりの長さになっていそうな、ふたりの自然な暮らしぶりも観ていて楽しい。しかし綻びはあちこちに。不信感はちょっとしたきっかけで大きく膨らんでいく。

ポップでキッチュな映像は、シュールなストーリー展開にぴったり。かわいらしいのにどこかが不穏。自分によく似合う服を着た素敵な元カノは心の傷に苦しんでいるし、終始すっとぼけた表情の彼は、物事に動じないように見えれば頼り甲斐があるし、心の奥底に闇を抱えているように見えれば警戒の対象になる。一度不信が生まれると、隣でぐっすり眠ることも出来なくなる。「若かったから」で済ませられるのは何歳迄か? 「手が早い」同僚を疑ってしまった彼がなんともいえない表情をするように、過去はいつ迄ついてくるのか。

信じることが幸せなのか、疑い続けることは苦しくないか。人間は多面体で、どちらの姿も真実だとしたら。その一面だけを信じ、疑った結果の答えがひとつだけの筈がない。シンクホールは埋めなおされるが、地面のあちこちに空洞はある。それはちょっとしたきっかけで闇に落ちてしまう人間の危うさそのものでもある。埋めた穴がいつまたぽっかり空くか分からない。生まれた疑心も埋め立ててしまえばもう安心、な訳がない。

なまずは人々の暮らしを眺めている。地震を予知することで彼らを守っているようでもある。穴を見つめる彼女の選択はどちらなのだろう。余韻が残るラストシーン。後述のインタヴューで監督がいっている通り、「彼女がこの先安全に幸せに暮らして」いってほしい。

彼女を演じたイ・ジュヨンは『梨泰院クラス』でブレイクしたひとだそう。目力が強く、いい面構え。彼女が勤める病院の副院長はムン・ソリ、人間の二面性をしれっと見せて魅力的。そして彼、ク・ギョファン。『新 感染半島』『モガディシュ』と大作で強烈な印象を残していますが、インディペンデントな作品でも光る。叫ばず、暴れず。ちょっとした仕草と表情を映像に焼き付けられるひとですね。

そしてなまずの声はチョン・ウヒ、『哭声』で悪霊(?)と闘ったあの子だった。えー!!! わかんなかったよ!!!

といえば『哭声』も「何を信じるか?」という話だったな。「異物」を信じるのは自分が知らないことへの好奇心、疑うのは自分が知らないことへの恐怖心。

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・輝国山人の韓国映画 なまず
いつもお世話になっております。なまずの声がチョン・ウヒだってここ見なきゃ知らないままだった



・個性派俳優ク・ギョファン×イ・オクソプ監督、パートナーと創る映画の未来┃CINEMA ACTIVE! 撮る人々┃ELLE
公私ともにパートナーなおふたり。
―長年一緒に仕事をしていて、信じられないなっていう瞬間は一度もないんですか?
K 人間関係では全ての瞬間がそうなんだと思います。でも全ての瞬間で、疑いながらも同時に信じてもいるんですよね。