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2019年09月01日(日) ■ |
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『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』 |
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『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』@TOHOシネマズ新宿 スクリーン4
タランティーノは教えてくれる。映画の虚構はときにひとを癒し、不遇な魂に安息をもたらす。以下ネタバレあります。
タランティーノ作品が公開されると、必ず映画館に足を運ぶ。『パルプ・フィクション』でこの監督を知ったので(正確にはまず『トゥルー・ロマンス』の脚本家として知った)、『レザボア・ドッグス』はリバイバルで観た。ふらりと入った映画館で、沢山のひとと一緒に観ているのに、暗闇のなかひとりだけの空間を感じられるのが好きだった。皆と一緒にドッと笑い、ひとに見られていない安心感からこらえることなく涙を流す。立ち見で観てもそれは同じ。
シネコンが主流になり、席は事前に予約するのが普通になった。今は立ち見が出来ない映画館も多い。SNSをのぞくとネタバレに当たる可能性があるから早めに観に行かなければ、なんて焦燥感も湧く。環境は随分変わった。とはいえ、過去を懐かしんでも、それがよかったとは限らない。現在は予想もしなかった驚きと喜びに満ちている。90年代にキャリアをスタートさせ、同じ時代に成長したふたりのハリウッドスター、レオナルド・ディカプリオとブラッド・ピットの初共演を観ることが出来るなんて。凄惨な事件の主人公としてしか知らなかったシャロン・テートの素顔を(それが想像上のものだとしても)見られるなんて。死後半世紀を経て、こんな彼女の未来を見られるなんて。
パーティー三昧、とりまきや友人たちに囲まれる毎日。華やかなくらしをしているシャロン。同時に映画は、感性豊かなひとりの人物としてのシャロンを描く。夫へプレゼントする本(『テス』)を買うため書店に寄り、映画館に入る。自分が出演しているコメディを観る。自分の演技に笑いが起こる。そのときの彼女の表情! 今でも思い出すだけで涙が出てくる。キャリアはこれから。もうすぐ生まれてくるこども。明るい未来しかなかった筈の彼女のとある一日。映画の魅力と可能性を知り尽くしているタランティーノが用意したプレゼントだ。映画は多くのひとに語りかける。映画はひとりに寄り添う。マーゴット・ロビーが素晴らしい。その美しさ、その笑顔。“ギフト”を持つ者の輝きだ。『イングロリアス・バスターズ』におけるメラニー・ロランを思い出す。
「その日」が近づくにつれ、不安は拡がる。彼女の笑顔が輝けば輝く程、悲しみが募る。同時にタランティーノはどういう展開を用意しているのか? と期待も膨らむ。果たしてそれは予想もしなかった結末を迎える。虚構の登場人物ふたりがシャロンを救う。演じているのはブラピとレオ。ハリウッド屈指のスターふたりが、おちぶれかかっている役者とそのスタントマン(あまり仕事がないので付き人も兼業)を演じる。魑魅魍魎が跋扈するハリウッドにおいて常に第一線で活躍してきたふたりが、だ。正気を保つのが難しい浮かれた業界を憎み、悪意にバイオレンスで立ち向かい、自分の中の暴力性を肯定する。それが自身を傷つけることもわかっている。傷は深い、後戻りは出来ない。刃の上を歩くような人物を演じるのに、こんなにふさわしいふたりはいない。ブラピ演じるクリフ・ブースが“爆発”するクライマックスに思わず快哉を叫ぶ思い。
情報量が多くてランタイムも長いのに、終始ワクワク観られるのが流石よな……。あとやっぱリズムが素晴らしいよ。シャロンがブルース・リーにアクションを習うシーン、マンソンファミリーがプールに飛び込んでくるタイミング。唐突にして絶妙。対してスパーン映画牧場のシーンはねっとりじっくり。脚フェチぶりも健在。堪能しました。OSTも最高。あれだけの曲が起用されているのにうるさく感じない。そういえばKula Shakerのver.でしか聴いたことなかった「Hush」のオリジナル(Deep Purple)を初めて聴いたわ。最高といえばブロンディ(いぬ)。いぬは人間のよき友、人間を守るナイト。ブロンディがいてよかった、あの日ブロンディをペットホテルから引き取ってきててよかった、リックんちに寄ってよかった。虚構のシチュエーションに、胸を撫でおろす。登場人物が自分の隣人のように感じられる。
役者の喜びは、演じる役があること。演技で他者を日常から連れ出せること。レオ演じるリック・ダルトンは共演した子役から、シャロンは観客として入った映画館でそれを教えられる。スタンドダブル(ゾーイ・ベルが出演していてニッコリ)を筆頭に、大ボラをふくために命懸けで仕事に臨むへ映画人たちへの愛情にあふれた作品でもある。
美しく悲しい、たらればの物語。優しく愛おしい、鎮魂の映画。映画の力を信じているタランティーノ。彼のキャリアをリアルタイムで体感する時代に生まれて幸せです。
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・翌日Kamasi Washingtonのライヴに行って「Fists of Fury」(『ドラゴン怒りの鉄拳』テーマ曲ですよ)を聴いたもんで胸いっぱい。以降『ワンス〜』について思い出すとこの曲が脳内で流れるようになってしまった。こういうことってあるものよね。映画では散々な目に遭ったブルースだけど、愛すべきキャラクターでした
・ふと思うのはMarilyn MansonとNine Inch Nailsのこと。シャロン・テートの事件がなければ生まれなかったアーティストネームと、奇妙な付加価値がついた『The Fragile』という作品のこと。そのネーミングと行動は(トレント・レズナーは後に邸宅を購入したのは偶然だったと主張しているが)、悪趣味ともいえる。そんなトレントが後にピクサー映画の音楽を手掛けることになるなんて、誰が想像しただろう。『The Fragile』を聴かなかった自分の人生はどうなっていただろうな、なんてこともしばし思いふけってしまいました
・【解説】『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』ワンハリ徹底予習 ─ シャロン・テート殺人事件とチャールズ・マンソンとは┃THE RIVER 「事件が起こってから、南カリフォルニアはヒッピー・ムーブメントに対するパニックと恐怖に陥った。もう誰もヒッチハイカーを拾わなくなり、長髪で髭を蓄えた若者は全員が”殺人狂のカルト”と見なされた。」 無邪気な信頼は失われ、疑念ばかりが先に立つ。時代はそう変わっていく。 THE RIVERは他の記事も読み応えあるのでおすすめ
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