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2015年08月01日(土)
『犬どろぼう完全計画』『フレンチアルプスで起きたこと』

『犬どろぼう完全計画』@シネマート新宿 スクリーン1

いやーこれは観てよかった! 初めて観る監督(キム・ソンホ)の作品で、キャストもキム・ヘジャ(『母なる証明』のお母さん!)とカン・ヘジョン以外知らないひとばかりでしたが、チラシにとても惹かれたのです。宣美だいじ。タイトルデザインもかわいい。2014年作品、原題は『개를 훔치는 완벽한 방법(犬を盗む完璧な方法)』、英題は『How To Steal A Dog』。原作はバーバラ・オコーナーによる児童文学。舞台を韓国に置き換えていますが、これがとてもよくハマッています。坂道の多い街の風景、色鮮やかなお弁当。視覚も心理描写も色彩豊か。鑑賞後の心も豊潤。

ピザの移動販売業が失敗した父は失踪。家も失い、母とこどもたちはその販売車で暮らしている。母はちょっと見栄っ張りで頼りない。車を売って当面の住処を、と言う選択があるにも関わらず、頑なに車を手放そうとしない。お金のかかる私立校から転校してもいい、親戚を頼って引っ越そうと言う娘の提案も聞き入れない。娘は車から学校に通っていることをともだちに知られてしまうが、そのともだちはともだちで自分の家庭に問題を抱えている。ふたりはお金持ちの家からいぬを誘拐してお金をもらおうと思い付く。

「どこが完全じゃ」と言う計画を、娘たちが作った設定のクラフトや絵で見せていく演出がいい。娘が描いた絵や切り抜きはアニメーションによって実写のシーンに棲みつき、やがては彼女の心のうちをも表すようになる。色とりどりの500万ウォン、「坪あたり」にある500万ウォン。そんなカラフルな視界を通してこどもたちが目にするのは、なかなかに厳しい大人の世界。遺産を巡るドロドロ、孤独な資産家とその息子の別れ、家どころか指も失くしているホームレス。涙、諦め、怒りから目を逸らさず、ひとつひとつ向き合っていく彼女たちの姿には思わず拳を握ってしまう。どうか無事で、この子たちに明るい未来が開けますようにと。

コメディのフォーマットが効いている。つらい現実に立ち向かうには笑うこと、そして禁忌を知ること。警戒心と好奇心のバランスをとり乍ら、こどもたちは冷たい雰囲気の資産家や、ひとが避けて通りそうなホームレスに近付き、話しかける。そして話を聞く。何故彼女が、彼が、今こうしているのかを。そのまっすぐな思いは、大人たちの時間をも少し変える。主人公とともだちの相棒っぷりも格好いい! 出自も所属も気にしない、一緒にいるだけで楽しくなる関係。人生ってわるいもんじゃない、と思わせてくれる。

やがて母親がどうして車を手放さなかったのか、そして家族をどれだけだいじに思っているかが明らかになる。この辺り、『国際市場で逢いましょう』で主人公が店を手放さなかったことと通じる。許すことと、赦しを乞うこと。どちらもとても難しい選択だが、彼女たちは前を向いている。

ヤクルト5連パックがとてもいい伏線になっています。あの飲み方気になったんだよね、ここで出てくるとは! と泣き笑い。ホームレス役のチェ・ミンス、酸いも甘いも噛み分けたかのようなその風貌がとても魅力的。コスチュームがまた格好いいんだ。バイクチェイスはこどもたちでなくとも歓声をあげたくなる爽快な名シーン。こまっしゃくれて生意気で、でも憎めない。とびきりかわいい子役たち(主人公を演じたイ・レは芝居もうまい!)も素晴らしく、いぬも名演! 見守る大人たちも抑制の効いた演技で印象的なひとばかり。

ハラハラドキドキ、劇場が笑いに包まれる。通路挟んで隣にいた父娘、見づらかったのか途中通路に女の子が出てきて、そのまま正座して食い入るように観ておりました。夢中になれる映画に出会ったんだねとなんだかこちらも嬉しくなった。

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『フレンチアルプスで起きたこと』@ヒューマントラストシネマ有楽町 シアター2

なんとも言えないハシゴをしてしまった……しかし終わってみれば、どちらも家族の話ではありましたな。楽しい筈の家族旅行が、フレンチアルプスの美しい風景とは裏腹に地獄絵図になります。雪山に閉じ込められている環境、と言う点からしても『シャイニング』ばりに恐ろしいわ(笑)。

五日間の休暇でスキーにやってきた家族。一日目はそれなりに楽しく過ごします。でも写真を撮ってもらうとき、妻が夫に対してちょっと違和を感じているシーンがちゃっかり入れてあります。二日目の朝事件は起こる。朝食をとっていたレストランを雪崩が襲い、家族を置いてひとりだけ一目散に逃げたお父さん。いや〜な雰囲気に包まれる一家。その夜ホテルで知り合った男女に、夫がそのときの話をする。いやーすごい雪崩だったんだよ、逃げる程ではなかったけどね……はぁ? あんた真っ先に逃げたやん、泣き叫ぶ息子を置いて。と観客の頭にモヤ〜としたツッコミが入ると同時に映るはぁ? と言う表情の妻。ここから『ゴーン・ガール』ばりのディスコミュニケーション漫才が幕を開けます。

まああれよね…「あなたがたの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい」と言う話ではありますね……最後の妻の行動で、夫を一方的には責められないよとフックを残していますし。しかしこれも鶏が先か卵が先かのあれで、相手がああ出たからこちらもこうした、の堂々巡りです。三日目から登場したワケアリカップルの男性が言うように、人間は動物。家族と言うコミュニティを維持するためには訓練=芝居が必要。最終日、こどもたちを安心させるために夫婦が打ったひと芝居(と判断した)によって、一家はかろうじて修復の道を選びます。さて未来はどうなる。こどもたちもパニックになった父親を前にして「パパ泣かないでー!」と一緒に泣きだしてしまうけなげさだけど、自分を守ってくれる場所を失うのは困ると演技をしたこども時代の記憶が自分にもありますよ。家庭の維持と言うのはたいへんです。何故そう迄して家庭を守ろうとするのか? 絆とは愛情によるものだけではないのです。

一日目、二日目、と日が変わる毎にテロップとテーマ曲(ヴィヴァルディの『四季』より「夏」)が挿入されるんですが、この緊張感ったらない。と言うか、テーマ曲が入る迄の緊張感がすごい。ある意味夏向け、涼しくなるよい映画です(ニッコリ)。