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2019年07月21日(日)
『美しく青く』

『美しく青く』@シアターコクーン

鳥瞰による定点観測。鳥瞰というと神の視点と思われがちだが、赤堀雅秋のそれはひとびとの心のうちを知った風には描かない。ただ目をそらさず、淡々と、粛々と、長い時間をかけて見守る。だからこちらも目を凝らし、耳をすまし、見逃すまいと足を運ぶ。建設中の防潮堤、猿が逃げ込んだ森は舞台全体を大きく使い、その大きさ、深さ、暗さを見せる。家屋のセットは緊密(美術:土岐研一)。こまごまとつめこまれた生活用品に、住人の暮らしぶりを見る。波の音の大きさに、海の近さを知る。コクーンでの演出も四作目。空間をもてあましていたように感じた過去数作(『世界』は残念乍ら見逃してしまった)からはうってかわって、上下左右、奥行きの使い方をモノにしている。転換時の照明(杉本公亮)も効果的。海に消えた誰かを探すサーチライトのようにも、海で迷う誰かに手を差し伸べる灯台の光のようでもあった。

震災から八年後の現在。被災地のどこか。防潮堤が建設中。山から降りてきて畑や住居を荒らす猿を退治するべく町の自警団が乗り出すが……。住人の誰もが家族や近しいひとを失くしている。誰をどうしてかは、徐々に明らかになっていく。直接的ではなく会話の端々にそれが現れる。当人の告白ではなく、住人たちの世間話として。注意深くその声を聴く。

彼らの持つぶっきらぼうな思いやりや見返りを求めない気遣い、気付いていないふりをすることで綻びを修復していくさまは、彼らがこの地を離れずずっと暮らしていくための知恵でもある。「いやなら出ていけ」、そんな言葉を吐くひとたちは、それに気付くだろうか。ひととしてあたりまえと思われるこうした「情」は、いとも簡単に「正しさ」に踏みつぶされてしまう。ルールを守れ、迷惑をかけるな。

自警団で活動する主人公は「正しさ」を盾にする外面のいい人物。このひとのすんごく指摘しづらい身勝手さの描写が見事。いやー、微に入り細を穿つその描写、赤堀さんの本領発揮ですわ。こわいひとだわー(そこが好き)。あまりにもあまりにも「おまえ…そういうとこだよ……」という言動を積み重ねていくんだけど、最も強烈だったのは、B'zのコンサートのチケットがまだあるか調べてやるよとスマホ見るふりして結局何もしないとこ。そ う い う と こ だ よ!!!!! 感がすごくて向井理すごいと感心した(役がですよ)。文字では伝わりづらいがほんっとムカつきますよ、そういうのがずっと続くのです。さりげなーくさりげなーく。大東駿介がキレなければ私がキレてたわ! 有難う大東くん(の役)! で、その大東くん(の役)も「どう怒っていいかわからない」状態、という混乱と葛藤が沁みた。

飲み屋のおかみに秋山奈津子、はすっぱだが情に厚い愛すべき人物を素敵に演じる。久しぶりにあの手の(?)大倉くんを観られたのも楽しかったわ、あと赤堀さんの役がまたいい味でね、ははは。こういう幸せもあるものですね。

赤堀さんの描くものは、愚かで愛すべき人物が、ちいさな世界で右往左往する物語。彼らがオロオロしたり、ゲラゲラ笑ったり、そんな時間を上空からそっと見つめてる。その光景をだいじに掌に包み、いつでも持ち歩けるよう差し出してくれる。ある町がわが町になるその瞬間を胸に劇場を出る。そしてだいじな宝物のようにときどきそれをとりだして、そっと撫でてホッとするのだ。