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2016年10月16日(日) ■ |
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『フリック』 |
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『フリック』@新国立劇場 小劇場
ほぼ三人芝居。映画のカット割りのような細かい転換(しかし一場)、台詞のやりとりのテンポのよさ。積み重ねられるエピソードに接し、登場人物たちとともに考え、悩み、信じて裏切られて諦めて、それでもまた信じて。三時間の舞台があっという間だった。普段上映時間は気にしない方なのだが(むしろ面白い作品であれば長い方が好きだったりする)、今作の翻訳を手掛けた平川大作がパンフレットに書かれていたように、一場で登場人物はほぼ三人、そのあらすじからは質の良い短〜中編が連想された。当日入口に掲示された上演時間を観て少したじろいだ。この週は(今もだが)ぼんやりしがちで、ふとした拍子にあのバンドのことを考えてしまう。居眠りをすることはないが、集中力が途切れてしまったらどうしよう?
幕が開き、サムとエイヴリーが映画館の清掃を始める。ちょっとした作業の指示と受け応えがあり、あとは黙々と作業が続く。その沈黙に惹きつけられる。新入りがきたんだな、ふたりはまだお互いのことをよく知らない。仕事上のつきあいにとどめるか、ともだちへの第一歩を踏み出すか、迷っている。それが役者たちのちょっとしたしぐさや視線の動き、表情から察せられる。ローズがやってくる。サムはローズのことが気になっていて、エイヴリーは初対面の彼女にちょっとした恐怖を抱いたようだ。彼らを見守ることに、心が吸い寄せられていく。
翻訳ものだが現代の若者の言葉遣いが駆使されている。それを「いかにも」ではなく自然に話せるか、訳者と演者の力量が問われる。彼らが親しくなっていく経緯が、敬語が減っていく様子で示されるのは日本語訳ならでは。人種、年齢、生活環境のちがう三人。登場人物たちはそれぞれ持たざる者だ。失われつつあるフィルム映写機の上映館で働く白人ふたり。そこへやってきた裕福な家のインテリ黒人学生。ひとりはバイセクシャル、ひとりは不能、ふたりはホワイトトラッシュ。それぞれ問題を抱えている。そして彼らは、きっとマイノリティとは言えない。アメリカでも、あるいは日本でも。フィルムに拘るのにスマホで観る映像を楽しみ、PCでしか観たことがない映画の話をする。デジタル化の波に押され、映画館は変わる。三人が「持てないもの」も露わになる。
菅原永二、木村了、ソニン。役者たちがとてもよかった、そしてワンポイントで二役演じるあとひとり(村岡哲至)に救われた気持ち。ト書きも細かく書かれているホンとのことだが、ビシッとポーズをきめた菅原さんにモップの水が飛ぶのも指定なのかな? 踊り狂ったソニンがボソっと「私ばかみたい、ひとりで」という前の気まずさも。木村さんのマジでおえっとなる五秒前の表情も。そうした細部に笑いが宿り、痛々しい場面を優しさで包む。演出はマキノノゾミ。音としての台詞をノイズとハーモニーに腑分けし、キモの場面の間(沈黙)を恐れない。沈黙から観客は登場人物に目を向け、心を傾け、その胸の内を想像する。ラストシーン。戻ってきてほしい、いや、そうなるとあとでもっとさびしいかも。でもこのままではあまりにも苦い。そして、サムと同じ表情になる。
古い映画館内装、美術(奥村泰彦)にもジーン。衣裳(三大寺志保美)もよかった、従業員の制服。ちょっと洒落た渋い配色のボウリングシャツは“古き良き”も表現してる。それがパステルカラーの、ぶかぶかのポロシャツへ。サイズも考慮されていない、画一化の代表みたいな冴えないものへ。作中出てくる映画は52+1本。台詞のなかに、観客には見えないスクリーンに映し出されるエンドロールに、そして流れる音楽に。パンフレットには飯田橋ギンレイホール館主のインタヴュー。
繰り返される「どうでもいいけど」「たいしたことない」。裏切られ続けてきた者の諦めと自衛と、そしてちょっとのかまってほしさ。一歩踏み出す勇気が出ないのは、これ迄うまくいった試しがないと思っているから。それでも、ときどきはうまくいく。続かないけれど、少しの時間ハッピーな気分になる。その積み重ねでひとは生きていられる。映画が人生に喩えられる所以だ。映画館の話を演劇で観る。劇場へ足を運び、この作品を観られたことに感謝している。
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