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2017年01月18日(水)
『The NET 網に囚われた男』

『The NET 網に囚われた男』@シネマカリテ スクリーン2

2016年、キム・ギドク監督作品。原題は『그물(ネット)』、英題は『The NET』。北朝鮮で暮らす善良な漁師が、ある日漁網を船のエンジンに絡ませ韓国側に流されてしまう。国境を越え拘束された漁師は、韓国側の警察からスパイ容疑をかけられ厳しい取り調べを受ける。国家に忠誠を誓うためではなく、愛する妻と娘のいる故郷へ帰りたい一心で、漁師は亡命を拒否し続けるのだが……。

漁師を演じたのはリュ・スンボム。現在は欧州を生活拠点とし役者も休業中という彼が、この監督の作品なら、と出演したとのこと。塚本晋也なみに出演者の拘束が厳しい(長期間スケジュールを空けておかなければならない)ことで知られるキム監督ですが、今回の撮影日数は十日間だったとか。とはいえ、丁度スケジュールが空白だったスンボムには絶好のタイミングだったのでしょう。 役者業にとらわれずタトゥーを入れ、音楽活動もモデル業もこなす自由人スンボムが、自分の意志で移動も出来ない人物を演じる。キャスティングの妙も楽しめました。

それにしても漁師、不憫としかいいようがない。くまのぬいぐるみ、換金されたドル札、南と北でそれぞれ与えられる食事。数々の可能性を見せておき乍ら、その芽は必ず摘まれるとしか予想がつかない。そして、実際そうなる。伏線をひとつ残らず丁寧に、いや執拗に潰していく監督のドSっぷり、流石のキム・ギドクです。登場人物の誰もが頑なで、そのさまは滑稽ですらある。実際笑わせる意図で演出したのだろうなと感じたところも多い。放り出された繁華街で出会った女性とのひととき等寓話めいたシーンもあり、『田舎のネズミと町のネズミ』を思い出してしまうくらいでした。そして「町」である南側にも、問題点は数多くあるのです。

寓話には残酷な面があるのは周知のとおり。漁師は国へ帰ることが出来ますが、再び不条理な仕打ちを受けることになります。果たしてその結末は……あんなんああなる道しかないじゃないのさー。ひどい、ひどいよー。つらい! 網が絡まるという些細なきっかけ。偶然であり、運でもある。そんなことで人生を奪われてしまう、ひとりの人間のせつない物語でした。行き着く先がわかっているのに何も出来ない(しない)、ただ観ているだけの観客はなんて無力なんだろう。『沈黙』と同じだ。観客は神の視点だけを与えられている。

希望の光がひとつだけある。漁師の警護を受け持つ韓国側 の情報員は、漁師の言葉を信じ敬意を持って接し続けます。所謂キャリア組なんだろうなあという品の良さで、こういう仕事に向いてなさそうではある。彼はこれからも、国家と個人の狭間で苦しむのだろう。汚れていきませんようにと思わず祈りましたよね……。演じたのはイ・ウォングン。映画の出演作は多くないようですが、また観てみたいと思わせられる役者さんでした。

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・公式サイト
・『The NET 網に囚われた男』キム・ギドク監督舞台挨拶・Q&A | 第17回「東京フィルメックス」
スンボムの身体のあちこちに貼られているテープ、違和感はないけどちょっと気になった。あれ多分タトゥー隠しだろうなあ。上記テキストにはありませんが、フィルメックスのQ&Aで監督が「スンボムを全裸で撮りたいシーンがあったのだが、彼のタトゥーのせいで叶わなかった」と話していたそうです。インディベースなのでCGで消す費用がなかったのかもしれない。で、それでよかったかも

・取り調べあれこれ。先月観たハイバイの岩井さんパートを思い出しました。目に見えるものは根こそぎ奪われる。見えてなくても奪われる。残るのは思い出ばかり。そういう意味では、贈られたくまのぬいぐるみの行く末も寓話めいてるね。つらい

・明洞のど真ん中に放り出されるシーン、あのねこの着ぐるみとかついこないだ見たばっかりだったしもううわあああてなったよ……あんな放置プレイつらすぎる〜