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2020年09月26日(土) ■ |
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Q『バッコスの信女 ─ ホルスタインの雌』 |
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Q『バッコスの信女 ─ ホルスタインの雌』@KAAT 神奈川芸術劇場 大スタジオ
即完で真っ青になっていたのですが(チケット発売当初は全席の半分ほどしか開放されてなかった)、その後感染症対策の規制緩和に伴う追加販売が決まりなんとか滑り込みました。
自宅で夕食の支度をしている主婦の自己紹介。食事について、食糧について、繁殖と生産のしくみ。独身時代の自分の生活、職業について。そこへある女性が訪ねてくる。宗教の勧誘かと訝る主婦に、その生物は語りかける……。
種の存続に必要なものは? 肉体の健康とは、その幸福とは? 人間という種に対する嫌悪と、男性性による抑圧が視覚/言語化されていく。その言葉は鋭く容赦なく真実を指摘し、対峙するのは相当キツい。ところが、それらをギリシャ悲劇のフォーマットに則り、台詞と歌唱により音響化し、そこへ身体表現を加えると祝祭にも似たカタルシスが生まれる。だから演劇は古代から絶えることなく続き、ひとは演劇により治癒されてきたのだと納得させられた思いだ。
そもそもギリシャ悲劇というものも相当エグいモンで。近親相姦から獣姦、理不尽な殺戮と人々のくらしをいともたやすく破壊する神の御業=自然現象。それは現代でも絶えず起こっていることだが、社会生活においては不都合なのであまり目につかないように隠されている、あるいは見なかったふりをしている。食用動物の繁殖については勿論、劇中でも指摘されたレオポンも「かけあわせたらどうなるかな〜」「遠い種ってわけでもないしやってみちゃおっかな〜」「おいしくなるんじゃない?」「かわいくなるんじゃない?」という人間の好奇心/探究心から生まれたもの。ペットショップにおけるブリーディングも、一定の規制はあれど同様だ。殺人の現場を語る伝令の役割を、去勢された愛玩犬(パピヨン)が担うという構図に胸を衝かれる。
楽曲と歌唱により浄化された気になっている観客が最後に与えられるのは、「焼肉」のにおい。劇中それが何の肉か明かされているのに、そのにおいはとてもおいしそうで食欲を刺激する。暗転直前、目に焼き付けられる光景は、ホットプレートで肉を焼く主婦と、それを見つめるイヌという幸福な画だ。五感全てをフルに使った。そうだった、演劇は体験だった。
わかるわ〜私もそう思うわ〜ユナイトしましょう! なんて声かけたらうっせえってぶん殴られそうな市原佐都子の作品。いや、実際の市原さんはとてもたおやかな方かもしれませんが……SNSとかで感想書くと丁寧に反応してきてくれたりするし(恐縮です……)。それが「危険な領域を」「飼い慣らす」ということなのだろう。飼い慣らせなければ身を滅ぼす。だからひとは演劇を共有する。
それにしてもよくぞここ迄、というプロダクション。言葉をしかと聴かせるコロスの合唱とキックが腹にくるクラブミュージック両方の音響(音楽:額田大志(ヌトミック/東京塩麹)、音楽ミックス:染野拓、音響:稲荷森健、中原楽)、観客の視線を自在に誘導する照明(魚森理恵(kehaiworks)、則武鶴代)と映像(浦島啓、大屋芙由子/フォトストックから構成された「メイドバイジャパニーズナショナル精子」の画像とフォント、最高!)、対してミニマムな美術(中村友美/コーンフレークのパッケージ、最の高!)。抱腹絶倒ですわ。演出家としての市原さんにも今回瞠目。前回Qを観たのは新宿眼科画廊だったが、劇場(キャパ)に応じてその場にぴったりなリボンをかけられる演出家だというのが今回分かった。
そして演者ですよ……表現することにおいて、ひとりで立つことについてのパワーが全員すげえ。。あの長ーーーくグロテスクーーーなモノローグをするする聴かせてあっという間に観客の懐に入ってくる主婦、兵藤公美(青年団)の声と表情。そしてやべーと思ってももう逃げられない求心力。安全な客席にいる筈なのに身の危険を感じた。こええよ! あまりにもイヌで、もう、イヌで、ワン! ワン! ガルル〜、キャイン! というバックトラックとともにこれラップじゃねえの、最高じゃねえのってな伝令を語りきった永山由里恵(青年団)のテンション。やべー過呼吸になるんじゃねえのがんばれーと途中から握り拳でエキサイトしました。いやあ、それにしてもイヌだった。イヌって興奮するとああなるもんなー。ウレションとかしちゃうしなー。ハプバーの女子、中川絢音(水中めがね∞)の毒づきも嗜虐性を刺激する愛くるしさでした。12人編成のコロス(中川さんは兼任)も素晴らしかった。「モー、モー♪」(ホルスタインの雌の霊魂なのでな)「メイドバイジャパニーズナショナル精子〜♪」「私はアイロン台〜♪」……その合唱の美しさと言ったら。当日パンフレット通り出演者の所属も表記しましたが、こうやって眺めるとほんと、長年にわたる青年団の功績を感じる。
獣人、川村美紀子の貢献は筆舌に尽くし難い。あの声、あの身体。命の誕生と成長を舞い、赤ん坊、育児放棄された部屋の光景、セックスワーカーのスターとなり、仕事以上の労働を強いられた帰りに焼肉を食べる光景を語り唄う声が全て違う。同じ肉体から発せられたのかと思う程。衝撃的、圧倒的なそのふるまい。一挙一動目が離せなかった。素晴らしかった…ほれぼれ……。
今後も再演を重ねたいという言葉を信じて、また観られる機会を待ちたいと思う。
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・開幕当初は休憩込みで2時間50分の上演時間だったそうだが、途中から「換気機能が検証されたので」元々の休憩なし2時間30分になったとのこと。個人的には休憩なしでドップリ集中出来てよかった。一息ついてたまるかという感じ。しっかしこれ演じる方も相当疲れるだろうな
・ところでバターマッサージ、私も受けてみたい(笑)
・「え(ろ)ほん」のキラーワードっぷり素晴らしかった。他にも主婦からところどころ散見される無邪気な差別意識にしっかり注意がいくようになっている。これを「人類皆共犯者」に落とし込めるか、というのをこちらは考えていかなければならない
・楽曲が最高だったんで配信でもいいのでサントラ出してほしい! 戯曲にスコアは掲載されているとのこと。これから読む
・それにしても、あいトリで今作とサエボーグの『House of L』をキュレートした相馬千秋さんの慧眼よ。『House Of L』はこの秋に高知県立美術館での再演が決まっている。関東圏でもぜひ上演してほしい
・バッコスの信女たち@あいちトリエンナーレ┃Εὕρηκα! めるさんによる初演時のレヴュー。エウリピデスの『バッカイ(バッコスの信女)』との対比も詳しく書かれており膝を打ちまくりました。「本当に、正統派ギリシャ悲劇でした。私の心にはカタルシスも到来しました。何だろう、当時のギリシャ人はこんなにすごい体験ができたの??しかも日当貰って??って気持ち」……頷きすぎて首がもげそう。『バッカイ』も読もう
・第64回岸田國士戯曲賞授賞式がKAATで開催(イベントレポート)┃ステージナタリー 先日行われた(コロナの影響で延期になっていた)授賞式で、市原さんのスピーチが素晴らしかったというツイート沢山見かけたのでレポート読めてよかった。 「受賞者しか選考委員になれない」って慣例があったのは知らなかった。なかなか女性が増えないわけだ。芥川賞とか、最多落選記録を持つ(そして結局受賞してない)島田雅彦が選考委員になってたりするけどな
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