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2016年11月12日(土)
『弁護人』『遠野物語・奇ッ怪 其ノ参』

『弁護人』@新宿武蔵野館 1

原題は『변호인(弁護人)』、英題は『The Attorney』。2013年作品。韓国の第16代目大統領、ノ・ムヒョン(盧武鉉)が弁護士時代に担当した裁判をモチーフとした作品。

「金に汚い弁護士が人権に目覚め……」てな感じのあらすじ紹介もぼちぼちあった作品ですが、実際に観てみるとそうは感じなかった。演じるソン・ガンホの表現力もあり、人物像がプリズムのよう。金の亡者という印象は受けない。アイディアにあふれ、営業能力があり、確実に仕事をこなす有能な弁護士。台詞にもあるとおり「一生懸命生きてるだけ」。高卒で司法試験に合格した努力家で、学歴差別の根強い法曹界で奮闘する。貧しい時代食い逃げをした食堂への恩をずっと返し続ける。そんな彼がひとつの裁判を引き受ける。

機動隊と対峙し、催涙弾が撃ち込まれるなかまっすぐ前を向き立ち続ける彼は、自分の未来をまだ知らない。映画本編では語られないが、その後大統領になったノ・ムヒョンは苦いかたちで人生を終える。功績が再評価されるには時間がかかる。彼が亡くなったのは2009年。本国での公開は2014年だそうなので、没後五年でこうした作品がつくられたのは早い方ではないだろうか。かつての彼がどれだけ国民を力づけ、国民に愛されたかを意味するのかもしれない。日本にはそれは伝わりづらいが、映画を通して感じとることは出来る。ちょっとした逡巡、ちょっとしたタイミングでひとは足を踏み外す。そのとき味方になってくれるひとは誰か、声をかけてくれるひとは誰か。助けは弱みになるか、それとも。韓国の現大統領のことを思う。

理不尽な裁判を見るのはとても体力を使う。スクリーンを通してすらビリビリと伝わる緊張感の凄まじさたるや……「国家保安法」がどうやら韓国語で「クッポッポなんちゃら」と発音するようで、クッポッポクッポッポと連発されるとついクスッと和んでしまったが、それも次第に頭の隅に。舞台を観ているかのような、迫力ある質疑応答が続く。しかしここぞというときにはしっかり表情を捉える、カメラの力は映画の力。専門用語も多い台詞を明瞭に、なおかつ感情をにじませて演じるソン・ガンホという役者の凄み。頼む、不正を暴いてくれ、罪をでっちあげられた青年たちを助けてくれ。思わず拳を握りしめる。

対する警監を演じるクァク・ドウォンも素晴らしかった。ま〜にくたらしいこと! しれっと捏造、しれっと偽証、しれっと揉み消し! カー!!! しかしここで思い出す、釜山での仕事を任命されたときの彼の複雑な表情を。ひとはこうして変わるのだと背筋も凍る思い。それを見事に演じたドウォンさんに感服する思い。

それにしてもあの状況で真実を証言した軍医の勇気には頭が下がる。権力に屈しない、人間の良心を信じるエピソード。それだけに彼のその後が気になる。せつない。彼のことも、主人公のことも。人間を信じるという信念で制作された作品だとも感じた。そして作り手たちは、映画の力というものも信じているのだ。

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・ガンホさんと、旧友の新聞記者役イ・ソンミンがけんかして、ぶっきらぼうに元サヤに収まるとこもよかったですねー。謝んないけど服かしてくれて、協力してさ……同じ劇団出身だそうです
・オ・ダルスがまた妖精っぷりを発揮していた。どんなに困難な場でも笑いを忘れず楽観的なキャラクターを演じさせたら右にでる者はいませんね
・キム・ヨンエ、素敵〜。こういうおばーちゃんになりたい〜
・それにしてもガンホさん、プロポーションがよい。脚長いわ…スーツが似合うわ……と深刻なシーンでときどき目を瞠ってましたすみません

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新宿武蔵野館がリニューアルオープン、そのお祝い? なんとこの日はガンホさんが十年ぶりに来日し、舞台挨拶が行われたのでした。『弁護人』の公開は武蔵野館の姉妹館であるシネマカリテなのですが、舞台挨拶は武蔵野館で開催。発表されたのは公開週の月曜日、チケット発売はその翌日。直前すぎるわ! しかも最初は情報が錯綜してカリテでの舞台挨拶なの? とかtwitterのTLが阿鼻叫喚になってました。カリテだったらチケットとれなかったよきっと……。

というわけで韓国映画界の至宝を肉眼で見ることが出来ました。ぎゃー素敵だったー。日本語で挨拶してくれた、落ち着いた声がまた格好いい。プロデューサーのチェ・ジェウォンさんとともに、ユーモアを交えながらも真摯にお話ししてくれました。「韓国と日本は近い国ですが、文化や歴史は違う。でも映画を通じてお互いを理解したり、心がひとつになれたりする」とガンホさん、「頓挫した時期もあったが、勇気を持って製作した」「日本で豚のクッパが食べられるかわかりませんが、とんこつラーメンを食べるときにこの映画のことを思い出してください」とジェウォンさん。

サプライズは是枝裕和監督が来場したこと。「皆さんと同じくただの大ファンで……」と花束をガンホさんに渡して握手する様子はほんとファンだった、ただ観に来ただけなのに舞台に出てくださいよ! と周囲に押し切られた感じだった…ガンホさんから妙〜に離れて立ってたのがまたファンっぽい……(笑)。「こういう映画が作られ、大ヒットするのが素晴らしい。日本では現代史を扱う企画は通りにくい」「志の高い映画」。司会の方が気軽な感じで「自分の映画にガンホさんを起用したいと思ったりは?」と訊ねたら「ちょ、何言ってるんですか!」「勿論撮ってみたいですけど……」とすごく恐縮していた。

新しい武蔵野館はつくりはそのまま、綺麗になってた。席の段差が多少は大きくなってたかな、最後列でも全くストレスなく画面全体が見えた。あと音がよかったなー。隣席は年配のご婦人、ガンホさんの大ファンの様子。映画本編では残酷な拷問シーンをこわがっていた。「マスコミに若いひとが多いわね……」「今の韓流のイケメン俳優ってわけじゃないのに……」と困惑しておられました。最後列だったのでクッションかりてきて「これならよく見えるかしら」とか、すごいかわいかったー。

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・輝国山人の韓国映画 弁護人
いつもお世話になっておりますサイト、今年で満20年を迎えたとのこと。おめでとうございますそしてこれからも宜しくお願い致します!

・ソン・ガンホ「映画がお互いを理解し合えるきっかけになればいい」10年ぶりの来日で主演映画「弁護人」初日舞台挨拶に登場!|コレポ!
・「韓国の至宝」ソン・ガンホとの邂逅に是枝裕和監督「今一番撮ってみたい役者さん」 映画『弁護人』初日舞台あいさつ|SPICE
是枝さんがまたいー顔してる〜。ほら、妙に離れて立ってるでしょ……

・ニュー武蔵野館の控え室、最初にサインしたのはガンホさん
「誰も書いてないよ?あとでペンキ塗り直さないよね?」。かわいい〜

・【会見全起こし】『弁護人』のソン・ガンホが『グエムル-漢江の怪物-』以来10年ぶりに来日!|ムビッチ
・ソン・ガンホ、日本でも知られているノ・ムヒョン大統領を演じることは「怖かった」と告白|Kstyle
そうそうお肉が苦手でお魚が好きなんだよね〜。それはともかく“ブラックリスト”に入ってしまったって話、チョン・ウソンもしていたなあ。笑い話では済まされないけど、笑いにする勇気が示されることには希望がある

・日本が伝えない「バカ大統領」自殺の真実|ニューズウィーク日本版
twitterで教えていただきました、ノ・ムヒョンがなくなって一ヶ月後の記事

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『遠野物語・奇ッ怪 其ノ参』@世田谷パブリックシアター

『奇ッ怪』シリーズも三作目、今回は柳田国男の『遠野物語』がモチーフ。前川知大の「超常現象を理詰めで追っていく」理系で文系な筆はますます冴えているが、近年そこに「何故記録するのか」という自問が加わっているように感じる。もともとあったものではあるが、それがより前面に出るようになってきたというか。

今作に登場する作家は記録を残すことに執着する。静かだが揺るがない、青白い炎のような情熱をもって。記録が自分の手を離れたとしてもそれはあたりまえのこと。人間の命は有限なのだから、次のひとにバトンを渡せばいい。「託したよ、頼んだよ」と。絶やしてはいけない、それは次世代に生きる者の使命なのだというように作家は去る。

ただ、今はその記録を残すことすら危ぶまれている。単に忘れ去られるだけではない、記録そのものを規制、操作しようとする社会の動きに作家は敏感だ。同じ日に観た『弁護人』のことを思い出す。「なかったこと」にされる記録はどのくらいあるのだろう?

以前前川さんと岩井秀人が対談で「なんでも最悪なことから考える」「家族に電話して出ないと『あ、死んだ』と思う」というようなことを話していた。これは私もそうなのだが、単に過度の心配性なのか(これがエスカレートすると不安神経症と呼ぶのかもしれない)、最悪の予想からスタートしておくとその後の衝撃に多少は耐えられるという自己防衛からくるものなのか、判断しかねてもいる。事例が増えればそれがどちらなのか判るだろうか? サンプルを増やすことで、浮き上がってくるものがある。これは私が前川作品を観る度に考えることであって、前川さん自身がそんな思いで作品を書いているのかはわからないが、ある種の指針は示しているように思う。無念というと重いが、行き場のない悲しみや怒りの受け皿となる作品を前川さんは書いている。

本筋と関係ないことを書くと、川島さんのことを思い出した。何せ岩手だし。山に帰ったんだなあ、と思うことが出来れば。今作の登場人物のひとりのように、近しいひとは折り合いなんてつけられないだろう。何故あのひとが、何故こんな目に? いくら考えても答えは出ない。そこで伝承の出番だ。先人たちの知恵か、それとも実際そうなのか。もういないひとを傍に感じる手段でもあり、悲しみを癒す手段でもある。喪の仕事にもなるだろう。それを知っていると、後々の光にはなる。

それにしても鬼のような八百屋舞台であった。そのうえ同空間を取調室(椅子)と和室(座敷)に見立て、地続きで行き来させる演出なので、座ったり立ったりの動作が繰り返される。全員が複数の人物を演じ、ときには効果音も自分たちで演奏。段取りも多い。演者には相当負担がかかってると思う。が、がんばれ…気をつけて……。

先週『はたらくおとこ』アフタートークでべらべら楽しいおしゃべりをしてくれた山内圭哉、自分の持ち場ではたらいておりました。奇ッ怪と現実、虚構と事実。それらのハブとも言えるいい仕事っぷり。仲村トオル、人を食ったような言動から顔をのぞかせる作家の業、その鋼の意志。絶妙なさじ加減。そして銀粉蝶、「人間は生きてる人間と死んでる人間しかいない」その人間をズバリ体現。演技陣ホント素晴らしかったな、ユーモアをまじえ、しかし誠実に役に寄り添う。そして皆声がいい。ゴリゴリの東北弁からちょっとわかりやすくした(所謂「標準語」をミックスした)方言のスイッチングも絶妙、観客の耳をならしていく過程も巧い。特に瀬戸康史、全然聴きとれない第一声の東北弁から、標準語を交えた東北弁の流れが見事だった。そして声のよさといえば思い出す、岩本幸子。今回そのポジションに池谷のぶえが配されていたが、岩本さんが演劇の世界から去ったことは残念としかいいようがない。池谷さんは勿論素晴らしかった。

そうそう、導入がハイバイみたいに感じられた(笑)こないだのには僧正出てたから尚更ね。観客を奇妙な世界へ滑らかに招待してくれました。人間は生きてる人間と死んでる人間しかいない、そして死んでる人間の方が断然多い。ずっと皆、ここにいる。