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2016年12月03日(土)
『エノケソ一代記』

シス・カンパニー『エノケソ一代記』@世田谷パブリックシアター

日本一のニセモノ。ホンモノが大好きで大好きで、ホンモノに近づきたくて近づきたくて、ホンモノになりたかった男の人生。しかし、そもそも他人を演じる役者というものは何者だ?

実在する人物(エノケン)の行く末は知られている。そこから辿ると、実在したかもしれない人物(エノケソ)の末路も想像がつく。ただ、記録には残らない。三谷幸喜は記憶に残そうとする。ホンモノではない後ろめたさと、ホンモノになりたい憧れは、芸ごとに対する真摯さか、あるいは狂気か。市川猿之助演じるエノケソ、チャランポランなすごみ。それが浅野和之演じる座付作家のいい加減さとの相乗効果を生む。あとにひけない、やってまえ。美談なんてこんなものかもしれない。いくばくか流されてしまうのは、彼が凡人だったからか? 悲哀というにはあまりにもやるせない。

欲を言えば、三谷さんが書くのだからもう一段その向こう、を観たかった。この作品は彼がよくいう「ただ面白いだけの、笑った後に何も残らない」喜劇とは遠いところにあると思うからだ。そういう意味ではKERAさんの『SLAPSTICKS』を思い出した。笑ってほしいが憐れみはいらない。エノケソが投影しようとしたエノケンの苦しみはどこへ行ったのだろう? その在処をも観たいと思うのはよくばりか。

山中崇が『ベッジ・パードン』における浅野さんの系譜でキュート。そして同じく『ベッジ・パードン』でも感じた、三谷作品における女性の役まわり。苦い。エノケソの妻を演じた吉田羊、その苦い役をまっすぐに演じていて好感。歌も見事。

観劇の翌日、『ラストタンゴ・イン・パリ』の話題(当時から女優は声をあげていたのに、何故今になって? ということに関しては別の根の深い問題があるのでここでは説明しない)。作品のため? 監督の判断を賛美する者も一定数いるのだろう。やるせない。