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2002年01月02日(水)
耳をすます―『忘れられぬ人々』

2002年映画初めは『忘れられぬ人々』。『殺し屋1』のイチ役で骨抜きにされた大森南朋くんが出演しているとの事で、鼻息も荒く吉祥寺バウスシアター2へ。

木島等(三橋達也)は戦争で家族をなくした男やもめ。畑仕事をしながら慎ましく生活している。村田平八(大木実)は妻・静枝(内海桂子)と居酒屋をきりもりしている。伊藤民夫(青木富夫)は妻を亡くし、息子夫婦と暮らしている。彼等は今でもぼちぼち会う戦友同士。同じ部隊でペリリュー島で戦った仲だ。

静枝が体調を崩し入院した病院の看護婦・百合子の祖父が、彼等と同じ部隊で戦死した金山だった事から、百合子も平八の店で年に一度開いている『戦友会』へ出席する事になる。その後百合子の恋人、仁も店に出入りするようになり、彼等は親交を深めていく。

時期を同じくして、プーだった仁はユートピアコーポレーション(以下UC)と言う老人福祉事業を行っている会社へ就職する。ところがこの会社、霊感商法まがいの商売で老人達から金を騙しとるあくどい会社だったのだ。民夫と恋仲になりそうな気配だった上品な老婦人・小春がハメられ、静枝の病状を案じ精神的に弱っていた平八も騙される。

大事な親友が痛めつけられた木島と平八は、ある行動をとる…。

(以下バリバリネタばれしてます)

最後の“討ち入り”にはびっくりさせられた。が、思い返せば伏線はあった。木島は戦争で家族を失った事から荒れ、一時期やくざな生活を送っていた事。とは言え起こってしまった事はあまりにも唐突で、だからこそギリギリの現実感があって呆然とさせられ、その後どうしようもない悲しさが襲ってきた。実際に何かが起こる時は、いつだってこんな風に唐突だ。UCは、数多ある新興宗教・霊感商法の裏表がきちんと描かれていた。本人たちは間違ってるとは思ってないのだもの、対応が難しい。自分達と紙一重だと思わせる危うさも感じた。

木島になついてよく遊びに来ていた日本人と黒人のハーフ(今ではダブルと言うらしい←パンフより)ケン坊や、名字から予想はついたが在日朝鮮人で、無理矢理日本兵として戦場へ駆り出されたのであろう金山等、登場人物に全く無駄がない。決して多くはない台詞が重い。全体的に長回しの撮影で、その場に流れる空気がフィルムに焼き付いているかのようだ。時間はゆっくり流れているような気がするのに、ストーリーがどっちへ転ぶかまるで判らないスリル感もあり、テーマが広範に渡っているのに散漫にならない展開も素晴らしかった。

キャストは、全員無駄がなくとっても魅力的なアンサンブルだったが、特に、特に主役三氏が素晴らしい!世代的に当時の大スターっぷりは正直知りませんが。討ち入りをする時の木島と平八の表情、民夫のかわいらしい茶目っ気さ、静枝の病床でのちょっとした仕草、小春の凛としているのにどこか不安定な儚げさ。大事なものを見せて貰ったな。

リトル・クリーチャーズの音楽も謙虚で美しく、画面の青空と見事にマッチしていた。

大森くんは、プーをしていた仁をUCに勧誘する木村役。『カルテット』(未見。ネット上の画像で見た限り)時よりも痩せて既にイチルッキン。イチ役の為に極真空手に入門して、5〜6kg痩せたと聞いたが、これの撮影はイチより後だったんだろうか。やっぱ意外と大柄…猫背な役が多いから小さく見えるのかな。車中のシーンとか背がつかえそうだったし。役柄的にはハマり過ぎでいや〜んな感じでした。いるよいるよねこんなひと…“ホントにそう思っている”から反論しづらい。考え方は間違ってはいないだけに、方法論を覆すのは難しい。その思い詰めっぷりが静かに漂っている、指導者に忠実な社員像が面白かったです。ごめんルックスから入ったけどいい役者さんだ。今後追っかけますよ!

「戦争は何もいい事がなかったけど、ひとつだけいい事があった。それは、お前等みたいな友達が出来た事だ」と言った民夫の台詞が忘れられない。老境の役者達の滑舌は決して良くはない。けれど、ひとつひとつの言葉が重みを持って、心にしみいる。聞き逃してはならないと、耳をすます。