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2017年12月10日(日)
『流山ブルーバード』

『流山ブルーバード』@本多劇場

赤堀節が冴え渡っております。迷いと悩み(後述のインタヴュー参照)の季節を通過し、腹を据えてからの赤堀雅秋は強い。しかしこの悩みや迷いも何度目かのことで、また新しい悩みが出てくる。きっとずっと続くのだ。そのこと含め覚悟を決めた赤堀さんの作品をこれからも観ていきたい。赤堀さんと、いきなり持ち出すが岩松了の作品にどうしてこうも惹かれるのか、観続けていきたいと思うのか。この日合点がいったようにも思う。両者に共通点があるとは考えていなかったが、ふたりが持つとある要素に自分が惹かれるのだと気づいた。今回劇中にチェーホフの台詞が出てきたのだ。ハッとした。

狭い世界から広い世界へ出たいと切望している、でも出ていけない。そして狭いと思っていた世界は宇宙と同じくらい広い。ふたりはそのことをひたすら見つめる作家だ。見えないところで事件は起こり、不穏な空気が狭い世界を覆っていく。その空気に呼応するかのように、小さなコミュニティに苛立ちが充満し、爆発寸前迄膨張する。しかし、彼らは日常の強さを知っている。苛立ちを日常に呑み込ませる術を知っている。そのなかに光を見出す。こうなると赤堀演出でチェーホフ作品を観てみたいなとも思うが、それはまた別の話。

座組みがとてもいい。役者が全員魅力的。コメディに強い賀来賢人が、気味悪さと愛嬌をあわせもつ主人公を軽妙に、しかし複雑な澱みを滲ませて演じる。一見好青年、言葉は快活で筋も通っている。しかし行動が伴わない。内面の鬱屈を見透かされる程度には隙もある。誰とも向き合おうとしていない。柄本時生演じる街のトラブルメーカーも、誰とも向き合わない。対話するシーンも殆どない(主に相手が一方的に喋っている)。圧倒的に孤独だ。それが主人公とは難なく言葉を交わすことが出来る。自分のことを、自分が話したいことを話せる。それに主人公は応える。同じ臭いを持つ者同士だと、お互い気づく瞬間がある。終盤の歩道橋のシーンは、ふたりの心が一瞬ふれあったようにも映るシーンだった。

太賀が最後に見せる侠気は、これ迄張ってきたハッタリが決して虚勢ではなかったのだと伝えるに充分。任侠者が交わすような別れの杯に涙。それが「街のサイズ」であるところにも涙。個人的には若葉竜也がとても印象に残った。売れない役者、断れない、前に出られない(役者としては致命的かもしれない)ひとのよさ。しかし実家で親がどうしているかも知らない(知ろうとしない)事なかれ主義者でもある。波風をたてたくない故に呑み込んだ言葉の数々は、『三人姉妹』の台詞を夜中ひとり練習する姿に代弁される。若葉さんて映画の方の『葛城事件』の、「あの」次男役なんだけど全然感じが違った……というか同一人物だと気づかず(そもそも赤堀作品となると、出演者も殆どチェックせずにチケットをとってしまうのだ)、終演後配役表を見て驚いた。役者ってすごいね……別れのシーンで太賀と一緒に泣いてしまうところも憎めない。しかしここも「その場の空気に流されてしまう」という役柄がしっかり反映されており、あの涙も意識的だとしたら脱帽するしかない。

ラストシーンで主人公と「話」をしようとする兄を演じた皆川猿時がピカ一の仕事っぷり。歳を重ねた寂しい大人は、同じく寂しい大人の匂いを感じとることが出来る。他愛のない会話がどれほど大切かを知っている。大人計画の役者は外部公演で観ると、巧さの地力が際立つ。小野ゆり子の声、宮下今日子の所作を堪能。駒木根隆介と平田敦子も、病んだ寂しい大人を好演。赤堀さんも出演しており、いい味出してました。てかあの腰痛の話、自分の症状と全く一緒でビビったわ…気をつけたい……。

登場人物たちのひととなりは、世間話や噂話で形成されてコミュニティに拡がっていく。しかし観客は彼らがひとりでいるところを見ている、彼らの心情の吐露を聞いている。そんな丁寧な積み重ねを、演者が丁寧に表現する。つまらないというひともいるだろう。しかし私は赤堀作品のこういうところが好きなのだ。まずい蕎麦屋、カツ丼、チーズインハンバーグ、プリン、寿司の出前といった「あ、このエピソード前にもあった 」と照会していく作業も楽しい。これからも長く観ていきたい劇作家。

そして演出の手法。「おまえは上ばかり見ている。たまには下から見てみたらどうだ」。そのままではないが、兄が主人公に投げかけるこの台詞は、赤堀さん自身に向けられているようにも感じる。劇場空間をキャパに応じてどう使うか。前後左右の移動が主だったところから、どのシーンにも対応する抽象的な装置で上下の移動を見せるようになった。逃がした(観劇日がアクシデントで休演になり、その後も予定が開けられなかった)『世界』からの展開らしいが、この変化も今後楽しみだ。

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・中堅クライシス 第1回 赤堀雅秋【前編】 | 演劇最強論-ing
・中堅クライシス 第1回 赤堀雅秋【後編】 | 演劇最強論-ing
ここで赤堀さんのいっている「一般の人達」=「自分の中学校の同級生」=「演劇なんてよく知らないし、劇場もめったに行かないけど、テレビドラマで観ている好きな俳優さんが出ると『行ってみようか』と興味を持つ人」というターゲット、O.L.H.=面影ラッキーホールが同じようなことをいっていたんだよな。そこ迄届かなければ、という。道は長い。
そして岩松了への言及もあるな…確かに岩松さんはそういうとこ強いな