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2020年07月11日(土)
『マルモイ ことばあつめ』

『マルモイ ことばあつめ』シネマート新宿 スクリーン1


twitterで指摘されて思い出したが、ユ・へジンは『1987 ある闘いの真実』でも反政府運動を援護する看守役を演じていた。『タクシー運転手 約束は海を越えて』では光州の運転手たちのその後は描かれない。彼らはあのあとどうなったのだろう?

原題は『말모이(マルモイ)』、英題は『MAL・MO・E:The Secret Mission』。2019年、オム・ユナ監督作品(脚本も)。カバンを盗んだ男がカバンを届けるべく走る。字を読めなかった男が手紙を書く。カバンのなかには集めた言葉たちが入っている。男の書いた手紙は時間と空間を超え、こどもたちに話しかける。何故言葉なんか集めるんだ? 金を集めるならまだしも。かつてそういった男は、言葉と文字が果たす意味を知り、言葉によってその思いを記録として残す。朝鮮語学会事件に想を得たストーリーは、学者たちに協力してことばを集め続けた、公の記録には残らない市井のひとびとのにスポットをあてる。

字を覚えた主人公が、読める! 読める! と街中を歩き、次々とその言葉を口にする。ただの記号の羅列が、鮮やかにその意味をもって輝き出す。そのシーンの美しさ。そうして手にした言葉を奪われることへの怒り、悲しみが、彼を行動に向かわせる。前科者であるが故に信用されず、何かあればすぐ疑われてしまう。それでも彼はくさらず、ユーモアを忘れず前に進み続ける。犯罪者といわれるひとたちが仕事を求め、あるいは故郷を追われて首都に出てくる。だからソウル(京城)は朝鮮語の方言を集めるにはもってこい。字を覚えるという「学び」とともに、彼のバイタリティがひととひとを繋いでいくさまは痛快だ。

だからこそ、それが断ち切られる場面はつらい。彼らの名前や言葉を奪っていくのは日本人なのだから尚更だ。何故この時代、彼らが必死の思いで自国語を集め残そうとしていたか。観ているこちらは向き合わねばならないことが沢山ある。『暗殺』『密偵』では登場した、朝鮮人に協力的な日本人はいない。『爆裂野球団!』のようなのどかさももはやない。

とはいえ、ひとりの市民を軍と警察総出かというくらいの人数で追いかけたり、銃弾が心の臓にヒットする等、あまりに劇的というか戯画化されている印象も受けた。事実と違うと当事者の家族から批判された(ユルゲン・ヒンツペーター氏を「光州事件の現場を取材した唯一の外国人記者」とし、斎藤忠臣氏については全く触れていないことも指摘しておきたい。斎藤氏についてはこちら参照)『タクシー運転手』でもそうだったが、オム監督は社会問題をエンタメとして見せるために極端な手法を用いる傾向があるように感じる。ホットクやたんぽぽの語源について等、個々のエピソードは素敵なものばかりだったので、違う構成、演出で観てみたかったと思うところもある。

忘れてはいけない、なかったことにしてはいけない、だからいろいろな形で記録を残す。それは、所謂検閲(一般市民も検閲をする)をくぐりぬけるための符丁のようでもある。そこから過去を知り、史実を自分で学んでいく。監督は学びの一歩を示してくれた。そんなやりとり、機会をなくしたくない。パンフレット巻末に宣伝担当の方の言葉があった。本作が「売れ残って」いたこと、上映劇場にいやがらせがあるのではと不安だったこと。たった一本の映画を公開するのに、そんな心配をしなければならないなんて。『暗殺』ですら日本公開にこぎつける迄にしばらくかかったし、『軍艦島』は某社が買ったという情報はあったものの、その後公開もソフト化もされていない。『マルモイ』を日本で観られてよかった。公開にこぎつけてくれて、本当に有難うございました。

以前はチマ・チョゴリの制服を着た女学生を電車で見ることはあたりまえだった。SNSにはヘイト発言が溢れ、都知事選ではレイシストが11万もの票を集める。こんなのって、やっぱりおかしい。「カバン(가방)」は朝鮮語も日本語もほぼ同じ発音だった。いつか歩み寄れると信じたい、歩み寄るための努力はやめたくない。

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・輝国山人の韓国映画 マルモイ ことばあつめ
いつもお世話になっております。パンフレットに載らない配役もくまなくわかるのほんと有難い。『タクシー運転手』では残忍な私服警官役だったチェ・グィファが今回はことばあつめに協力する郵便配達人役ってところにニッコリ。そして中学生になった娘役を演じたユ・ウンミって、『タクシー運転手』の主人公の娘役だった子なの! こういうキャスティングの妙を知ることが出来るのも楽しい。今回の娘役だったパク・イェナ(めちゃくちゃかわいい!)も、何年後かにこんな役を演じることもあるかもな。
そうそう、『パラサイト』のお手伝いさん役でも印象的だった名優、イ・ジョンウンも出ていてわっとなりました(知らなかった)。せんだみつお似ということで覚えるのも早かった(笑)ソン・ヨンチャンは今回はなかなかの悪役というか……こういうひとって当時は沢山いたと思うんだ。それを悪役として描くしかなかったってところが今作の弱点でもあるかなあ





・Seoul Music
韓国の方による「Seoul Music/京城音楽」解説。46歳の彼らは、今85歳。当時を知るひとがいなくなると、頼りは記録しかない