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2002年04月13日(土)
『「三人姉妹」を追放されしトゥーゼンバフの物語』

『「三人姉妹」を追放されしトゥーゼンバフの物語』@新国立劇場/小劇場―THE PIT

1946年のアメリカ。チェーホフの『三人姉妹』を上演している劇場に通い詰めているトゥーゼンバフ。彼は『三人姉妹』のイリーナの婚約者で、終盤恋敵の男と決闘し命を落とす登場人物なのだが、このトゥーゼンバフはチェブトイキンの指示で決闘の前に逃げ出したと言う。劇中イリーナに「私、わかってた」のひとことで片付けられてしまう自分の運命にあらがったのだと。イリーナを演じている女優に「僕は生きているんだ」と伝えるが、女優は気味悪がって「劇場にもう来ないでくれ」と言う。女優イリーナは、向かいの劇場で上演中の『ガラスの動物園』の作者、テネシー・ウィリアムズに自分を売り込もうとしている。『三人姉妹』を上演している劇場にはイリーナという売り子がおり、連日通ってくるトゥーゼンバフに恋心を抱いている。娼婦のイリーナは、中国からの移民でようやくアメリカの生活に慣れたところで、芝居に出演しているマーシャ役の女優に仕事を紹介している。彼女は劇場でトゥーゼンバフを見かけ、興味を持つ。

…この設定でもう面白くないわけなかろうが!

構造も計算しつくされたもので、夫の死によって結婚が2週間で破綻する女優イリーナが、ウィリアムズがこの翌年に発表した『欲望という名の電車』のブランチのモデルになるくだりや、チェーホフとウィリアムズの類似点を示しながら、ウィリアムズ自身にチェーホフ批判を語らせるなど、岩松了氏の隙のなさと剛腕なストーリーテリングっぷりは流石です。そこにさりげなく移民の国・アメリカの根っこをほじくりかえしてみたり、粘着質な恋愛を描くことにかけてはほんと、大嫌いで大好きですよ岩松さん…道でばったりあったら殴っちゃいそうなくらい嫌いで好きだね!

『三人姉妹』マーシャ「生きていかなければ、生きていかなければねえ」
『欲望という名の電車』ユーニス「生きていかなくちゃ。どんなことになろうと生きていかなきゃならないんだよ」

など、改めて被りを気付かされる箇所もあり、面白い面白い。ウィリアムズは「チェーホフの作品は舞台上で何も起こらない」と言うが、岩松さんの作風も「事件が舞台上で起こらない」事が多い。トゥーゼンバフが一発の銃声で死を宣告されるように、『鳩を飼う姉妹』や『水の戯れ』の幕切れは、行為が見えないだけに不安がかきたてられ、背筋が寒くなる幕切れだった記憶がある。これを岩松さんが、チェーホフを意識して描いているかどうかはこちらが詮索する事ではないが、興味深いものが観られた。しかもそのチェーホフ分析を語るウィリアムズ自身を岩松さんが演じているってとこにまたニヤリとさせられる。巧い…憎い…。

岩松作品常連のトゥーゼンバフ・戸田昌宏さんは沈んだ目でイリーナを見つめ続ける、顔にいつも縦線描いてあるみたいな表情が魅力的。伏し目がとてもセクシーでした。トゥーゼンバフ役をやったからには今度は『かもめ』のトレープレフ役を観てみたい!あと今の髪型似合う(笑)。女優イリーナ・戸田菜穂さんは初舞台とは思えない!これからも舞台やってくれ!声のトーンといいめっちゃ好きなの〜!このダブル戸田さんを初め、ファナティックな売り子イリーナ・荻野目慶子さん、移民の皮肉が効果的だった娼婦イリーナ・李丹さんらの、じわじわと膨らむ「何かよくない事が起こる」不安感を持続させる力量はすごいなと思った。これはキッツイわー。その分、とうとうその予感が現実になるラストシーンの絶望感が効いた。もううなだれて劇場を出ますよ(笑)

『ガラスの動物園』でブレイクしたてなのにいつも何かに怯えている、ヒステリックなウィリアムズ・岩松さんはホントに嫌な奴で(いや褒めてるんです)面白かった、結構現場を混ぜっ返していたし(笑)。その秘書・塩田貞治くんはすげー綺麗なコだね!台詞でも言われてるけどホントに最初女の子かと思った。そりゃウィリアムズも側に置きたくなるわ(笑)オーリガ役の女優・矢代朝子さん、マーシャ役の女優・高橋珠美子さんは女優業だけでは暮らしていけないやるせなさをそれぞれ違う道で脱出しようとし、失敗する(したかもしれない)出口なしスピード感を体現する格好よさがありました。

浮浪者組のふたり(有福正志さん、朝比奈尚行さん)が『ゴドーを待ちながら』のウラジーミルとエストラゴンを彷彿とさせる「何かを待っているようで待っていない、待っている時間をひたすら遊んでそこにい続ける」役回りで効果的。多分トゥーゼンバフが死んだ今も、彼等は地下道で遊んでいるんだろう。

しかし毎回思うが岩松作品ってのは恐ろしいな。役者も拮抗するのは相当難儀だろう。観る方も体力使う。でもやめられないねー。中毒性のある作家です。

もともとTHE PITは音の返りがよくない劇場なので、奥に作られている額縁式の舞台で話が進んでいる時、台詞が聞き取りづらかったのが残念。せりだし舞台のシーンは大丈夫だったし、役者さんの滑舌も問題なかったので、音響設計がどうにかならんもんでしょうか…。あといちばんうしろの席だったのでひとの出入りが多くて若干集中力が削がれた(遅れて来た客にも(怒)だが、何故スタッフがあんなに出たり入ったりするんじゃー)。うーん観れば観る程いろいろ掘れそうなのでもう1回観たいのだが…。