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2002年05月19日(日)
『バーバー』

『バーバー』@日比谷シャンテ・シネ2

思い切りネタバレしてますんで、観ようと思ってる方は気を付けて!話の性質上結末は知らないで観た方がいいですよ〜。





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義弟の経営する理髪店で働く。髪を切る。ひとの髪は伸びる。お客が絶えることはない。切り続ける。髪型を変えるように、人生をちょっと変えることが出来たら…。主人公エドは、ちょっとした行動を起こす。ちょっとした、の筈だったのだが。

ベンチャービジネスの為に資金繰りを考える>嫁の不倫相手を脅迫してみる>バレる>殺しちゃう>逃げる>嫁が逮捕されちゃう>違うのに!>高名な弁護士に弁護を依頼する>弁護料を支払う為に店を担保に入れる>弁護士に自分がやったと証言するも信じて貰えない>証人になりうるベンチャービジネスの仕掛人を訪ねる>金ごと消えている>逃げられた!>証拠がない>公判前に嫁が自殺>借金を返す為に働き続ける>心の安らぎは友人の娘の弾くピアノ>彼女がプロのピアニストになって、自分がマネジメントをして…ギャラは少なくてもいいんだ>彼女は才能がある、きっとある、いい先生を見付けてやる>面接に行かせる>下手だと言われる>帰り道に交通事故に>金を持ち逃げしていた人物が死体で発見される>彼の殺人容疑で逮捕>違うのに!>高名な弁護士がまた頑張る>金が尽きる>弁護士が降りる>死刑>あの世なんてものがあれば、嫁に現世で言えなかった言葉が言えるかも…>暗転

字面にするとめまぐるしい展開だが、スクリーンに流れる時間はとてもゆったりしている。エドのくゆらせる煙草(ヘヴィースモーカーだったなあ。ずっと吸ってたなあ)の煙のように、ふわふわとした1時間56分。後ろのオッサンが寝てしまい、イビキがうるさい。終映後、「やる気のない話だったね〜」と友人に言われて大笑いした。のんびりと、ほのぼのしくエドの人生は転落していく。ちょっとだけ変える筈だった人生は、とんでもない方向転換をする。軌道修正をもうちょっと頑張れば、あの時もうちょっと言葉が多ければ?いやそもそも、あの時スポンサーになろうと思わなければ?でもそれじゃあちょっと寂しい。エドはどこ迄もやる気がない、と言うか、流れに抗うのを、すぐ諦めてしまう。眉間に皺を寄せて、煙草を吸う。

嫁の自殺や、その嫁が妊娠していて、それがエドの子供ではなかったって所迄は結構容易に予想出来た。けど、その後には驚かされたと言うか、なんらかの形でエドには見返りがあるだろうなと思ったけどこんな形で来るとは。ミステリ的などんでん返しもあるが、コーエン兄弟ならではの「普通に生活しているひとが、ひょんなことから事件に巻き込まれ、あたふたする」笑っちゃう程悲惨で滑稽な物語。もうおっかしいのよ…悲惨になればなる程笑える。なのにエンドロールが流れだした時は、ぎゅっと胸が締め付けられるようだった。

『ファーゴ』では、フランシス・マクドーマンド演じる身重の警察署長は事件を解決し、夫の愛に包まれ、よく食べる。おいしそうに食べるその食事のシーンがとても暖かく、印象深いこの作品では、まだなんとなくその後の光みたいなものを感じさせていた。が、今作では、フランシス演じる嫁は子供もろとも命を断ってしまう。コーエン兄弟の“素晴らしい人生”観は、ちょっと闇を帯び始めている気がした。

交通事故後、運び込まれた病院でエドが夢を見る。エドは自宅の玄関先で煙草を吸っている。敷地の砂利を替えないかとやってきたセールスマンの対応に困る。嫁が帰ってくる。嫁はセールスマンを一喝して追っぱらう。何か言おうとしたエドに、嫁は「何も言わないで」と言う。ソファの端と端に座るふたり。エドはあの世で彼女に遭えただろうか、そして言えただろうか。何を?それを考えると切なくなる。

終始諦めモードのエドを演じたビリー・ボブ・ソーントンがすっごくいい。ナレーションも彼で、世に不満をたれるでもなく、ボソボソと状況を話す。感情があまり揺れない。唯一動揺するのが、ピアノを弾くコから「お礼」をされそうになるあの時ですな(笑)。いいなあ。アンジェリーナ・ジョリーのダーリンで敏感肌(アレルギー体質だそうで)って意識しかなかった、ごめんなさいごめんなさい。画ヅラも、モノクロの色感もとても美しい。アングルの凝り方もコーエンブランド。あ、ちょっとヘンなひとが出てくるとこもコーエン節だな。ニヤニヤしつつもジワっときたりして。

人生はクソッ素晴らしいか?そうだといいなといつも思う。アンソニー・キーディスみたいに " That life is beautiful around the world, You say hello and then I say I do. " と言えたらいいなと思っている。劇中使われたベートーベンのピアノソナタのように世界は美しさで溢れている。その美しい曲を、ベートーベン本人は聴くことが出来なかったのだが。