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2018年05月05日(土) ■ |
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KAAT×サンプル『グッド・デス・バイブレーション考』 |
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KAAT×サンプル『グッド・デス・バイブレーション考』@KAAT 神奈川芸術劇場 中スタジオ
『ブリッジ』を最後に一度解体、しばしの休息をとり、松井周のひとりユニットとして再始動したサンプル。その一作目は戸川純を迎えた姥捨山伝説。しかし、「元ポップスター」を演じる戸川さんは男性を演じるという。どういうことだ? 観ていくうち、納得するほかなかった。彼女は年齢も、性別も、そして生殖能力の有無も超越していく役だった。しまいには人間という生物学的な種類すら曖昧になり、肉体を必要としなくなる。
種を生き残らせるための策を練る人間たちは、生殖能力を労働力とし資本に替える。マッチングはお見合い、子宝(劇中では「ひよっこ」と呼ばれる)は通貨になり、品質により選別される。ルーツが判らない「野良」ものは、社会貢献のためにさまざまな仕事に就く。このあたりはカズオ・イシグロの『わたしを離さないで』を想起させたが、今作で重点的に描かれるのは、「ひよっこ」を手放した側のひとたちだ。生きているとなにしろ腹が減る。「ひよっこ」を売るにしろ捨てるにしろ、それは食べるためだ。一方、年齢を重ね肉体が傷んできた人間は、口減らしの意味も含め「船出」を促される。こうして整理していくと、ごくごく自然ななりゆきだ。愛憎、嫌悪すらも平熱になる社会の仕組みや、そりゃ尤もだという優性思想の指摘。劣性とされる人物もそれを望む。
理想的な社会だ。ただし、その理想を目指す過程で打ち捨てられるものがあり、差別されるものが生まれる仕組みへの策がない。死への肯定観があり、肉親を捨てることは自然の摂理だという説得力がある。松井さんの描く世界は神話化する。肉体を失ったものたち、いや、肉体を捨てたものたちの行方を追う。彼らはラジコンのヘリコプター(『聖地』)に、こども用玩具の車でつくったタクシー(『ゲヘナにて』)に、改造したトラック(『永い遠足』)に……そして手製の方舟に乗って何処へでも行くことが出来る。残された者たちは、死への時間を待ち乍ら、家族という名のコミュニティを形成する。不思議と清々しささえ感じる幕切れだ。劇場を出る足どりは軽く、死と同じくらい生にも肯定的になる。禁忌とされている歌を唄うシーンもチャームに満ちていて、それが悲惨な経緯であってもつい笑顔になってしまう。松井作品のこういうところに惹かれてしまう。
戸川さんは約12年ぶりの舞台出演とのことだったが、ライヴ活動はコンスタントに続けていることもあってか、声の通し方や振る舞いは流石の一言。彼女が演じる老爺は「船出」にノリノリだが、その日が近づくにつれ老婆のようになり、やがて幼女へと変態していく。驚くべきことに、二時間程の上演時間のなかで、戸川さんの姿が本当に「そう見える」。登場シーンでは本気であのじいさんが戸川さんだと気づかなかった。ショッキングですらあった。この12年の間に何度かライヴは観ているが、車椅子のままステージで唄うこともあった。劇中使われる歩行補助器は実際に必要なのだと思った程だ。ところが彼が家族とくらし、娘や孫と言葉を交わすうち、声のトーンや姿勢といったスキル的な面だけでなく、肌艶すらも男性から女性へ、そして童へと変化していく。補助器を使わず軽やかに歩く姿を見て、これは「役者だから」なのだろうか、と思う。やはり彼女は不世出の表現者なのだ。
ストーリーの芯となるのは娘と母親。その両方の立場を担う稲継美保が見事。焦燥、諦観、生命力。救いのなさそうな結末に、それもいいかもと感じさせる人間の強さ。サンプルの体現者といってもいいだろう、野津あおいの強力な受身力。今回はイタさよりも痛/傷み(心身ともに)が直球、あれは惹かれる。体現者といえば板橋駿谷が素晴らしかった。大人な身体とこどもの頭。戸川さんとのジジイと孫の関係も微笑ましく、歌(「ラップはギリギリ歌じゃねえ」そうだが・笑)でも戸川さんと二枚看板。椎橋綾那の役柄には女性という生物の弱点を見せつけられてつらかったが、清々しさすら伴う退場シーンには拍手を贈りそうに。その際ちらっと聴けた歌声、もう少し聴きたかったな。彼女は浪曲師でもあるそうだ。そして役者松井、笑いの部分も含め気持ち悪くて最高。ダフトパンクなサンバイザーも最高。
音楽と演奏は宇波拓。この日の演奏パートナーはイトケンでしたが、どうやら日によって違うそうです。
松井作品との出会いは蜷川幸雄が縁だった。『聖地』は今でも、生涯のベストに入っている作品だ。そして舞台役者・戸川純との出会いは蜷川演出の『三人姉妹』だった。魂の乗りものとしての肉体、自分の肉体を役に差し出す役者。この関係を目撃したくて舞台を観ている。戸川さんをあの役でオファーした松井さんに、そしてそれを彼女以外には成し得ない、それでいて新しい魅力をもまとった造形で見せた戸川さんに感謝。そして蜷川さんに感謝。
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・KAAT×サンプル『グッド・デス・バイブレーション考』 松井周 インタビュー│ローチケ演劇宣言! 「でも僕は戸川さんに、自分をおもしろがる人とどこか同調していないようなパンクな印象を持っていて、ずっと俳優をやっていたいんじゃないかと感じていた」 「元に戻ることだけが幸福じゃないだろうと思うんです。(中略)その状態を受け入れて、新しい関係を築いていくことがこれからの価値観にならないかと考えていて」
・青年団出身で年齢も近い松井さんとハイバイ岩井さん。作品にも相似性を感じることが多い。家族をモチーフに選ぶこと。ひとの営みをグロテスクギリギリで描くこと。そんなグロテスクな、自分が描いた世界の住人になる(出演する)こと。まるで鏡のような……なんてことを考えていたら、 --- 岩井 松井 --- なんと岩松(了)が隠れているじゃないか。と気づいてひとりニヤニヤ納得する昼下がり。なんだよ大好きなわけだよ(笑)
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