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2014年05月31日(土)
『THE BIG FELLAH ビッグ・フェラー』

『THE BIG FELLAH ビッグ・フェラー』@世田谷パブリックシアター

アイルランド絡みの舞台、今月二本目。そもそも? 円の『ロンサム・ウェスト』を演出したのが森新太郎さんだったんですね。この作演コンビ(リチャード・ビーン×森さん)で2012年に上演された『ハーベスト』がとても面白かったので、今回観に行くのを決めました。『ハーベスト』は百年の物語、『ビッグ・フェラー』は三十年の物語。いやー見応えあった! こういうの大好き!

1972年3月17日のニューヨーク、聖パトリックスデイのブラッディサンデー追悼集会で演説するひとりの男。IRAのNY支部リーダーである彼デイヴィッド・コステロは、アメリカンドリームの体現者と言っていい成功者。滑らかな弁舌でIRA活動の資金集めにも隙がない。愛称は“ビッグ・フェラー”、アイルランド義勇軍の伝説的人物マイケル・コリンズをなぞったニックネームで、本人も気に入っている。本部の後方支援的な役割を担いつつ、普段はNYのよき市民として暮らしている。数日後、彼らにアジトを提供している消防士マイケル・ドイルはIRAへの入隊を許可される。彼は「(IRAに入るってことは)人生おしまいになるってこと」、と覚悟する。この物語はマイケルから見たビッグ・フェラーの姿であり、異国で暮らすIRAメンバーの人生を、実在の出来事やモデルを織り込みつつ俯瞰するものでもある。

アジトにはさまざまな人物が出入りする。ルエリがつれこんだプエルトリカンの女性、IRA本部の残忍な幹部。暴力、尋問、対立。さまざまなことが起こる。マイケルは恋仲になりそうだった仲間を「メキシコ送り」にされ、本部と支部の齟齬を知り、IRA活動の矛盾を目撃する。反米テロ組織の行為を非難するメンバーたちの議論を聴き、自分が属する組織との違いを考える。「命令」とは、どこの誰から下されるものなのか? プロテスタントにも関わらずIRAに入隊し、カトリック由来のキルトを履く。部屋には祖父から受け継いだギターや、マンチェスターユナイテッドのマフラータオルが飾られている。“ビッグ・フェラー”と同じファーストネームを持つ「口数が少ない」マイケルは、目の前で起こることを黙って見続け、自分の信念の在処を探し続ける。

自信に満ちあふれたデイヴィッドは愛する娘と妻を失い、やがて破滅する。デイヴィッド同様アメリカ就労ビザと明るい将来を獲得したかに見えたルエリは、ある日消える。ルエリの個展カタログを上下逆に眺めるデイヴィッドの姿は、ニックネームの本来の意味を皮肉にも思い出させる。マイケルに人生の成功者として映っていた筈のデイヴィッドは、1999年の聖パトリックスデイで「おまえはもうおしまいだ」と言うヤジにまみれる。やはりIRAに入ることは「人生おしまい」なのか?

四幕十一場。テンポのよいスピーディな転換、比例して重くなる登場人物たちの心情を丁寧に描く演出。その後ポイントとなると気付かされるやりとりを、さりげない乍らしっかり印象に残るように提示する手腕も見事。舞台は主にマイケルの部屋のなかだが、調度品等を少しずつ変える等してときの流れをシンプルに表現する。外での出来事は、映像と転換を流麗な編集で見せる。モンドリアンのコンポジションと、その時代を象徴する事件の映像が重なる瞬間の鮮烈なこと!

明星さん、小林さんの場面が白眉。片や組織のミソジニーに潰される優れたIRAメンバー、片や男性性により妻や部下を支配するIRA幹部。一場だけの出番でその人物の生きざまを浮き彫りにさせ、強烈な印象を残す。デイヴィッドが幹部に下した行為がどれだけ恐ろしいことか、その知識が多少でもあるひとは身震いしたのではないだろうか。何故そこ迄? この時期デイヴィッドは家族を失い、FBIと接触していたことが後に明らかになるが、彼の行為は保身によるものか、支部リーダーとしてのプライドから来たものか考えさせられた。デイヴィッドとルエリの対照的な行く末にも、考える余白が残されている。このさじ加減のバランスがよい。

内野さんは流石の貫禄。威厳ある最初の演説、破滅を予感させる最後の演説と詩の朗読。ビッグ・フェラーと呼ばれたひとりの男の一生が凝縮。狂言回しのようなルエリを演じた成河くん、ゲイ(バイ)で詐称も密告も厭わないが、組織への妙な忠誠心も見せる複雑な人物。終始ラウドでオーバーアクション、屈託のない笑顔でゾッとするようなことを言う。彼の言動には釘付けにされた。典型的な差別主義者を演じた黒田さん、劇団ではひとのよい役を演じることが多い印象だったので新鮮。町田さんは鋭い知性、女性の魅力、移民の向上心を持ち合わせた魅力溢れる人物でめちゃめちゃ格好よかった。

ラストシーン、2001年9月11日。コーヒーを飲み、シリアルにミルクをかけて食べ、ラジオで音楽を聴き、制服に着替えて出勤するマイケルの朝の風景。ラジオから緊急ニュースが聴こえてこないところから、WTCの事件はまだ明らかになっていないのだろう。数時間後のことを思う。彼はどうなったのだろう。アメリカ人として殉職したか、それとも? 余韻を残して幕は降りる。マイケルを演じた浦井くんの、決してブレることがなかった透明感は、IRA兵士であり乍らアメリカ市民でもある、ひとりの彷徨える人間の姿に深みを与えてくれた。

『開演10分前、お早めに席におつきください。―― 幕があがるまで、これだけはインプット、3つのキーワード』。入場時チラシ束と一緒に配布された当日リーフレットに記載されていたのは「血の日曜日(ブラッディサンデー)事件」「IRA(アイルランド共和軍)」「グリーン(=カトリック)とオレンジ(=プロテスタント)」についての短い解説。チラシにもIRAに関する解説が載っていた。この作品が日本で上演されること、をよく考えての制作の配慮にもとても好感を持ちました。

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おまけ。

・浦井くんがキルト姿で出て来たときのキラキラッぷりに、会場がさざめいたのが面白かった。グリーン基調のキルトに、オレンジ、グリーン、ホワイトの羽根飾りのついたベレー。王子や! すごいかわいかった。その後あっと言う間に緊迫したシーンに戻り浦井くんはボコボコにされるのですが、ほっとひと息つけた一瞬でもありました。こういう緩急自在な演出って好きだなあ

・下着姿で演技する場面もあった成河くん、町田さん、明星さんの筋肉が綺麗についたふくらはぎを見て、はー舞台にしっかと立つための脚なんだわーとうっとり。堪能

・「人間ってだけの理由で罰したいものなんだ、宗教ってのは」みたいな台詞、グサっときたなあ