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2018年08月01日(水) ■ |
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『ウインド・リバー』 |
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『ウインド・リバー』@ヒューマントラストシネマ渋谷 シアター2
『ボーダーライン』の脚本を手掛けたテイラー・シェリダンの最新作で、今回は自らメガホンをとったとのこと。『ボーダーライン』は非常に深い感銘を受けた作品だったので公開を楽しみにしていた。そのうえ主演はジェレミー・レナーとエリザベス・オルセン、音楽はニック・ケイヴとウォーレン・エリスという布陣。好きな役者に好きな音楽家、期待も膨らむ。果たしてテイラー・シェリダンという作家のことをすっかり好きになってしまった。「打ち捨てられた人々」を決して見逃さない、そして忘れない。怒りのやり場もない理不尽な不幸に見舞われた者たちを見つめるその視線は優しい。以下ネタバレあります。
ネイティヴ・アメリカンの居留地で少女の遺体が発見される。レイプの痕跡も確認された彼女の死因は、極寒のなか長距離を走ったことによる肺の破裂と窒息。明らかに不審な点があるにも関わらず他殺と認定出来ない。事件当夜の外気温はマイナス30度。現場から5km圏内に民家がひとつもない状況で、彼女はどこから逃げてきたのか? 何故薄着で裸足だったのか? 辺境の地へひとり(!)派遣されたFBI捜査官は、遺体の第一発見者でありこの土地のことを地理的にも風習的にもよく知るハンターに協力を請う。ハンターの娘も数年前に不可解な死を遂げたことがのちに判る。
サスペンスの様相に興味をそそられるが、やがて見えてくるのはこの土地の悲しみ。故郷を奪われ強制的に移住させられたネイティヴアメリカンたちは、自分たちの持つ歴史や伝統も断絶されている。豊富な資源を都会へ供するため、辺境地で働くプアホワイト。掘削会社の本社はテキサスだ。アメリカンドリームなんてあるわけがない。警察が来てくれるのに何時間かかる? 自分の身を守るには銃が必要だ。
犯人を追いつめた捜査官とハンターのやりとりに、捜査官の言葉に拒否反応を示すひとはいるだろう。倫理観はないのか? 法にまかせるべき? しかしこの土地に住む人々は法にすら見捨てられているのだ。この広大な土地で都会の倫理を通せば、待っているのは死しかない。胸を衝かれたのはハンターの「この土地には運はない」という台詞。運という言葉でやりきれない出来事を心に落としこむのが生きる術だと信じている自分にはショックな言葉だった。こういう諦めもあるのか、これ程強い思いで生きなければならないのか。世界の理不尽とではなく、自身の弱さと闘うしかない厳しさを持たねば、ウインド・リバーでは生きていけないのだ。
しかしこれは、ひとつの救いでもあるのかもしれない。あの少女は運が悪かったのではない。ハンターのいうとおりウォーリアーだった。裸足で、肺が破裂する程の寒さのなか10kmも走り続けた。逃げるために、生きるために。そして助けを呼ぶために。最後迄自分を守ろうとした愛する者のために。それを知ったことで、彼女の父親は娘が傍にいると思うことが出来る。本編の最後に映しだされるテキストには胸が潰れる思いだが、そうした彼女たちひとりひとりがウォーリアーで、愛情を持ち、家族や隣人をだいじに思う強い人物だったのだとこの作品は語りかける。法の目が届かなくても、国が見捨てても、私は、私たちは見ていると。このことを語り続けると。
娘を失ったハンターが捜査官に伝える言葉、ゆっくりと縦列走行する車輌、突如破られる沈黙と一触即発の対峙は『ボーダーライン』でも描かれたものだ。シェリダンの描く物語には、脚本だけでなく演出にも絶妙なリズム感がある。至近距離の銃撃戦とロングショットによる狙撃、その切り返し。アクションシーンの画も見事キマる。シェリダンは『ボーダーライン』続編の脚本も書いている。楽しみ。そして次の監督作も観てみたい。
『アベンジャーズ』シリーズを観ていると、レナーとオルセンのやりとりにはグッときます。あのときもホークアイはスカーレットを勇気付けたなあなんてね。その道のエキスパートと新人捜査官、『羊たちの沈黙』を思い出す印象的なバディ。真摯に仕事にとりくみ、決して自分を大きく見せず、必要とあらば協力を請える素直な女性。そしてウインド・リバーの少女たちと同じくウォーリアーである女性。演じている本人もそうなのではないだろうか、と想像を巡らせ、共感を呼ぶ。そんな女性像をオルセンは見せてくれました。
それにしても『ボーダーライン』のベニシオ・デル・トロといい今作のレナーといい、なんでこうシェリダン作品はひいきの役者を魅力的に起用してくれるのか。しかも役柄がもうね……この演者でこういう人物が観たかった、こういう表情が観たかった、こういうアクションが観たかったというツボをおしまくってくれて感謝しかありません。デルトロもレナーも辺境の地で生きる孤独な人物がよく似合う。
音楽もずっしり残ります。ニックが唄っているパートもあり、『Skeleton Tree』を思い出す音づくり。ニックは三年前に15歳の息子を不慮の事故で亡くしており、『Skeleton〜』はその影響が色濃く現れた作品だ。「もし子供をもったら決して目を離さないこと」という台詞はニックには堪えたのではないだろうか。誰のせいでもないのに、少し、ほんの少し目を離しただけで子供を奪われてしまう。この映画のラストシーンが、愛する者を亡くしたすべてのひとに届くことを願う。
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・『哭声』のときもそうだったが、2ch(現在は5ch)の今作スレがとてもよい読みものになっています。掲示板のよいところは、自分がフォローしていないひとの感想を読めるだけでなく、各々の考察で交流を持てるところだな。TLがザッピングにならないところも落ち着く。 テキストサイトもそうだけど、SNSとは違うよさを改めて感じている今日この頃
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