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2019年06月08日(土)
六月大歌舞伎 夜の部『月光露針路日本 風雲児たち』

六月大歌舞伎 夜の部『月光露針路日本 風雲児たち』@歌舞伎座


奮闘と二度書いてしまう程に奮闘してましてね……(投稿する前にちゃんと読みなおしなさい)。三谷幸喜が歌舞伎座で初の作・演出、原作はみなもと太郎の『風雲児たち』。これの「蘭学革命篇」は、昨年三谷さんの筆でドラマ化されていますね。今回は1700年代末、大黒屋光太夫の漂流譚を舞台化です。以下ネタバレあります。

スーツ姿の尾上松也が登場、「先生」としてこれから観るお話の背景についてレクチャー。舞台と客席を繋ぎます。この辺り、『日本の歴史』でもとられた手法ですね。慣れたものでのっけから質問を募る(笑)。観客も心得たもので、積極的に手を挙げる。そこで出るのは「今つきあっているひとはいますか?」「好きなスイーツは何ですか?」、大ウケです。松也丈も「芝居のことじゃないのか!」などといいつつ「そんなこと、ここでいう訳ないだろう!」「パレスホテルのマロンシャンティイです!」と積極的に絡む。すっかり和んだところから一転、キリリと口上。切れ味鋭い語りで一気に観客を引き込みます。

謀叛を恐れた徳川家康の令で、船に帆柱を一本しかつけられなかった時代。不安定なそのつくりが長い航海に耐えられる訳もなく、多くの遭難事故が起きることとなった……。これ、結構衝撃でした。確かに当時の日本の船って独特な形だけど、単に材料とか技術不足だと思っていた。酷い話だ、家康ってやつはよお……。物語はここから始まります。伊勢から江戸へ行く筈が、辿り着いたのは遠き露西亜。そこから苦難の十年間。「来年の正月は日本で迎える」「皆一緒に、日本へ帰る」。その一心で奮闘した船頭・大黒屋光太夫とその仲間たち。

八ヶ月の漂流、最初の島で四年を過ごす。海路と陸路を移動し、大帝エカテリーナに謁見し、日本に戻れたのは遭難してから約十年後。その距離と時間を考えただけでも、どれだけの苦難だったかは容易に想像がつく。筋書に載っていた地図(イヤホンガイドを借りたひとにもおまけでついたそうです)を見て、改めて気が遠くなる。だいたい最初の、漂流で八ヶ月て……。言葉がわからない、食べるものも違う。慣れない土地で病にかかる。17人の水主たちが、櫛の歯が欠けるように死んでいく。船頭の自信に欠け、帆柱を折れと指示しなければと後悔していた光太夫(幸四郎)は、試練を経る度強くなる。船上では頼りなかった磯吉(染五郎)は自分の語学の才に気付き、現地のひとたちと水主の橋渡しとなる。たくあんを独り占めするような個人主義だった真蔵(愛之助)は仲間を思う気持ちを、ひねくれた不平ばかりいっていた庄蔵(猿之助)は素直さを身につける。

「ひとは変わる、いくつになっても成長する」。三谷さんが得意とする群像劇は、こうして笑いと涙を誘う。「信仰」もだいじな要素で、庄蔵と真蔵は仲間のために神を選び、光太夫は神に見切りをつける。『日本の歴史』の弥助と信長同様、異文化から好奇や蔑みの目で見られること、興味と共感が尊重と敬意に変わることも描かれる。原作があっても、劇作家の書きたいこと、伝えたいことはこうして顔を出す。

笑いと涙がめまぐるしく入れ替わるのも今回の特徴。第三幕 第三場「露西亜国イルクーツク元の光太夫屋敷の場」が秀逸。「ロシア式のお別れの挨拶」として光太夫が庄蔵にキスをする。あちこちから笑い声が起きるも、直後に唸る義太夫(浄瑠璃:竹本六太夫、三味線:鶴澤公彦)、慟哭する幸四郎丈、猿之助丈、愛之助丈。衝撃といっていい程の凄絶さだった。静まり返り見入る観客、やがて鼻をすする音があちこちから。この名場面は歌舞伎でなければ観ることが出来なかった。そして歌舞伎の裏方さんたちの懐の深さに舌を巻いたな…現代劇の演出家を迎えた歌舞伎公演を観る度巻いてるけどな……美術(堀尾幸雄)、照明(服部基)、衣裳(前田文子)等のスタッフは三谷さん側から現代劇チームを招聘していましたが、注文に応じて小道具から何からバッチリ「歌舞伎の装束として」揃えられるこの地力。第二幕 第四場「露西亜国雪野原犬橇疾走の場」がもう、もう! いぬたちが登場したときの客席のどよめきといったら! いぬの着ぐるみ、いぬたちの隊列、鳴りものにのせて走るフォーメーションをアングルを変えたっぷり見せるさま、そのいぬたちが吹雪のなか一匹一匹力尽きていく所作……ここも実はめちゃめちゃ歌舞伎だった。物語の展開はだいじだけど、歌舞伎ならではの幕見でこの二場面だけでも観てほしいです。私はここでいちばん泣きましたよ……。

猿之助丈の個人技も堪能。通る声と美しい口跡でぼやくぼやく、船から落ちたり橇から落ちる動作からコサックダンスを模した所作へと繋ぐ。その滑らかさ、無駄のなさ。ぐいぐい観客を笑わせ、沸かせ、のめりこませる。会話のリズム感も抜群。いやはや、脱帽。思えば『黒塚』は、初代猿翁がロシア訪問で感銘を受けたバレエやコサックダンスをとりいれた踊りもあった訳で、こんなところで縁があったなあとも思い出したりも。エカテリーナ(二役)の華やかさも素敵でした。蜷川さんと組んだ『じゃじゃ馬ならし』を思い出しましたね。

三幕で満を持して(?)登場、八嶋智人も松也丈の「先生」同様客席を味方につける。観た感じでは完璧に通常営業でした。頼りになるわ……。異文化に興味を持ち、積極的にその対象へ向かっていく博物学者という役柄もぴったり。硬軟織り交ぜ芝居を転がしてくれました。最年長の水主、久右衛門を演じた彌十郎丈(ブログで喉の不調を訴えられていたので心配していたけど大丈夫だった。千秋楽迄おだいじに……)、ロシアの娘マリアンナを演じた新悟丈(うきゃーかわいい! 民族衣裳も似合っててお人形さんのよう! そしていつも声が素晴らしい!)。高麗屋三世代の連携と、よきお仕事を観られて幸せでした。

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・ちょっと気になること。事前説明的な口上があるのは導入として面白いしいいと思うんだけど、ここ最近、「お芝居ですからね、想像力を働かせてくださいね」とわざわざいう公演が多くなったような印象。やる方も不安なのかなあ

・歌舞伎座「六月大歌舞伎」初日開幕┃歌舞伎美人
「犬ぞりで雪原を走る様子は、歌舞伎座では見たことのないスペクタクル満載な場面となりました」。いやホントに……この画像もっと大きいのないかなーアーカイヴされてるとこで

・【公演レポート】涙と笑いが歌舞伎座を包む「六月大歌舞伎」、“三谷かぶき”はトリビ屋の大向うも┃ステージナタリー
私が行った日は威勢のいい大向こうさんが結構いて、「トリビ屋!」もいい感じに飛んでおりました。楽しかった! そしてチェブラーシカとのコラボクリアファイル、かわいいよ〜



アリョンカを歌舞伎座で買えるなんて…前述のチェブコラボといい、松竹のリサーチ力よ……。チェブ以外のロシア雑貨もいろいろ売ってました、マトリョーシカとか

・【東京會舘とパレスホテル東京】 マロンシャンテリー食べ比べ【銀座スカイラウンジ】┃雑記と記録。
松也丈の話から、気になって調べてみた。東京會舘のものをパレスホテルで仕入れてると思い込んでいたけど、外見からして全然違いますね。どちらもおいしいのは間違いない。パレスホテルのもいつか食べてみたい〜